作者がジャパリパークへ行った話(【2017/07/01に見た夢をほぼそのまま小説にした+α】より)

 私は濃霧の中を歩いていた。1メートル先さえ見えない、真っ白な霧の中。


 足を動かすたびに、足元がギシギシと鳴り、身体が左右に少し揺れる。


 どうやら私はつり橋を渡っているようだ。


 しかもこのつり橋、ギシギシ音から察するに、かなりボロい。ロープが切れて、落ちないか心配だ。


 遊園地の観覧車のような安全管理が行き届いたスリルスポットなら平気だが、今回のようなデンジャラスポイントは苦手なのだ。


 しばらく歩いていると、足の裏、サンダルの底から伝わる地面の感触が変わった。


 私は右足のつま先でトントントンと地面をノックする。堅い。硬い地面だ。ギシギシしない。


 どうやらつり橋エリアを抜けたらしい。私はホッと胸を撫で下ろす。


 私の心が晴れたのが原因なのかは分からないが、さっきまで視界を遮っていた霧が晴れた。


 そこは荒野だった。見渡す限りの岩石、砂利。黄土色の世界。


「あら、あなた。この辺じゃ見ない顔ね」


 突然、右上から声がした。私は声のした方に顔を向ける。


 そこには1人の少女。崖のでっぱりに、1人の少女が踏ん反り返っていた。


「お前は……」


「待った、何も喋らないで」


 私はこの少女に、どこか見覚えがあった。彼女が何者か聞こうとしたのだが、口を開くのを止められてしまった。


「今からあなたが何者か、私が推理してあげる」


 少女がスタっと、崖のでっぱりから私の目の前に飛び降りてくる。


 じっとりと私の頭の先から足のつま先を眺める派手少女。


 そして彼女は言い放った。


「ずばり、あなたヤギのフレンズね!!」


「違うわ」


 即行で否定する私。誰がヤギだ誰が。


 いや、ちょっと待ってよ。このやり取り、妙な既視感があるぞ。


 私は自身の記憶の引き出しを乱雑に開け閉めする。


 そして見つけた、いや正しくは思い出した。


「ひょっとして。お前、キリンのフレンズか?」


「あら、よく分かったわね」


 この少女の正体は、擬人化したキリン。けものフレンズに登場した、アミメキリンのフレンズだ。


 ということは、だ。ここはジャパリパークのどこかということだ。


「それで、あなた。ヤギじゃないっていうなら一体何なのよ」


「何って……ヒト?」


 何故か疑問形になる私。


「あなたもヒトなの? ……本当に?」


 疑いの眼差しを向けてくる自称探偵のキリン。


「嘘だと思うなら、ラッキービーストを連れてこい。喋るはずだ」


「……まあ、いいわ。それよりあなた、随分背の高いフレンズね」


「身長178センチだからな。あと僕はフレンズ化してない」


 ちなみに私がリアルで喋る時の一人称は『僕』だ。誤植とかではないのであしからず。


「そうなの? まあなんでもいいわ。とにかくちょっと来てちょうだい」


 そう言って歩き出すキリン。断る理由も他に行く所もないので、私は彼女について行くことにした。


「ところであなた名前は?」


 名前か。


 私はふとジャージのポケットに手を突っ込む。両方に何か入っていた、硬いのと柔らかいの。


 それらを取り出す私。右手にはスマホ、左手には医療用マスクが握られていた。


 医療用と言っても風邪でも花粉症でもインフルエンザでもない。


 これは伊達マスクだ。


 私はマスクをつけないと、外に出られない人と話せない、現代病を患っているのだ。そこ、キリンと話せているじゃん、なんてツッコミは無しな。


「マスクって呼んでくれ」


 僕は今更ながらマスクを口につけながら答えた。


「変わった名前ね」


 もちろん偽名だ。かばんさんだって、鞄を持っていたからそういう名前になった。今回はそれにあやかろう。


「じゃあマスク。あなた、あんな所で何してたの?」


「つり橋の上を歩いてて、気がついたらあんな所にいた」 


 スマホを弄りながらぶっきら棒に答えるが、ここは電波が届かないようだ。


「え!? あれを渡ってきたの!? 嘘でしょ!?」


 突如立ち止まる彼女にぶつかりそうになる。急に立ち止まるなよ。まあ、歩きスマホしてた私も悪いけど。


「そんなに僕を嘘つきにしたいのか? 悪いがお前に会ってから、僕は本当のことしか言ってないぞ」


 名前以外。


「あの橋。今までいろんなフレンズが挑戦したんだけど……歩いても歩いても渡りきることができなくて、しかも周りは霧ばっかりだから、結局皆諦めて返ってくるのよ」


 あの橋、そんなに長かったかな? せいぜい5分くらいで渡りきったけどな。


「ただでさえあの橋古いのに、たくさんのフレンズが歩いたせいで、橋もボロボロになっちゃって。危険だから、博士が使用を禁止にしたの」


 確かにめちゃくちゃボロボロだったな、あの橋。下手したらあと1、2回で落ちそうだった。


「それに……」


 なにやら深刻な表情になるアミメキリン。


「あの橋の先は、セルリアンの住処に繋がっていて、渡りきったフレンズを食べちゃうって……先生が言ってたわ」


 先生? ああ、タイリクオオカミのことか。


「ねえねえ。あの橋の先には何があるの? やっぱりセルリアンの住処!? あ、もしかしてあなた、先生が言ってたフレンズ型のセルリアンとか!?」 


 どうだろう。私が来た道を戻るということなのだから、あのつり橋の向こうはおそらく私がいた町、人間がいる世界に繋がっている。確証は無いが、私はそう確信していた。


 ていうか、人だって言ってるのに、しつこいな。


 ……よし、ちょっと脅かしてやるか。


「ああそうだ、実はセルリアンなんだ」


 嘘だけど。


「や、やっぱりそうなのね……!」


