その2 ドボン
中学3年生の時である。中学3年生の1年間は、人生で1番奇妙な体験が多かったような気がする。
夏場、塾に行く前に風呂に入った。
クーラーのない自室で、扇風機を回しながら勉強をしていて、汗だくであった。汗臭かった。このまま塾に行くのは気が引ける、シャワーだけでも浴びようと思って、風呂に入って頭を洗っていた。
シャンプーを髪になじませて、ゴシゴシと洗っている時、急に鳥肌が立ち始め、嫌な予感がし始めた。(この時には不思議な初体験は済ませていた。その時にこういった体験には予感があるということをなんとなく学習していた)
すると急に蓋の閉まった風呂釜から、何か重いものを水面に落としたような音、
ドボンっという大きな音がした。
びっくりして、風呂場から飛び出した。シャンプーで泡立った頭もそのまま、ひゃぁ!というような情け無い声を出して風呂場のドアを開けはなち、脱衣所へと飛び出した。
なぜ蓋をしていたのに、風呂釜からドボンっと音がしたんだろうとその時に思った。(飛び出したのは、嫌な予感からの急な音が原因だったと記憶している)
肩を縮こませ、じっと風呂場の方を見つめながら佇んでいると、母が「どうしたの?!」とものすごい剣幕で脱衣所に入ってきた。
僕の情け無い声を聞きつけて、慌てて入ってきたのである。
母に事情を説明したが、なにそれ?といった感じだった。母は根っからそういった類の話を信じない人だった。
「それより脱衣所の泡とか水滴、ちゃんと綺麗にしといてね。掃除、私はしないからね」
とそっけなく母は言って、脱衣所を出て行く。
僕は分かってるよと答えた。分かってはなかったが、分かってると答えた。
そのあとシャンプーを風呂場で洗い流し、脱衣所も綺麗にして塾に向かった。不思議に怖くなかった。母の冷静な態度のおかげだと思う。
炎天下の中、自転車で塾に向かう途中、久しぶりに母に裸を見られたと思った。
何故だか、妙に腹立たしくなっていた。
母にでもなく、もちろん自分にでもなく、ドボンにでもなく、行き場のない苛立ちだったように記憶している。
塾につく時には汗だくだった。
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