第19話
俺の安眠は、けたたましいスマホの呼び出し音に遮られる。
無視してしまおうかと思ったが、スマホはなかなか鳴り止まない。電話をかけてきた相手はなかなかしつこい奴のようだ。
枕元にあったスマホを取り上げると、俺はディスプレイに表示されていた名前を見て思わず固まる。
俺は電話に出るかどうか少し迷った後、諦めて出ることにした。こうした方が不自然ではないと思ったから。
「もしもし。」
「おっそいよ、遅い。遅いナリよ。彼女からのラブコールだというのに、あんまり待たせるとカレンちゃんが不安になるじゃろ?あれ、もしかして、私、すごく間の悪いタイミングで電話しちゃったみたいな?」
「…べつにそんなことはねぇよ。」
「なーんか眠たげな声してるね。もしかして寝てた?」
「寝てたよ。昨日は朝までバイトだったんだ。」
「もう16時だよ、いつまで寝てんのさ!惰眠をむさぼってないで、愛しの彼女との甘い会話を楽しむべきではないだろうか?いや、楽しむべきだ。」
「なにが愛しの彼女だ…。」
俺はなるべくいつも通りに振る舞おうとする。
大丈夫、いつも通りだ。声に動揺なんて出ていない。出ていないはずだ。
俺は必死に自分自身にそう言い聞かせる。じゃないと思わず謝ってしまいそうだったから、全てを話してしまいそうだったから。
「それで用はなんだよ。用がないなら切るぞ。」
「あいや待たれい。その電話しばし待つのだ。まったくメノウ君は話を急ぎすぎだよ。もっとこうあるでしょ。男女の恋の駆け引きみたいな?」
「わかった切るぞ。」
「ごめんなさい切らないで!?今ヒラガ君と一緒なんだけど。よかったらカラオケ行かない?」
「カラオケって…。」
慌てた様子のカレンは矢継ぎ早に、要件を告げる。俺は返答に困ってしまい思わず隣にいた人物の顔を見る。
どうやら先ほどの呼び出し音で起こしてしまったらしい。彼女は俺の顔見ながら静かにうなずいた。
俺に行けっていうのかよ。お前は。この状況で。
「わかった行くよ。場所は?」
「とりあえず駅前の喫茶店で待ってるから着いたら連絡ちょーだい。ふふふ、彼女がほかの男と二人っきりでいることに我慢できないなら、早く来ることだよ、メノウ君。」
「…何言ってるんだよ。」
「それじゃ、待ってるよー。」
その言葉を最後に通話は切れる。俺も張りつめていたものが緩むのを感じ、思わずスマホを取り落してしまう。
そんなことはどうでもいい。俺はたまらなくなりベッドに横になる。
疲れた。ただ彼女と話しただけなのに、それがたまらなく俺の精神を疲弊させる。
何もかも忘れ、今はただ眠りたい。
現実から逃避しようとする俺を引き留めたのは、隣の彼女だった。
「いいんですか?行かなくて。この間の…彼女さんだったのでしょ。」
「…どんな顔して会えばいいんだよ。それに、お前はそれでいいのかよ?」
「私はいいんです。お二人の仲を裂きたいわけじゃないんですから。」
「なんだよ…それは。」
「私は慰めてほしかっただけです。つらかったから、スドウさんが優しかったから。付け込んだんです、その優しさに。だから泣かないでください。」
タジマの言葉に思わず。手で顔を覆う。泣いていたのか俺は、自業自得なのに、流されて…しまったのに。
そんな俺を彼女はやさしく頭を撫でてくれた。
止めてほしかったけど、その手を跳ね除けることが俺にはどうしても、できなかった。
そうしてひとしきり泣いた後、俺は立ち上がる。
もう行かないと、約束したんだ。カレンと。あんまり待たせるわけにはいかない。そうじゃないと変に思われるかもしれない。
自分の浅ましさに居たたまれなくなる。事ここに至って思うことが、彼女より自分の保身なのか。
俺はすべての感情を飲み込むと、無心で出かける準備をする。
考える何も、いつも通り、普段通り、じゃないと自分を保つことができないだろ。
着替え終わった俺は、ベッドの上で一部始終を見ていた彼女に向き直る。
「行ってくるよ…タジマ。帰るなら、カギはポストに入れておいてくれ。」
部屋のカギを渡すと、タジマは無言でそれを受け取った。
タジマに見送られながら、俺はアパートを後にする。
足が重い、いますぐ引き返したい。何かを考えると心が萎えそうになる。
ダメだ切り替えろ。忘れるんだ。じゃないとカレンに知られてしまう。気づかれてしまう。俺とタジマとの関係を。
萎えそうになる心を必死に奮い立たせると、俺は待ち合わせ場所へと急ぐ。
どうしてこうなったんだ、誰か教えてくれ。俺はこんな展開は望んじゃいなかった。俺はただ、…どうしたかったんだろう?
謝りたい。許してほしい。見逃してほしい。助けたい。別れたい。救いたかった。
考えるなと思っても自問自答は止らない。
自分自身の心も分からぬままに、俺は歩みを進める。この問題の行先を定められるままに。
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