第12話 夢の星<宇宙系>

夢の星<宇宙系>


 私のペットは宇宙人。

 手の平サイズ。

 そう、ちょうどテニスボールくらいの大きさだ。

 近所の河原で拾った。


 その日は部活で遅くなり、自宅近くの川沿いの道を急いでいた。お腹も空いていたし、日も暮れかけていて街灯のないこの道は暗くなったら歩きたくない。

 河原に降りる階段の下で何かが光った。ボ~ッと薄明かりが付いているような、柔らかい光だ。何だろうと階段を降りてみると、丸いボール状のものが落ちていた。光はボールから発しているようだった。

「お願いです。助けてください」

声が聞こえたので、辺りを見回したが誰もいない。ますます暗くなっていくので、正直、少し怖い。

「誰?  どこにいるの?」

「 ここです、ここ。丸くて光っているのが僕です」

 まさか。

 しかし、その ボールは、私の顔のあたりにふわりと浮かび、ピカピカと明滅した。

「私を一緒に連れて言ってください。大丈夫。害はありません」

 そっとボールを掴むと、柔らかくて暖かい感触。気持ちいい。見た目も綺麗だし、欲しいという気持ちが湧いてきて、我慢できずに持って帰った。


 その日から、私はそのボールに夢中になった。『マル』という名前をつけていつもポケットに入れて持ち歩いた。マルは可愛くて、話ができて、いつも私を褒めてくれる。その気持ちの良いこと。

 気がつくと、友達も同じようなボールを持っている。みんなあの日に近所で見つけたという。マルに聞くとあっさり教えてくれた。

「あの日、私たちはこの星に解放されたのです。なん億体という仲間が地球上にばら撒かれました。一番相性の良い地球人が来ると、声をかけました。私のように。ですから、よほど変わり者じゃない限り、一人に一体持っていますよ」

 そうなんだ。私だけ特別じゃないんだ。それからはマルはポケットから出てふわふわとついて来るようになった。すると、町中の人の頭の周りにボールが浮いているようになった。

「あら、奥様のボール、素敵ですこと。色がいいわね」

「ぷにって名前ですの。奥様のボールは光が美しい。個性的ですね」

 なんて挨拶が交わされるようになり、剣呑な場面も現れる。

「俺のは芸ができるんだ。ほら、くるくる回って錐揉みで降りて来るだろ」

「僕のはぶつけるとパッと消えて、30秒後に姿を表す。どうだ」

「おい、取り変えろ」

「嫌だ。何をする。あっちへ行け」

 つかみ合いで奪い合っているのを見たこともある。しかし、他人のボールとは意思疎通ができないことがわかると、そういうこともなくなった。


 一年もすると、人間とボールは切っても切れない様相を呈してきた。

 私だって、マルと離されたら生きてはいけない。それくらい愛しい、大切なものになってしまった。

 マルは記憶力が抜群なので私の大切なことは全てマルが記憶している。それから、これからなにをすればよいか、誰と会えば良いか、大切なことはマルが教えてくれる。マルに任せておくと、全てがうまくいく。最初の頃は自分で考えて行動しようと頑張ってみたけど、不思議なほど失敗してしまう。何度もそういうことがあると、次第にマルを頼るようになる。

 気がつくと、すべての人間がボール状の宇宙人の言い成りになっていた。自分で物を考えるドジな人間は、物事がうまくいかないので自然に淘汰されてしまった。


 ある日、空に巨大な宇宙船が現れた。地球上のあらゆる場所に、何隻も。

 ボールたちはささやく。

「さあ、宇宙船に乗りましょう。素敵な星に行きましょう。夢の星ですよ。あなたの大好きなものがたくさんある星ですよ」

 抵抗しようとする者も多少はいた。しかし、ボールは言う。

「私はあの宇宙船で帰ります。これ以上ここにいると、生きていけなくなるのです。これからもあなたと一緒にいたいけど、死んでしまってはあなたのために何も出来なくなります。さあ、夢の星に一緒に行きましょう」


 後には誰もいない地球だけがぽつんと取り残された。人がいなくなって、動物たちの天国になった。

 夢の国に行った地球人たちは?

 もちろん幸せに暮らしていた。管理された飼育場で、美味しいものを好きなだけ食べて、まん丸く太って。

 何も考えたくなくなった頃、一人づつ調理場へ運ばれて行った。

 夢の国の住人の、美味しい料理になるために。

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