4話:遠足のお弁当(10気筒 300馬力)
「お兄ちゃん! 300円! ねえ! 早く!」
7トンの巨体でバンバンと飛び跳ねるチラノサウルスの妹。
「え? なんでだ? お小遣いはあげたよな?」
俺は、妹の食事風景の動画アクセス数をツールで確認しながら横目で妹を見た。
ギラギラとした眼球がこちらを見つめていた。
「違うよ! お兄ちゃんたら! 月曜日の遠足のおやつ! 郁子ちゃんと買いに行くの!」
「ああ、遠足かぁ」
俺はカレンダーを見た。今日は金曜日だ。そして月曜日の日付に〇がしてあった。へたっぴな字で「遠足」とも書いてあった。
妹が書いたものだろう。
「土日があるだろ?」
「だめよ! 郁子ちゃんが用事があるからって、この日しかないから」
郁子ちゃんは妹の小学校のクラスメイトだ。仲のいい友達らしい。
「はやくしてよ! もう、郁子ちゃんと待ち合わせしているんだからぁッ!」
ブンブンと小さな前足を振り回しながら咆哮する妹。
「そんな、大きな声出さないでも、いまやるから」
俺は小銭入れから、300円を出して、注意深く妹に渡した。
前足は体に比べれば小さいが、爪はアーミーナイフより鋭い。
「ありがと! お兄ちゃん! じゃあ行ってくる!」
頭から尻尾の先まで、全長12メートル。体重7トンの巨体を揺らし玄関に向け突撃するチラノサウルスの妹。
まったく、ガキだな……
俺はそんな妹の後姿を見つめていた。
最近、妹も成長してきているのか、後頭部から背中にうっすらと羽毛が生え始めている。
チラノサウルスの妹は、この羽毛が気に入らないようなのだ。
「なんか、カッコ悪いぃ~」
と、鏡の前で背中を見つめは、文句を言うことが多い。
妹は、剃りたいと言っているのだが、「剃るともと羽毛が濃くなるぞ」と俺が言うと、ムスッとして「じゃあ、どうすればいいの?」と突っかかってくる。
ガサツなようでいて、やっぱり、女の子なんだなぁと俺は思ったりしている。
俺は「恐竜用の羽毛脱毛器」をスマホで検索した。まだ、そのような商品はないようだった。
「まあ、いまだ、羽毛は学説の域をでないということか……」
妹が出て行って、独りになったリビングで俺はひとりごちた。
◇◇◇◇◇◇
「色々買ってきた――! こんなにお菓子があると幸せだよね」
チラノサウルスの妹は300円で買ってきた色とりどりの駄菓子をリビングに広げていた。
25ミリの高張力装甲が張られた床だった。
妹にとって、遠足のおやつの愉しみは、自宅で広げて終了だった。
遠足ではおやつを食べることは無かった。
まず、基礎代謝効率がいいので、おやつなど食べる必要がないこと。
そして、おやつが動かないので、食べ物として認識できないのだ。
こうやって、遠足を楽しみにして、おやつを並べる前日が、チラノサウルスの妹にとって一番の日だった。
一瞬、「郁子ちゃんに、妹のおやつを持ってもらって、動かしてもらったらどうだ?」と提案しかけた。
しかし、それをやると、妹は友達を物理的な意味で失ってしまう可能性があった。親友がおやつになってしまう。それはまずいだろう。
「お弁当って、美味しいのかな――」
ポテチの袋を前足で、そっといじりながら、巨大な口でつぶやくように言った。
妹は、遠足でもなんでも弁当というものを食べたことが無い。
これも、おやつと同じ理由だ。
「弁当かぁ。オマエは弁当食べてみたいか?」
妹は、「ギュン」と人間の体よりも巨大な頭部をこちらに向けた。
口からはヌルヌルとした粘液のような涎が垂れている。
もう、女の子なのに……
チラノサウルスの妹は一瞬考え、そして言った。
「え? いいよ。だって、私は代謝効率がいいから、お弁当食べたら太るもん! 7トンあるけど、6.5トンくらいにしたいし」
小学生の分際で生意気にダイエットかよ。
全長12メートルを考えたら7トンはバランスとれてるだろ?
