第75話「ソロ禁止 その2」

 コバトは悠々ゆうゆうと歩くのに対し、ヤマトは瞳を銀色に変えると、撹乱かくらんするようにジグザグに駆ける。


「いかに素早かろうと、所詮は一人ッ!」


 コバトは近づくヤマトをかろうじて視界に捉え、剣を右手で受け止める。

 ただ受け止めただけで、剣は消失する。


「また武器が無くなったなッ!」


 コバトがさらに一撃加えようとした瞬間、ヤマトは避けるでも防ぐでもなく、首を少し傾けた。その瞬間、ザシュと鈍い音と共にコバトの腹部が貫かれる。


「氷の刃だと?」


 即座に消し去ろうとするコバトより早く、ヤマトは氷で出来た刃を引き抜く。

 クロネが放った氷の刃には持ち手が施されており、ヤマトの剣として活用出来るようにされていた。


「アタシたちの武器は無くならないわ! アンタなんかにアタシたちの刃は壊せないッ!」

 

 グンッと踏み込んだヤマトのスピードの乗った一撃は腕を斬るには充分な威力であったが、左手はすんでのところで右手によって守られた。


 右手は腱が切れたのかダラリと力なく垂れ下がる。


「不意打ちだろうが、左手を庇うくらい訳がないッ! そして、喰らえッ!」


「えっ!?」


 コバトは大事に守るべき左手であろうことかヤマトを殴りつけた。


 殴られた衝撃で、よろめく間にコバトの体は、右手は治癒され、今度は右手が襲い掛かる。


「くっ!!」


 ヤマトはなんとか氷の剣で防ぐものの、右手のスキルにより消失する。


「なるほど。能力は任意で使えるわけね」


 そう呟いたヤマトは、一歩飛び退く。


「その程度の動き、詰められないとでも?」


 追いかけようとコバトの重心が前のめりになった瞬間、無数の氷の刃が突き刺さる。


「残念ね。あんたの攻撃を避けたわけじゃないのよ。あいつの、クロネの攻撃を避けたのよ。アタシは」


「痛みに耐えればいいだけだろうッ! 貴様を殺すことに依然、問題ないッ!」


 血反吐を吐きながらも幾重にも突き刺さった氷の刃を無視し、手刀を繰り出す。


 ヤマトはコバトに命中した1本を抜き、防御に使おうと試みるが、それよりもコバトの手刀の方が早かった。

 ヤマトの体を切り裂こうとした瞬間、クロネが声を発した。


「……シールド。ブースト」


 氷の盾がコバトの腕を押し、僅かにヤマトから逸らす。

 しかし、それでもコバトの指先はヤマトの肩へ触れていた。


「ッツ!!」


 まるでスプーンでねぎとられたようにえぐれる。

 痛みに顔をしかめるが、それでもヤマトは一瞬のよどみもなく、予定されていたかの様に氷の剣で左腕を狙い、クロネが射出した氷の盾をその手に納める。


「させんッ!」


 コバトは体を引いて、左手を無理矢理に守るが、その隙をつく形でクロネの氷の刃が右手に突き刺さる。

 

「くっ! まるでわたしの行動を読んでいるのか? いや、違うッ! この動き、こいつら、お互いが何をするか分かっているッ!」


 長年敵として、そしてお互いを高め合うライバルとして、最近に至っては同じ目的を持つ仲間として戦ってきた2人。

 この2人の間には、こと戦いにおいては言葉や合図など必要なかった。

 お互いがお互いに最善手を取ると分かって信頼していたからだ。


「おおおおおおおっっっぅぅぅ!!」


 ヤマトは氷の刃が届く前にすでに瞳の色が金色へと変化し、アクセル・アクセスLv2を発動させ、右腕目掛け突っ込んでいた。


 刃が届き、右腕が一瞬使えなくなった直後にヤマトは盾を押し当て、そのまま壁まで押し込んだ。


「これで右手は使えないでしょ。それからッ!」


 氷の剣を右足へと突きたてる。


「動きもこれで取れないわね」


「それが、それが、どうしたァァ!!」


 コバトは左手でもって、ヤマトを殴りつける。

 素手で鎧を殴りつけるという常軌を逸した行動ではあるが、コバトのパワーと精神力は鎧の防御力を上回り、ヤマトへとダメージを与える。


「ツゥ! 美少女の顔を殴るってどういう了見よッ!」


 ただでさえ少し歪んでいた兜は完全に凹む。


「さっさと離れろ。このアマぁぁ!!」


 2撃目がヤマトを襲う前に、左手を紫のオーラが包む。


「……させない」


 重力操作を受けた左手は壁へ張り付けになるように横方向へ重力が移動する。


 ガンッ!


 壁にヒビが入るほどの勢いだったが、コバトはそれでひるむことも慌てることもなかった。


「落ち着け、落ち着くんだ。ピンチはチャンス。これは神がわたしに課した試練なのだ。これを乗り越えたとき、また1つわたしは神に愛されるはずなのだッ!」


 両手、右足を押さえられてなおコバトは諦めず、残った左足でヤマトを膝で蹴りつける。


「ぐぅ! 諦めの悪いッ!」


 2度、3度と蹴りを喰らうがヤマトはその手を離すことはなかった。

 確実に内臓にダメージを受けており、口から血が漏れる。


 僅かにだが、手の力が弱まったのを見て、コバトはニヤリと笑みを作った。


「かなり焦ったがそろそろ限界のようだな。流石勇者を名乗るだけはある。次の一撃は貴様への敬意を込めた一撃になるだろうッ!」


 コバトは無慈悲に躊躇なく蹴りを繰り出す。

 ヤマトはなんとしても耐えてみせると、歯を食いしばる。


 しかし、その一撃はヤマトへと到達することはなかった。


「な、なにぃぃぃ、これはッ!!」


「お馴染み、空気の……壁だぜ。言っただろ。最初は……オレからだって……順番を間違えたな」


「インテリジェンスウェポンッッッッ!!!!」


 まっぷたつになったアリは最後の力を振り絞り、魔法を使った。美少女を守る為の魔法を。


「ここまでお膳立てしたんだから、さっさと来なさいよ。クロネッ!!」


 叫ぶヤマトの声に応えるように、クロネは一歩、また一歩と歩を進めていた。


「……捉えた。アイスアーマー。グラビティ付与。バースト付与」


 クロネの腕には氷で出来た籠手。肘には轟々と炎が噴出す。


「……足場、固定。ヒートアップ付与」


 クロネの体は蒸気し、うっすらと湯気が立つ。足は土で固定される。


「……どれだけ攻撃を消せようが、どれだけダメージを回復出来ようが、一撃で決めれば関係ないッ!」


 クロネは腕を大きく振りかぶり、自身が持てる最強の打撃技を繰り出す。


「美少女勇者と」


「……魔王を」


「「敵に回したことを悔いろッ!!」」


 ヤマトとクロネが同時に言い終わると、鋭く重い一撃が、コバトの顔面へと食い込んだ。


 壁一面にコバト越しにヒビを入れる程の一撃を持ってコバトは沈黙した。


「……ハァ、ハァ、ハァ」


 クロネは息を荒げながら、その場へとストンっと座る。


 ヤマトも、「痛い。疲れた。しんどい」などなどと愚痴を言いながら、その場にへたり込んだ。


「アタシたち2人が揃えば最強ね。イスズでもなんとかなるんじゃない?」


 ヤマトの軽口にクロネは軽く微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る