第9話

「オッス…。」


店先に出た俺を出迎えたのは、ばつの悪そうな顔をし、手提げ袋を下げたカレンだった。普段の陽気さはみじんも見えず、どこか居心地が悪そうだった。


(居心地が悪いのは俺もだけどな。)



「バイト先には来るなって言っただろ。」


俺はカレンの顔をまともに見れず、顏そらしながらぼそぼそとつぶやく。


「ごめん。」


二人の間に気まずい沈黙が流れる。この状態を打破するためには、どう切り出せばいいのか俺には分からなかった。


「メール…ありがとね。」


何も言えない情けない俺に、カレンは助け舟を出してくれた。今がチャンスだ。勢いですべて謝り、こないだのことはすべて水に流してしまおう。


「いや、俺のほうこそ…こないだは悪かった。いろいろあってイライラしていて、そのカレンにあたっちまった。許してくれ。」

「ううん、私のほうこそメノウ君が疲れているの知っていて、むりやり誘って…ごめんなさい。」


昨日、適当に書いたメールの謝罪文を俺はそのまま口にする。カレンは自分こそ悪いと俺を許そうとする。

(何の冗談なんだろうな、これは。)


今回のケンカの原因は俺にあることは分かっているし、実際俺はカレンに対して謝罪の言葉を口にしている。

しかし、俺は本当に反省しているのだろうか?ありきたりな言葉で適当に誤魔化しているだけではないのか?本当に反省しているというのなら、俺の心はなぜ冷えきったままなのか?


(それでも。)


言いにくいことが言えて、カレンは安心したのか。表情に力が戻ってくる。この陳腐な謝罪の儀式には意味があったのだろう。


「へへ、それじゃ。私とメノウ君。両方とも悪かったことで。喧嘩両成敗!切り捨て御免!」


照れ隠しなのか、カレンは大げさなリアクションでふざけたあと、はにかむように微笑む。


(これでよかったんだ。)


俺はカレンことは嫌いじゃないのだから。


「なに言ってんだよ。」

「あいた!?何するのさ!」


調子に乗るカレンの頭に、俺はチョップを落とすと、カレンは怒ったふりをして、俺の胸板をポカポカ叩いてきた。

そんな他愛のないじゃれあいの中で、俺とカレンは笑いあう。

高校卒業してから初めて、カレンと心から笑えあえた気がした。


「それで、わざわざそのためだけに、お前はバイト先まで来たのか?」

「ううん、これを渡しに来たの。」


カレンは持っていた手提げ袋を俺に差し出す。俺は首をかしげながら、それを受け取った。


「なんだこれ?」

「差し入れ。」

「差し入れ?」

「そう、差し入れ。いとしい彼氏を思って作ったカレンちゃん特製のお弁当!」


カレンはほめてと言わんばかりに、自信ありげに胸を張る。


「お弁当って、そんなもん食ってる暇ないぞ?」

「もう、ちょっと感動してよ!ほんとにこの男は作り甲斐がないんだから、カレンちゃんの愛妻弁当!?まじ来たよこれ!!!みたいな?」

「なにが愛妻弁当だよ…。」


カレンのテンションについて行けず、俺は呆れたようにため息をついた。カレンはそれを気にしたそぶりを見せず、相変わらずのハイテンションで続ける。


「アルバイト終わった後にでも食べてよ。お弁当の箱は今日回収にいくね。ちゃんと洗っておくんだよ?それでは、また会おうメノウ君。」


そう言ってカレンは何度も振り返り、手を振りながら去っていく。その姿を見送りながら、

俺はヤレヤレといった気分で、弁当の手提げを抱えるのであった。

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