第7話 拾った小鬼<鬼系>

 夢は小学五年生。春には六年生になる。幼馴染の藍ちゃんと近所の神社の豆まきに行った。

 小さい神社だけど、地元出身の落語家さん(夢は初めてみた。だって笑点に出ている落語家さん以外知らないから)や市長さんが豆をまくんだけど、なかなか拾えない。藍ちゃんはもう3個も拾っている。最初からしゃがんで拾う体制ばっちしだったし、小柄なのを利用して大人の隙間を器用にすり抜けて拾っている。

 きた~。夢めがけて飛んできた豆がすぐそばの植え込みに落ちた。これを逃したら一つも収穫なしになる可能性大だ。夢は植え込みに飛び込んだ。あった~。小さな豆の入った袋が一つ。夢中で拾ってポケットに入れる。

 豆まきが終わって愛ちゃんと神社の階段に掛けて収穫を見せっこする。

「拾ったよ、3個も拾ったよ。ホラァ」

「夢ちゃんは3個? 見て見て、私は7個拾っちゃった」

「藍ちゃんすごーい」

「ほら1個食べよ」

 そう言って藍ちゃんは夢にも1個くれた。

「いーよー。私のもあるから」

「いいんだってば。たくさんあるから。食べようよ」

 二人で袋を開けて5~6粒入っている豆を食べた。藍ちゃんは夕方から塾があるから先に帰っていった。

 近所の公園で別れて、夢はなんとなくベンチでぼーっとしていた。日差しは暖かいけど2月の公園には誰もいない。

「もしもし、もしもし」

 小さな声が聞こえた。キョロキョロと周りを見回しても誰もいない。

「もしもし、もしもし」

 ポケットのあたりがもぞもぞした。拾った豆を一つ取り出すと何かがぶら下がっている。なんだろうと思って顔の前に持ち上げると、小さな鬼だった。

「キャーッ」

 あんまりびっくりしたものだから、豆の袋ごと放り出した。

「痛てっ! ちょっとぉ、放り投げないでくださいよ」

 足元から声がする。小鬼が器用に夢の膝に這い上がる。薄気味が悪いので振り払おうとしたがスルリと逃げられた。

「やめてよ。僕だって飛ばされたら痛いんだから。それよりねえ、あの豆、縁起がいいから拾った方がいいよ」

 なんだか拍子抜けして、豆の袋を拾う。小鬼は豆の袋と同じくらいの大きさだった。頭には角があり、牙ものぞいているけど小さいから迫力がない。最初は驚いたが、不思議と怖くなかった。

「ねえ、この袋の中の豆は食べないでね。全部なくなると僕はいなくなっちゃうんだ」

「そうなの? あんた誰?」

「みたとおり鬼だよ。何に見える?」

「うん、小鬼に見える」

「その、小鬼っていうのやめてくれる。小さいけどれっきとした鬼だから。アッキって読んでよ」

「アッキ? アッキ?」

「そうだ。悪い鬼と書いて悪鬼」

「え~、悪い鬼なんだ。私にも悪さをするの?」

「大丈夫だよ。豆拾ったろ? さっきも食べたろ? あれでお祓いは済んでるから」

 今日は節分だから豆まきに行ったんだった。確かに、さっき藍ちゃんと豆食べたし。大丈夫かな。

「でね、どうして僕がここにいるかというと、卒業試験なんだ」

「鬼にも学校があるの?」

「あるさ。じゃなかったらどうやって仕事を覚えるのさ?」

 小鬼が言うのには、彼らは色々な役割が正しくこなせるように学校に行くそうだ。節分の悪鬼の担当は疫病や風邪、インフルエンザなどを流行らせるのが仕事だという。

「じゃあ、あんたなんかいない方がいいじゃない?」

「そうでもないよ。世の中から病気がなくなったら困る人もいるんだから」

「そんなことないでしょ。みんな大喜びだよ」

「そう? 夢の家はお医者だろ? 患者が来なくなってもいいのかな」

「そうかあ。それはまずいかも。でも、病気がなくなったら、みんな喜ぶよ。お父さんはきっと転職するよ。いつも忙しくて、もっと暇な商売がしたいって言ってるからね」

「医者は君のうちだけじゃないでしょ。大きな病院も小さな病院も全部要らなくなったら、転職する人もたくさんいて大変だよ」

 夢はたくさんの白衣を着たお医者さんたちが、ハローワークに並んでいる姿を想像した。看護婦さんも並んでいる。すごい行列でだ。

「うん、まずいかもしれない。で、その卒業試験ってなんなの?」

「誰かを風邪か腹痛かにすればいいのさ。まだ僕たちは初等科だから大きな疫病とかはできないんだ。手伝ってよ」

「いやよ。誰かを病気にするのを手伝うなんてできないわよ」

「そんなこと言わないで。一度かかった方がいい風邪もあるんだし」

「そんな風邪ある訳ないじゃない。とにかく嫌よ」

「おたふく風邪なんて、小さい時に一度かかると免疫ができていいんだけどな」

「協力できない」

「じゃあ、せめて君のポケットにいさせて。ちょうどいい被検体が見つかるまで」

「誰かに取り付く気?」

「そりゃあ、卒業試験だもの」

「お断り!」

 夢は腹がたつと無性にお腹がすいてきた。さっき拾った豆の袋を、破いて一気に口の中に流し込んだ。思い切ってバリバリと噛むと飲み込んだ。

 「あ~~~」

 空気が抜けたような声が膝のあたりからしたと思ったら、小鬼が消えていた。そういえば食べるといなくなるって言ってなかったか?

 なんにしても、人を病気にする協力なんてできない。夢だって将来はお医者になりたいんだから。

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