第7話 転(色々ぶっ壊しました。申し訳ありません)
松明の中心には、ルイとナンシーがいた。
しかし、その光景は異様だった。
ルイは気絶でもしてるのか、地面に寝かされたまま動かない。
ナンシーは、一心不乱になにかつぶいやいていた。
「おい、なんか嫌な予感しかしないんだが……」
カシムが言葉を発しても、ナンシーは気がつかないほど何かに意識を集中していた。
「なにか、禍々しい力を感じます。気を付けて」
エリスがそっとメイスを手にした。
「……ああ、そうみたいだな」
普段、脳の代わりに梅干しでも入っていそうなカシムも、こういうときだけは鋭敏な感覚を発揮する。
いつでも、剣を抜けるように握りにそっと手を置いた。
「……」
ラシルは無言で、ゆっくりナンシーに近寄っていった。
魔法言語。いえ、「源語」か。旧態依然とした古いもの。
ラシルは、ナンシーがつぶやいている言葉をすぐに理解した。
古い呪文だが、その「力」は今の者より遙かに強い。
……これって!?
意味を解したラシルは、即座に杖を構え早口で呪文を唱えた。
「風よ。我が意に従い乱流となれ……テンペスト!!」
ラシルが放ったのは、風の最強魔法だった。
「こ、こら!?」
「な、なにを!?」
ラシルの背後でカシムとエリスの声が上がった。
「……大丈夫。このくらいじゃ効かないから」
ラシルの言葉通り、ナンシーは風の奔流を腕を振って断ち切った。
人間など、一瞬で粉砕してしまうはずの……。
「気づかれてしまいましたか…」
ナンシーがニヤッと笑みを浮かべた。
「この状況で、気がつかない方がどうかしていると思うけど……なかなかいい芝居だったわよ。すっかり騙されたわ。せめて、名乗ったら?」
ラシルはトントンと杖で肩を叩きながら、「ナンシー」に言った。
「いえ、名乗るほどのものでは……」
「ナンシー」の姿と声が変わり、トレンチコートを着た人の姿をした「なにか」に変わった。
その顔は目深に被った帽子で見えなかった。
「なにが目的?」
ラシルが低く静かな声で言った。
その表情は氷のように冷たかった。
「いえ、ただの暇つぶしのようなものです……」
トレンチコートは、さも当たり前のように言った。
「カシム、エリス、周辺警戒!!」
気配を感じたラシルが、魔法の明かりで辺りを照らした。
すると、遠巻きに「異形の物体」がラシルたちを取り囲んでいた。
「私はただの破壊が嫌いでしてね。まあ、こういう趣向もいいかと」
ラシルはもう察しがついていた、
この村は、とうに破壊されていたのだ。
人を「異形の者に変える」という方法で。
ラシルの感情はどんどん冷たくなっていった。
「……一応聞いてみるけど、村人は元に戻せるの?」
「それは、難しい相談かと。完全に自我が崩壊しています。仮に戻せたとしても、木偶人形が出来上がるだけです」
トレンチコートの言葉に、ラシルの感情と表情が絶対零度まで落ちた。
「なぜ、ルイ君を?」
その声だけで凍り付きそうな冷たさで、ラシルが言った。
「簡単な話です。私の力も魔法も効かないのですよ。どういう事でしょうねぇ」
ラシルの感情が、粉々に砕けた。
「カシム、エリス、援護よろしく。大きいのいくよ!!」
ラシルが鋭く叫ぶと同時に、異形のなにかが襲いかかった。
「さすがに……」
「本気で怒ってもいいですよね」
極限まで高まった怒気を孕んだ声で、カシムとエリスが奇妙な連携を見せて言い、ラシルの周囲に迫っていた異形の何かを武器で押し返した。
カシムもエリスも、元村人とあって倒す事を躊躇ったのだ
「それじゃ押し負ける……本気で攻撃を!!」
冷え切った頭のラシルは、この場で最適な対応を機械的に弾きだした。
この冷徹さこそ、かつて「魔女」ラシルと言われた所以だ。
「……クソッ!!」
吐き捨てるように言って、カシムは剣を降り始めた。
対して、エリスは呪文を唱え始めた。
……なにをする気だろうか?
