第6話
ファミレスに入った俺は、案内係に待ち合わせだと告げると店内を見回す。目的の人物は、店内の隅でのんきにお茶を啜っていた。
昔と変わらないその姿に相変わらずだとあきれていたところ。相手も俺の姿に気が付いたのか、軽く手を挙げ挨拶をしてきた。
「久しぶりだな、スドウ。」
「ああ、そうだな。ヒラガ。」
「なんだよ、そのそっけない態度は!2か月ぶりに再開した親友同士。もっと喜べよ。」
「そうだったのか?俺としては知り合い程度のつもりでいたんだが…」
「相変わらずひどい奴だな、スドウは!?」
ヒラガは大げさな手振りで、驚いて見せる。そんなヒラガを俺は相手にせず、対面に腰かけた。
「まあ、なんか頼めよ。」
差し出されたメニューに目を通しながら、俺は今日呼びされた理由について考えていた。
カレンとのデートから五日後、俺は高校時代の友人であるヒラガに呼び出されていた。
ヒラガは俺とカレンの共通の友人であり、俺がカレンと付き合うことになったのも、ヒラガからカレンのことを紹介されたことがきっかけだった。
(おおかた、カレンに何か相談されたのかもしれない。)
ヒラガとカレンは同じ大学に通っている。確か学科までは違ったはずだが、一年生同士顔を合わせる機会は多いはずだ。
(こいつは人がいい、それにカレンとは幼馴染だ。カレンとしても、いろいろ相談しやすいんだろう。)
「おーい、いつまでメニューを眺めているつもりだ?」
「ああ。悪い。」
そんな邪推をしていた俺はヒラガの声に我に返る。俺は適当にコーヒーを頼む。ほどなくして、俺の目の前には熱いコーヒーがやってきた。
「相変わらずの甘党だな。」
コーヒーにミルクと砂糖を大量に投入する俺を見て、ヒラガはあきれたような顔していた。
「いいだろ別に。俺は苦いものを好き好んで飲む連中の気持ちは分からないもんでな。」
「別に僕は悪いなんて言ってないさ。ただそんなに入れて甘すぎないかと思っただけさ。」
「俺にはこれでちょうどいいんだ。」
そう言って俺はコーヒーをすする。コーヒーの苦さを感じさせないこの甘さが俺はたまらなく好きだった。
呼び出された理由について思いを巡らし、萎えそうになる心をコーヒーの甘さで激を入れると俺は単刀直入に切り出した。
「それで、急に呼び出して何の用だ?」
「いきなりだな…。もっとこうお互いの近況について話したりとかしないのか?」
「だらだらしゃべっていても仕方ない。それにお前は俺の近況が知りたいわけじゃなくて、俺に何か用があったんじゃないか?じゃなきゃ、あんなにしつこくメールを送ってこないだろ。」
「確かにそうだけど…いきなり本題を切り出すのはちょっと。心の準備が…」
「煮え切らない奴だな。」
困惑気味のヒラガを尻目に、俺は苛立ちを隠さずにコーヒーを啜る。
「言いたいことがないなら、俺は帰るぞ。これでも忙しいんだよ。」
「ま、待てよ。わかった。言うから!座れよ。」
席を立とうとする俺を、ヒラガは必至で引き止める。俺も不承不承といった体で、再び腰を下ろすのだった。
「その…聞きたいことがあるんだ。」
ヒラガは背筋を正し、急に改まった顔になる。
(やっぱりカレンがらみか。)
俺は自身の予想が当たったことに内心、嫌気がさす。ヒラガがこんな真剣な表情をするときは、決まってカレンに関することだからだ。
「なんだよ。」
「その、スドウ…もしかしてカレンと何かあったのか?」
「何かってなんだよ?」
顔が急に熱くなるものを感じながら、何のことがわからないとばかりとぼけた態度をとる。
こんなことしても避けられない話題であることを理解している。それでも、俺は話題を避けるための悪あがきを止めることはできなった。
「いや、それは僕にはわからないけど。」
「お前が何を聞きたいのかわからないじゃ、答えようがないだろ。」
「カレンの様子がおかしいんだ。いつも通り振る舞っているつもりなのかもしれないけど、ときおり元気がないというか、俯きがちというか。そのカレンらしくないんだよ。僕はてっきりスドウと何かあったものかと思って。その、最近変わったことはなかったのか?」
「別に…何もないさ。」
カレンとは別に何もない。久しぶりのデートで涙別れしたあと、いつも送ってくるメッセージが急に送られてこなくなっただけだ。ただそれだけのことだ。
「ホントに何もないのか?」
俺の態度を不審に思ったのか、ヒラガは疑わしげなまなざしで俺を覗き込む。
俺は自身の情けなさを悟られまいと必死に感情を押し殺し、ポーカーフェイスを保つのに必死だった。
「何もないさ。ただ…。」
「ただ?」
「いや、ヒラガはカレンのことはよく気が付くと思っただけだよ。」
「べ、別にそんなんじゃないさ。」
ヒラガは動揺し、俺の言葉を慌てて否定する。相変わらずわかりやすい奴だ。まあ、そのおかげで話題をそらすことができたんだがな。
「カレンのことは、俺にもわからないよ。それにホントに様子が変だったのか?お前の思い過ごしなんじゃないのか?」
「そうなのかなあ…。スドウは言うんじゃ、そうなのかもしれない。」
俺の言葉にヒラガはだんだん自信を失っていたようだ。言葉尻が弱弱しいものへと変わっていく。
「いや、俺が気が付かないだけでヒラガの言うとおり、カレンに何かあったのかもしれないな。俺も気を付けてみるよ。」
「そうか!?頼んだよスドウ。」
俺の白々しい言葉に、ヒラガは感激したのか喜びの表情を浮かべた。
その後は俺とヒラガ、互いの近況を話し、そして喫茶店を後にした。去っていくヒラガの後ろ姿を見送りながら、俺は一人つぶやく。
「本当は俺とカレンの間になにかあって欲しかったんだろ。ヒラガ。」
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