第20話
俺はカレンとヒラガが待つ喫茶店へ向かい歩みを進める。
いつもの道なのに、まるで見知らぬ場所を歩いているような不安感が止まらない。
足が重い。気が重い。頭が重い。どうして、俺の人生は何もかもが思い通りにいかないだよ。
(なんて顔してカレンに会えばいいんだよ。)
カレンは知らない。俺が先ほどまでタジマと一緒にいたことを。仲良くベッドの中にいたことを。
タジマは言った。自分と一緒にいてくれればそれだけでいいと、カレンのことは気にしないと。
(俺がどれほど罪悪感を抱えていると思っているんだ。)
浮気相手に見送られながら、彼女と遊びに行く。
言葉にすれば最低の行為だ。正常な思考じゃない。
(俺が悪いんじゃない。)
俺がこんな思いをするのは全部タジマのせいだ。アイツがあんなこと言わなければ。
自らの不誠実を棚に上げ、責任をタジマに押し付ける。でないと、俺はどうにかなってしまいそうだったから。
(いったいどうしてこんなことになってしまったんだ?)
自らの軽率な行動を悔いながら、俺は昨日の夜のことを思い出していた。
**********
「こんな私と付き合ってくれますか?…救ってくれますか?」
タジマはすがるような表情で俺にそんなこと言った。
「付き合うって…えっとどういうこと、タジマさん?」
「私と男女の関係になって欲しいということです。」
「男女の関係って…。」
いきなり、何を言ってるんだコイツは?
俺たちはただバイトで顔を合わせるような関係で、そんなに親しくないだろ?
急にいったいどうしたんだよ、タジマ。
「無理だよ。お前も知っているだろ?俺彼女がいるし…。」
「それでも構いません。」
「構いませんって重要なことだろ?何を言ってるんだよ!」
「それでも構わないんです。」
突然の事態に頭はパニック寸前だ。
露骨に狼狽える俺を見て、落ち着いたのか。タジマどこか冷静に見えた。
「構うだろ!俺は付き合っている人がいるんだ。…タジマと付き合うならその人と別れなきゃいけないだろ?なら…」
「いいんです。」
「はあ?」
「いいんです、別れなくても。」
タジマの言葉に思わず絶句してしまう。
「別れなくてもって…どういうことだよ。」
なんとか絞り出した言葉は、どこかかすれて聞こえた。
「時々会ってくれるだけでいいんです。時々スドウさんの時間をもらえば、私はそれで満足なんです。」
「なんだよそれは。」
俺は自分の頭に血が上るのを感じた。
「ふざけるなよ、お前はそれでいいのかよ。なんだよそれ?俺のことをバカにしているのか!」
「違います。私はただ、あなたと一緒にいたいだけです。」
構ってほしい時に、相手してほしいだけ。つまりそれは、慰めてくれるなら誰でもいいってことじゃないのかよ。
俺は寂しさの埋め合わせをしたいときの便利な道具ってことかよ。
だから彼女と別れなくてもいいなんて言えるのかお前は。
お前にとって、俺はそんな都合のいい男に見えるのか、そんなことするいい加減な男に見えているのかよ。
「…彼女になるってことは、そういうことも覚悟しているんだろうな。」
「覚悟は…できています。」
「そうかよ。ならこの後部屋に来いよ。相手をしてやる。」
タジマは静かにうなづいた。その態度はバカにされているみたいで、俺はさらに苛立たしくなる。
タジマの奴を無性に傷つけたくてしょうがなかった。
相手にしてほしい?いいだろ、そっちがそのつもりなら、俺も適当に相手をしてやるよ。
自分したことの意味に気が付いて嘆けばいい。
(俺を軽く見たことを後で後悔させてやる。)
俺は自分が嗜虐的な笑みを浮かべていたことに、このときは気が付くことができなかった。
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