やりたくない青年(【ある占い師の記録】より)
私はとある路地裏で占いを営んでいる。
人の運勢、前世など占っている。
だが、最近では皆どういうわけか占い目的ではなく、悩みを相談してくる。
私はカウンセラーではなく占い師なのだが……。まあ、ちゃんと代金を払ってくれるのならどっちでもかまわないか。
さて、今日のお客さんは……。
「失礼します……」
20代くらいの青年だった。なかなかのイケメンだが、暗い顔をしている。
「実は、僕には人には言えない悩みがあって……」
「ふむ」
私は軽く相槌を打つ。
「なんというか、僕以外皆やっていることが、やりたくなくて……。正直やめたいんですけど、多分親は絶対反対されるだろうし」
「その『やりたくないこと』とは、何ですか?」
青年は首を振る。どうやら具体的には言いたくないらしい。
「その『やりたくないこと』を、親が強制的にやらせるんですか?」
「そう、ですね。最初に強制したのは、僕の両親です」
「両親には、言いましたか? やりたくないって」
「いいえ。さっきも申しましたが、親には絶対に反対される行為なので、話していません」
「友達にも相談していないのですか?」
「はい。話したのは占い師さんだけです。占い師さん、僕はどうしたら良いのでしょうか?」
さて、こういう場合は……。
「これなんてどうでしょう?」
私は引き出しから、ある物を取り出した。
それは一枚のコイン。
「このコイン、表には太陽、裏には月が描かれています」
私はコインの裏表を青年に見せる。青年は不思議そうな顔をしていた。
「今からこのコインを投げます。表が出たら『やりたくないこと』をやめる、裏が出たら行い続ける」
「え、ちょちょっと待って……!」
青年の制止を無視して、私はコインを天に向かって指で弾く。
コインは回転しながら放物線を描き、テーブルに落ちてくる。
机の上でじゃらじゃらじゃらと音を発しながら、ゆっくりと回転を止める。
そして私達の視界に飛び込んできた絵柄は、月だった。
「裏が出ました。あなたのこれからは決まりました。『やりたくないこと』をやり続けてください」
「ま待ってください!! そんなコインなんかで……」
「それです!」
私はドーンと彼に向かって指差す。
「コインは裏を示しました。でもあなたはそれに『待った』と言いました。つまり、あなたの心は表を、やめる方を望んだのです」
青年は私の話を聞き続ける。
「親の反対がなんです。皆が当たり前のようにやっている? そんなの関係ありません。あなたが『やりたくないこと』を無理にやる必要はありません。あなたがやりたいことをやればいいのです」
私の言葉を聞くと、青年はぱぁっと花が開いたような顔になった。
「ありがとうございます!」
そう言って、青年は代金を払い、私の前から立ち去った。
翌日。
青年は自殺した。
彼は『生きること』をやめたのだ。
「……人ってどんな悩みを持っているか、分からないものね」
私はそっと新聞を閉じた。
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