第74話「ソロ禁止 その1」

 コバトが手放したアリが地面へと落ちると、その傷口は痛々しくひび割れ、真っ二つになっていた。


「……えっと、これってもしかして、いつもイスズが使ってる鈍器よね?」


 ヤマトはアリを拾い上げると、なんとかくっ付かないかと試行錯誤しこうさくごしてみるが、折れた物を復元することは叶わなかった。


「やっぱ無理よね」


 その場に静かにアリを置くと、ヤマトは視線をクロネへ送り、次にコバトを見た。


「今までの経験でだいたいこの後の展開が読めたわッ! 武器を壊した責任で、そこの神父はもちろん、クロネとなぜかアタシまでボッコボコにされるって展開がねっ! それを回避する方法は1つ! イスズがヤる前に、神父をボコって、「まぁ、俺の手を煩わせなかったから許してやろう」って展開にする事よッ!! という訳で覚悟しなさいッ!!」


「……あっ、ちょ」


 ヤマトはクロネの言葉も聞かず、コバトに特攻する。


「うりゃあぁぁっ!!」


 すでにダメージを負わせた右側から攻撃を放つ。

 それに対応しようとしたコバトを見た瞬間、ヤマトは剣から右手を離し、そのまま殴りつけた。


「全く、転生者ってのはどいつもこいつも、剣に反応してばっかりね」


 呆れたように呟くヤマトを、コバトは殴られた状態のまま睨みつける。


「神は、運命は、わたしを常に選ぶのだ。娘よ。この一撃を喰らったのは感謝からだ。お前がこのわたしを斬った、そのことがこのわたしが勝利する運命だと確信させたのだ! わたしを勝利へと引き上げたのはお前だッ!!」


「えぇ……、ちょっと何言ってるかわからないんだけど。打ち所悪かったかしら?」


「運命を運んできた貴様には感謝するが、神の為、消え失せろッ!!」


 コバトはないはずの右手をヤマトへと振るう。


「斬られた手で殴りかかるなんて、なかなかガッツあるわね。でもッ!!」


 ヤマトは返す刀で、腕を斬りつけたはずだった。

 そこで、ヤマトは不可解な2つの出来事に直面した。


 1つは、剣先がキレイになくなっていたこと。

 もう1つは、コバトの右手があり、しっかりと拳を握っていることだった。


 剣で防ぐことが適わなかったコバトの右手、その脅威的なプレッシャーの前に、ヤマトはその能力を知らないまでも、「ああ、これは死んだわ」と感じていた。


 その瞬間、後方から声が聞こえた。


「グラビティ」


 その声と共に、ヤマトの体は重さに潰され、地面へと伏せる。


「ぐへっ! 痛いけど、助かったわ!」


 すぐにその魔法は解除され、ヤマトは転がりながらコバトから距離を取る。


「先に能力を言っておいて欲しかったわ」


「……聞かずに突っ込んだのはヤマト」


「…………」

「…………」


「か、かなりの強敵よね~。なるほど~、あんたが負ける訳ね」


 その言葉にクロネは首を横に振って抗議した。


「……負けそうになっただけ、まだ負けてない。ワタシもアリもッ!」


 ヤマトはふっと笑みを浮かべ、


「そうね。アタシもまだ負けてないわよ。しっかし、そうは言っても、武器が無くなったし、どうしたものかしら。アタシの剣だったら耐えられたはずなんだけど、やっぱりリミットの剣じゃダメね。アタシが使ってたヤツだったら耐えられたと思うんだけどなぁ!」


 地味にリミットをディスりながら、負け惜しみを述べるヤマトにクロネはジト目を向けるが、あえては何も言わなかった。

 代わりに、魔法を展開させた。


「……任せて」


 クロネは氷で出来た一振りの剣を造りだす。


「……これを」


 ヤマトはその剣を受け取ろうと手に取ると、取りこぼした。


「ちょっ! 冷たい! もう少しどうにかならないのっ!?」


「……貧弱? ワタシは普通に持てる」


「むっ。アタシだってこれくらい、普通に持てるわよ。ちょっと冷たくてビックリしただけよ!」


 落とした氷の剣を雑に拾い、ぐっと落とさないように握り込んだ。


「……ならいい。相手の能力は?」


「右手が破壊で左手が回復でしょ! アタシを誰だと思ってるのよ! さっきの一撃を受ければだいたい分かるわ」


 クロネは特に驚くことなく、ヤマトならば当然分かっているだろうというかのように1つ頷くだけでヤマトの言葉を肯定した。


「……体力、攻撃力不足」


「アタシは情報、防御力不足ってところね」


 2人は互いに顔を見合わせ、同時に立ち上がる。


「なら、初の共同戦線ってところね!」

「……協力、撃破」


 共に訓練や旅をしてきた2人であったが、2人で同時に敵に立ち向かうことはこれまで1度もなかった。

 2人の敵が違ったり、そもそも2人で戦うほどの敵がいなかったりと理由は様々だが、かつては闘いあった2人が初めて共に剣を取った瞬間だった。


 ちょうど、コバトも服の煤を払い落とすようにアリの空気の牢を消し去ったところだった。


「作戦会議はもういいのか?」


「わざわざ待っててくれたの? 意外にいいヤツね。……いや、待って今のウソ! 撤回! イスズの鈍器を壊したヤツにいいヤツなんて言ったのが知れたら、アタシの作戦が瓦解がかいするところだったわ」


 氷の剣を氷嚢ひょうのう代わりに失言によって生じた汗を兜越しに冷やす。


「……真面目に!」


「分かってるわよ! 第2ラウンドってやつね!」


 ヤマトは剣を構える。


「……絶対に倒す。アリの為にも」


 クロネは両手に水色のオーラを漂わせる。


「けりをつけてやるッ!!」


 コバトはまるで全能感の中にいるように、なんの警戒もせず、ただ向かって歩く。

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