第8話

「おはようございます。」

「え、あ、おはよう…ございます。」


いつも通りの時間にバイト先のコンビニに入り、いつ通りの調子で挨拶をする俺を、いつも一瞥するだけだった同僚(タジマ)のいつもとも違う反応で出迎えた。

その反応に俺は軽い戸惑いを感じたものの、特に反応はせずに控室に向かう。

制服に着替えながら、今日のタジマの反応について考える。金を借りた弱みがあるから、あいさつくらいちゃんと返さないといけないとでも考えたんだろう。単純な奴だ。


(あんな陰気くさい挨拶をされて、俺が喜ぶとでも思っているのだろうか?)


「タジマさん。作業はどんな感じ。」

「私が揚げ物を調理していますので、スドウさんは商品の補充をお願いします。」

「わかった。」


作業内容を確認した俺は、その場を後にしようとする。しかし、タジマの名残惜しそう視線に気が付き足を止める。


「どうしました?」

「い、いえ。その…。」

「?」

「き、昨日はありがとうございました。」


消え入りそうな弱弱しい言葉で礼を口にするタジマ。俺は納得がいったとばかり破顔する。


「ああ、そんな気にしないでよ。」

「いえ、大変助かりました。それで、あのお金なんですが月末には返しますので、もう少し待ってください。」

「わかったから、頭を上げてくださいタジマさん!?」


見ているほうが気の毒になるくらいな申し訳なさそうな顔でタジマはそう言って頭を下げる。あまりな大仰な対応に、俺は思わず慌ててしまう。


「でも。」

「俺はいつでも大丈夫だから、タジマさんもあんまり気にしないでね。」



俺はそう言い切ると、なおも何か言いたそうなタジマをその場に残し作業に取り掛かる。商品の補充をしながら俺は先ほどのタジマの様子を思い出す。

どうやら昨日のことをよっぽど恩に着たらしい。なんとも可愛らしい反応だ。俺はかるい優越感に浸り、ほくそ笑むのだった。


**********


時刻は深夜2時を回った。誰ひとり客は来ず開店休業状態になった俺とタジマは控室で待機していた。

監視モニターを覗き込む俺は、時折感じる背後からの視線に辟易としていた。


(なにをそんなに気になるんだか…。)


振り返ると、タジマは慌てた様子で文庫本へと視線を落とし、何でもないといった態度を装う。


(それで誤魔化せていると思っているのか。)


その態度は気に食わないが、かといってなんて声をかければいいかわからない。

何か用かなんて言ったところで、あの様子じゃ、なんでもないと言われて終わりだろう。


(金を貸したくらいで意識しすぎだ。ばか。)


だから、俺はタジマのことをあえて無視することにした。あんな陰気な女に気を使ったとろで、俺に見返りなどないのだから。

俺は意識を切り替え、監視モニターに集中する。この居心地が悪い時間が少しでも早く過ぎ去るように。


「あれ?」


眺めていた監視モニターに見知った人影は見つけ、俺は思わず声を出してしまった。


「な、なに?」


俺の声に驚いたのか、タジマは手にしていた文庫本を取り落すと勢いよく立ち上がる。


「いや、その知り合いがモニターに映ったから、つい。驚かしてごめん。ちょっと出てくるよ。」


そう言って俺は控室を後にする。後には自分の行為を恥じるかのように顔を真っ赤にしたタジマ残されたのだった。


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