うち、明日つぶれます。破産申立します・・・

 9月の終わりの、ある日の午後17時くらいだと覚えている。槌田社長が、藤田課長に挨拶に来た。銀行は17時が金融相談の終わりなので、終わり時に来た社長にすこし不安を感じたのを覚えている。槌田社長は、


 「明日、うちはつぶれます・・・。破産申立します。藤田課長ありがとうございました。返せなくて本当に済みませんでした。」


 と言ってきたのには驚いた。課長はわかってたみたいで、その社長に、


 「わかった。で、あんたはどうするの?」まるで父親が心配するように聞くと、


 社長は、「自分も責任があります。だから自己破産します。本当に済みませんでした。」まるで全て理解できているかのような、清清しい言い口であった。


 私は、倒産するのを前もって知るのは、後にも先にもこの時だけだった。数多く担当していながら、いまだに覚えているのは槌田社長のことだけかもしれない・・・


 なんと潔く、そして義理と道理を大事にする社長だとおもった。どきどきしながら2人の話を聞いていた。ふつうなら夜逃げするか連絡付かなくなるし、事実そういう社長ばかりで本当に槌田社長にはびっくりした。


 社長が帰ると藤田課長は私に、

 

「このまえの融資は、香典融資だったな。ただ、もう倒産するのはわかってたよ。」


 えっ、香典融資とは・・・?

 

 融資は、返してもらうのが鉄則だ。だから、返済をどうできるかを考えながら、上司に説明し稟議を起案していく。特に、業績悪化時は、返済の見通しが細かく求められる。担当としては、返済してもらった分は、また融資して支援したくなるが、上司としてはそうは簡単にはいかない。


 まずは、融資しているシェアを意識する。例えばメイン銀行で残高のシェアが50%なら、融資の必要額も50%という回答になる。ようは全部の銀行が足並みそろえないと経営に支障がでるというわけだ。


 一つの銀行が融資しなかった場合、とたんに会社は終わりに近づく。それをどこの銀行が引き金を引くか、また最後に融資した後すぐ倒産されると銀行は回収不能額が増えるから最後の融資をジョーカーを引くなどというが、どこがジョーカーを引くか?すごく気をつけながらの綱渡りの状態が続く。


 その中でもメイン銀行は最後まで責任を持っていたかが問われるので、特に周りの銀行対応を見ながらの非常に難しい対応が求められることになる。

 

 この会社は、エンジン部品のメーカー「ツチダ機械」で、私が担当で、藤田課長が担当課長であった。地元の名士である槌田社長が2代目として経営されていたが、バブル崩壊後の景気低迷で業績は悪化の一途をたどって赤字が6期連続であったが、資産があったことと銀行が支えてきたことでなんとか潰れないで済んでいた。


 8月だったと覚えているが、藤田課長が、ツチダ機械から返ってくると、私に、「3000万の稟議を書け。急いでな」といわれた。すぐ作業に取り掛かっていると課長は当面はこれで打ち止めだなみたいなことを言っていたと思う。稟議をまわすときも、管理職には


「当面はこれが限度でしょうね。それは槌田社長には言ってますよ。先方も理解してくれてます。」


 担当から、課長、次長、部長と決裁してもらい(はんこを押してもらい)最終的に支店長が判子を押したら、融資が可能となるところを、課長は、


 「大丈夫だ。話を全て上に通しているから作業だけしてくれ。俺の責任で判子も押さなくて俺だけでいい。」


 


 全てが終わった後、課長から、「最後の融資になるって自分で考えていただけだよ。もうだめになるだろうというのはわかってたよ。あれが、最後と思って融資したからな。でも、口座の動きを見てみろ。残高は残っているだろ。あっちもわれわれの心情がわかって使えなかったんだろ」


 私が口座の動きを調べてみると、最後に融資してからほとんど使われていなかった。


 課長は、「良く覚えておけ。倒産させたのは確かに経営者だが、銀行が融資を絞れば必ず会社は潰れる。それだけの融資した責任を持って取引先を改善させて返してもらえるようにするのも銀行の仕事だ。それが、出来なかったからこの会社も破産することになったし、その責任もわれわれにもあるし、引き金にもなったと思わなければダメだ。」


 「もうひとつ、破産するにも費用(お金)がいる。裁判所の供託金や、管財人や弁護士の費用。もういわなくてもわかるな・・・・」


  


  『藤田課長は、本当にすごかった。』


 高知支店時代は大変だったが、とてもやりがいがあった。それは師匠ともいうべき上司に出会ったからだ。


 この課長については別で述べるが、簡単にいうと東西産業銀行の最後の高卒入社であり、たたき上げの融資課長で、管理職にはならなかった(なれないんじゃなく)が

、振り出しの京都支店から始まり、福岡や東京支店等数々の店舗を経験。特に融資課長として20年以上のキャリアを誇る今も最年長の現役融資課長をやっていた。私の最もあこがれた人物であった。


 この課長曰く、『銀行員は回収するまでが仕事だ。ただ融資すればよいのではなく必ず会社を改修できるようないい会社にして、回収してこい。』


 これは、今後の私を変えた言葉でもある。ようは、金(融資)はものではなく売り切れば終わりではない。そのお金が会社や社会を変えて成長してまたその会社に戻ってくる。それが返済原資であり、会社を成長させるような金を課さなければダメだ。また、回収まで責任持たなければダメだということだと私は理解している。


 課長は、説明説得するのが上手でお客様からも大変好かれていた。出来る出来ないをはっきり言うし、どうすれば融資できるかを指導ができた。また、義理人情を持った最後のバンカーでもあったと思う。


 銀行員ではなくバンカーだ!今の銀行員はただ数字を元にスコアがいい会社に金を売っているだけだ。スコアが悪いと平気で断る。


 全然違う!


 バンカーとは何ぞや!ということに対する答は、


 『銀行員は金貸しだぞ!金を貸せない銀行マンはお客さんから信頼はされない。断る意味を知れ』


 と言われ、いつもお客さんには厳しく断ってばかりの課長の印象だったが、実際はぜんぜん違っていたのだろう。

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