訝ったラシルだったが、やるべき事があった
「猛き炎 猛り狂う水 張り裂ける大地 吹き荒れる風 四つなる力、今ここに集い、立ちふさがり者を退けよ。エレメンタル・フレア」
ラシルが魔法を放った瞬間、トレンチコートを中心に魔法陣が地面に現れ、巨大な光の柱が立ち上がった。
これこそが、ラシルが使える最強の攻撃魔法だった。
あらゆるものを、完全消滅させる魔法だったが……。
「これはこれは、なかなか元気がよろしいですな」
しかし、トレンチコートは全くの無傷だった。
だが、「魔女」エリスは動じなかった。
これが効かないとなると、次に打つ手は……
「神罰!!」
ラシルが思案していると、エリスが叫んだ。
そして、耳を裂くような放電音と共に、強烈な雷がトレンチコートに突き刺さった。
エリス、こんな技を隠していた事に、ラシルは驚いた。
……こんな技を持っていたのね。
「ほぅ、少しはやりますね……」
相手のトレンチコートが破けた。
「では、私も少々……」
トレンチコートがつぶやいた瞬間、エリスがラシルに飛びつくようにして地面に転がった。
そのすぐ頭上を、黒い何かが掠め飛んでいった。
「ありがとう、エリス。今の魔法じゃないわね」
素早く立ち上がり、再びトレンチコートと対峙する
さて、どうしたものか……。
その解が出ないうちに、誰もが想像していなかった事が起きた。
「僕、あんまり怒らないけど、ちょっと怒っちゃったかな」
そのトレンチコートの動体を、二対の腕が貫いたのだ。
「な、に……」
初めてトレンチコートの声に狼狽の色が走った。
「ルイ、君?」
その光景に、ラシルの感情は元に戻った。
背後からトレンチコートを貫いたのは、今まで背後で寝かされていらルイだったのだ。
「そっか、『ルイ』っていうんだ、いい名前だね。まだ僕もよく分からないんだけど、ここは違う世界みたいだね。ちょっと待ってね。今これを……」
ラシルとエリスが呆然と見つめる中、「ルイ」は腕を……。
「また、会おう……」
トレンチコートは一瞬で姿を消した。
同時に、異形たちも粉々に霧散してしまった。
「あれ、逃げられちゃった。まぁ、仕方ないか」
ルイは腕に付いた気色悪い色の液体を払い、ニコリと笑みを浮かべた。
「気を付けて。ルイ君じゃない!!」
ラシルは、茫然自失としているカシムとエリスに声を飛ばした。
「あっ、ごめん。こんな初対面だったけれど、君たちと喧嘩したくはないんだ。僕は……ああ名前がないんだけど、みんな『サトリ』って呼んでた。ところで、君たちは誰だい」 サトリが問いかけると、油断なく剣を構えたカシムが口を開いた。
「そりゃ、こっちのセリフだ!!」
「よく分からんが、お前死んでるんだな?」
再び脳が梅干しに戻ったカシムが、灼熱した頭をガリガリ掻きむしった。
彼には、まだ早すぎる話だったのだ。
「うん、多分崖から落ちて死んだと思う。でも、目が覚めてこの子の体に入っていた。どうしてかは分からないけどね。それで、この子の記憶を読んだら……酷いね」
最後は低く落とした声になったサトリの声に、ラシルたちは何も言えなかった。
「そのえっと、ヒューム・ストリングスだっけ? 放っておけないね。この村の繰り返しになっちゃう」
サトリが低いままの声で、ポツリと漏らした。
「ええ、それで倒しにいく途中なの。ここにいる全員の故郷も潰されているから」
ラシルが大きく息をはいた。
「そっか、じゃあ僕も行くよ。なにも出来ないかもしれないけど」
ラシルたちは顔を見合わせた。
あのトレンチコートの体に大穴を開けた力を見た後では、頼りになりそうではあったが、さっきまで「ルイ」として接していたのだ。
早々、急に返答出来るものではなかったのだが……。
「……ぼくさ、気持ち悪がられて誰も友人がいなかったんだ。崖から落ちた瞬間に『友達が欲しい』って思ってさ。もしかしたら、叶ったのかなって一瞬思ってね」
サトリが小さく笑った。
「……いいかな、皆?」
ラシルは二人に聞いた。
カシムとエリスは、笑顔でうなずいた。
「じゃあ、よろしく」
ラシルは小さな笑みを浮かべた。
「うん、ありがとう」
こうして、また一人仲間が増えたのだった。
ちなみに……。
「あああ、お前の事はルイと呼べばいいのか。それともサトリと呼べばいいのか分からん」
梅干し脳みその悩みは、永遠に尽きないようだった……。
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