59 失策
「申し訳ございません、街道に待たせていた者たちが還って参りました」
バッソス公王ホスフォネトは回廊を歩いていた足を止め、背後の声にゆっくりと振り返る。
「クラファトか」
回廊は頭上高くまで砂岩を積んだ壁に隔てられ、城の一番外側をぐるりと囲っている。
バッソス王城は滑らかな砂岩を複雑に組んで建てられた古い城塞。同じ砂岩でも帝城のように赤くはなく、砂漠に広がる黄土の砂をやや暗くしたような色をもっていた。
ホスフォネトが振り返ると、クラファトと呼ばれた男が床に膝をつき、顔を上げるところだった。
彼はバッソス公国軍近衛師団・副師団長―――秘密裏に皇帝暗殺を命じた刺客の頭にあたる。
「皇帝がバッソスへ向かっているというのは誤報だったのか? トスカルナ宰相からの鷹に、砂漠を迂回してオアシス沿いに我が国に入国すると――」
ホスフォネトの困惑した声に、クラファトは顔に巻いたターバンの隙間から、細い目を固く瞑った。
「いいえ。我々にはそう伝えておいて、別の経路をとったようです」
「ばかな、街道沿いは囮だったと?」
「大きな籠を持った集団で、その中にバスクス帝とそのジャーリヤが乗っているものと襲撃いたしましたが」
「なんと…別人だったのだな」
ホスフォネトのやや前方を歩いていたオフデ侯が、背後から歩み寄りクラファトに問う。
「はい。それも、
静かな溜め息が横に居るオフデ侯の口から漏れ出た。
「……殺めてしまったのか?」
「無論に。ご丁寧に豪勢な衣装を纏い、どう見繕っても皇帝と見紛う一行でした。よもや、扮していたとしか思えませぬ」
「トスカルナめ!」
これでは逆に、
「それと、ヤンエの砂漠にてジラ=ザラナバルが遺体で見つかりました。偵察のため向かわせたのですが、どうやらあちらが本命だったようです」
ホスフォネトは苦虫を噛み潰したような顔をして、右手を壁に叩きつけた。
「どうやら、我々はしてやられたと考えたほうが宜しいようですな」
オフデ侯が肩を竦めてそう言った。
向こうが一枚うわ手だった。まさか行軍ですら踏破がためらわれるあのヤンエを、僅か一日かそこらで渡りきるとは。
クラファトらが街道沿いの囮に気づき、ヤンエに転がった仲間を見つけるまで、少なくとも丸一日はかかっている。
その間バッソス副都に極めて近いところに皇帝一行の足が向かっていたなら、すでに到着している可能性すらあるわけだ。
「陛下、バスクス帝をお迎えする準備をなさったほうがよろしいかと」
横で口を開いたオフデ侯を見やって、ホスフォネトは軽く頷く。
「接待は
オフデ侯は苦笑した後、「分かりました」と頭を垂れた。
再び歩き出したその背後で、オフデ侯が師団勤務に戻るようクラファトに命じるのを聞く。
〝ご苦労だったな〟と、部下への労いを忘れぬオフデ侯の物腰の軟らかさ。それは女連れで訪れる皇帝の周囲にも、悪い印象は与えぬはず――。
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