無理に痩せる必要はない。だいたい、チラノサウルスは死ぬまで巨大化するんだ。
「お弁当くらいじゃ太らんだろう」
「本当? お兄ちゃん でも……」
やはり、ダイエット云々は、自分を納得させるための言い訳だ。
心理的「合理化」というやつだ。まったく、女の子は小学生なのにめんどくせぇ。
食べたきゃ、食べればいいのだ。
「いいから! 作ってやるよ。土日で食材を集めればいいだろ。時間はある」
「お兄ちゃん! うん! やっぱお弁当欲しい! お弁当!」
はち切れそうな恐竜の笑みを浮かべ、妹は言った。
ドガドガドガと7トンの巨体を揺らしカレンダーのところまで走って行った。
月曜日――「遠足」と書かれていたその場所に「お弁当付き」と妹は書いたのであった。そして花丸で囲む。
「まってろよ、すげぇ、弁当作ってやるからな」
俺はそんな、チラノサウルスの妹を見つめていた。
◇◇◇◇◇◇
「お兄ちゃんまで……」
「仕方なかろう。オマエの弁当大きいからな!」
「ちょっと、友達の前で『弁当が大きい』とか信じらんない!」
前足をバタバタと振り回し、尻尾を水平にブンブン振る妹。
どうやら、遠足に俺がついて来たのが恥ずかしいようだ。
まあ、学校行事に、肉親乱入は恥ずかしいとは思うが、それは耐えてほしい。
おれにとってたった一人の妹なんだ。この世で唯一の肉親なんだ。
遠足は、房総のある山。ハイキングみたいなものだ。
今、ちょうどランチタイムになっている。
小学生たちがレジャーシート引いて、弁当箱を並べていた。
「もう、お兄ちゃんたら! プンスカ!」
そうは言っても、妹はそれほど本気で怒っていない。
俺がかなりのイケメンで、妹のクラスが騒然となっているのだ。
妹としては、悪い気分ではないだろう。
チラチラと小学生の女子が俺を見ている。
「え…… お兄さんってカッコいい……。ねえ、郁子知ってた?」
とかいう声が聞こえるが、小学生女子に言われても何とも思わん。さっぱり何とも思わん。
「おい! マジかよ! アイツの兄ちゃん、すげぇよ。イケメンなんてもんじゃねーじゃん」
と、男子小学生まで騒然となっている。
これには、ちょっとドキドキする。俺も赤面してしまう。
いけないことを考えてしまうかもしれん。
いや!
男子小学生が目的で、ここに来たのではないのだ。俺は。
妹の弁当だなのだ。
俺はスマホを取り出した。
動画撮影の準備をする。
「もう、ここでも撮影なの? 本当に、お兄ちゃんは」
チラノサウルスの妹の食事風景動画は、我が家の最大の収入源となるコンテンツなのだ。
撮影しないわけには、いかない。
「えー、お兄さん、このワゴン車で突っ走ればいいですね」
耐火スーツに身を包んだ。スタントマンの男の人が言った。
鍛え上げられた体。しまった男らしい顔をしている。
「あ…… はい…… お願いします。妹に突っ込む形で……」
「分かりました。時速は、どれくらいで? この距離だと上限80キロくらいですけど。それでいいですか?」
大型ワゴン車だ。
10気筒、300馬力。市販のものでは最高水準とも言えるモンスターマシン。
「じゃあ、それで」
俺は、頬を染め、彼の提案に従うことにした。
俺は素直な男なのだ。
「了解! じゃ行きますね!」
颯爽とスタントマンの男は、運転席に座った。アクセルを踏み込む。
ギュォォォーンとタイヤが空転し、焦げ臭い匂いがした。
嗅覚の鋭い、妹は身を低く構え、その方向を見やった。
大型ワゴン者の上には、俺の作った巨大弁当が固定してある。
動く物しか、食べ物と認識できない妹のために、ワゴン車で突撃するのである。
一瞬で加速するワゴン車。
臭いと視覚でそれを捕えた、妹――
チラノサウルスは、嗅覚に優れ、眼球の立体視能力も高い。
「アギャーーー」
時空を貫き白亜紀まで届くような咆哮を上げる、俺の妹。
頭を低くし、完全に戦闘態勢に入っている。
真正面から突っ込むワゴン車に向け、巨大なアギトを開ける。
禍々しく鋭い凶器のような牙が密集するアギトだ。
数トンある、大型ワゴン車の突撃を、7トンの巨体で受け止めた。
更に、上から一気にかぶりつく。
体に比べ小さな前足ががっちりと、大型ワゴン車を捕えていた。
フロントガラスが爪で粉砕される。
メチメリチメチ――
ガガガッガガッ――
と、車体と弁当箱の破壊音が響く。
鋼とアルミが原始の牙で粉砕される音だった。
妹の3トンを超える咬合力で、スクラップになっていくワンゴン車。
俺の弁当も一緒に食べている。
巨大、タコさんウインナーが、今妹の口の中に入って行った。
俺の弁当は旨いか? 妹よ。
俺はスマホで妹の食事風景を撮影し続ける。
ドガァァァーーン!
爆炎を上げる大型ワゴン車。激突のショックで漏れたガソリンに火花が引火したのだろう。
運転席からは耐火スーツに包まれた、スタントマンの男が飛び出していた。
ドキドキした。
一応、無事なようだった。
すっと、立ち上がって、こっちに向かって歩いてきた。
「いや、すっごい、女の子ですよ。こんなの初めて、逸材じゃないですか。うちのプロダクションに欲しいなぁ。どうです、お兄さん?」
炎に包まれたワゴン車を破壊しながら、そして弁当を貪る俺の妹。
全長12メートル、体重7トンのチラノサウルスだ。
「いや、妹は、ちょっと恥ずかしがり屋だから……」
これを機に、この男の人とお近づきなれるかもしれないという思いはあった。
でも、そんなことで、妹の生き方を歪めたくは無かった。
妹には好きなように、自分のやりたいことをやって欲しかった。
爆炎の中、巨体が咆哮する。
「お兄ちゃん! お弁当最高!」
俺は、笑った。
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