 キリンの顔が強張る。


「牛や豚も美味いけど、1番好きなのは鶏だな。あ、魚もいいよな。蟹や蛸も捨てがたいなー」


 ちなみに家畜とかの話だから。なんか食べ物の想像してたら、お腹空いてきたな。


 ひぃいと、腰を抜かすキリン。固い地面に尻餅をつく少女。


「あーそういえば、キリンの肉はまだ食べたことないな」


 私の言葉を聞いて、黄色いキリンがどんどん青ざめていく。


「お前の肉……喰わせろぉ!!」


「きゃぁああああ!!」







「なあ、悪かったって」


「ふん」


 私は謝罪するが、キリンの機嫌はなかなか治らない。ちょっと調子に乗りすぎた、反省。


「いいかしら、マスク? 嘘をつくと巡り巡って、自分に悪いことが降りかかるのよ?」


「……謝罪している立場で、こう言うのはなんだけど。その言葉、オオカミ先生にも言ってやったらどうだ?」


「先生のは嘘じゃなくて、冗談だからいいの」


 それは都合のいい解釈ですねキリンさん。


「覚悟しなさい。こうなったらあなたのこと、こき使ってやつから」


「はいはいお嬢様」


 そうこうしていると、私達は町にたどり着いた。何件かコテージが建っている。おそらくここはジャパリパークにまだ人がいた頃にキャンプ地として使われていたのだろう、私はそう推測する。


 キリンは町の中の、倉庫のような建物に私を招き入れた。


「それで、僕にどうしろと?」


「あそこにある物を取ってほしいの」


 キリンが指差す方向。そこはラック棚の上、少し大きめのダンボールが置かくれていた。どうやら彼女はあれを取ってほしいようだ。 


「この身体になってから、高い所の物を取るのが大変でね。本当は鳥のフレンズかジャンプが得意な子に頼もうと思って、外で誰を探していたら」


「僕がいたってわけか。……でもさ、高い物を取りたいなら、あれを使えばいいんじゃねーの?」


 私はふと、棚の横を見る。そこには銀色の、少し錆びた脚立が畳まれていた。


「? あのガラクタがどうしたの?」


 どうやらこのキリン、脚立がどういう時にどのように使う物か知らないらしい。


 ああ、そうか。彼女はもともと首が長いアミメキリン。高い所の物を取るのに踏み台を使うという考えが無いのか。


「ククク」


 私はマスクの下でほくそ笑む。


 元々背の高かったキリンが、フレンズになった今では高い物を取るのに苦労しているのが滑稽で、なんだか面白かった。


「いいから早くとってよ」


「はいはい」


 私は手を伸ばして段ボール箱を棚の上から取る。箱は私が脚立を使わなくても手の届く高さにあった。重量はそれほど重くは無かった。


 何が入っているかは分からないが、割れ物ではないとも限らないので、私は落とさないようにそっと箱を床に下ろす。


「これ、中に何が入っているんだ?」


「分からないから、取ってほしいんじゃない」


 なるほど、一理ある。


 私はガムテープをはがして、ダンボールを開けた。


 中に入っていたのは、プラスチックの透明なケースだった。


 そしてさらにそのケースに入っていたのは。


「髪の毛、だね」


 中身を答えたのは、私でもキリンでもなかった。


 私は後ろを振り向く。そこにいたのは、いつの間に現れたのか、フェネックのフレンズだった。


 初対面の私とフェネックは挨拶と自己紹介を済ませる。


「かかかか髪の毛って。まさか何かの呪いじゃあ……!?」


 またもや顔を強張らせるキリン。


「いや、これはウィッグだな」


「うぃっぐ?」


「の呪いじゃないの?」


 フェネックが箱を覗き込み、彼女の後ろに隠れるアミメキリン。


「髪型を変える時に使う、作り物の髪の毛だ」


『??』


 あまり理解していないフレンズ達。そうか、彼女達は髪型を変えるという行為をしないから、分からないのか。


 オーケーオーケー。私はもっと分かりやすく説明することにする。


「ほら、かばんさんが帽子を頭に被っていただろう? あれと同じだと思えばいい」


「ああ……」


「なるほど……」


 どうやら理解できたようだ。


 でもどうしてだろう。一瞬彼女達の表情が暗くなったような気がしたんだけど……気のせいだろうか?


「ねえねえ。それって頭につけるんだよね? 私、つけてみたいなー」


「ああ、ちょっと待って」


 私はケースからウィッグを取り出す。


 幸いウィッグのつけ方が記載された説明書も入っていたので、コスプレには疎い私でも、フェネックにつけてあげることができた。彼女の耳を収納するのにかなり苦労したけど。


「なんだか変な感じだなぁ」


 近くに置いてあった鏡に写った自分の姿をマジマジと見つめるフェネック。耳が大きいせいで髪型が変に膨らんでいることを除けば、どこからどうみても人だった。


「ねえねえ、アライさーん。見てみてー」


 楽しそうに建物の外に出て行くフェネック。言葉から察するに、アライさんは外にいるらしい。


 外から2人の声が聞こえてくる。


「やっほーアライさん」


「だ、誰なのだお前は!?」


「やだなーアライさーん。私だよーフェネックだよー」


「ふぇ、フェネック!? どうしたのだその頭!? 真っ黒なのだ!」


「すごいでしょー。これはウィッグって言って――」


「大変なのだ! すぐに洗わないといけないのだ!」


「ちょ、ちょっとアライさん……」


「任せるのだ! アライさん、洗うのは得意なのだ! すぐに元に戻してあげるのだ!!」


 ……やれやれ、アライさんにもウィッグの説明をしないといけないのか。

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