第72話「信心禁止 その1」

 イスズとアリ、クロネは階段を駆け上がっていた。


「……ハァ、ハァ」


 イスズの後ろから、荒い息遣いが聞こえ、振り返ると、クロネの顔には疲労の色が浮かび、肩で息をしている。


「おい。大丈夫か?」


 イスズは登る足を止めることなく、後ろにクロネに尋ねる。


「……大丈夫。問題ない」


 クロネは全然大丈夫ではなさそうだが、そう答える。


「おい。イスズ。絶対大丈夫じゃないパターンだぞ」


 アリの心配に応えるようにイスズは足を止め、クロネのところまで戻ると、アリを雑に投げてクロネに手渡す。


「しっかり……じゃあなくてもいいが持ってろ」


「そうだな。オレを杖代わりに、ってオレ杖だし」


 勝手にノリツッコミを行うアリを尻目に、イスズはクロネを脇に抱きかかえた。


「ひゃっ!」


 驚きでクロネは小さな可愛らしい悲鳴を上げる。


「……こんなことしなくても大丈夫」


「うるせぇ! お前の足が遅いからだ! 文句やらなんやらは後でまとめて聞いてやるッ! 今は黙ってろッ!!」


 そのままイスズは一気に階段を駆け上がった。



 階段を登りきると、そこは神さまをモチーフとしたステンドグラスはめ込まれた窓が規則的に並び、最奥の壁にはまるで聖母マリア像のように神の像が鎮座ちんざしている。


 そして、その像に祈るように膝を着く男。

 ロングコートに身を包んだその人物はシチュエーションと相まって神父のように見えなくもない。


 イスズたちの到着を察知すると、男は立ち上がり、鋭い目つきでイスズたちを睨み付けた。


「神にあだなす罪深き者たちよ。ここから先、立ち入れるとはゆめゆめ思わぬことだ」


「おいおい。あの神を信仰するとかとんだ狂信者だな」


 イスズはクロネをその場に落とすと、間髪入れず、神父へと殴りかかった。

 神父は避ける素振りすら見せず、そのまま、イスズの拳を正面から受ける。


「ゴアハッ!」


 神父はそのまま壁をヒビ割る勢いで激突し、血反吐を吐き出す。


「なんだ? 妙にあっけないな」


 あまりの手ごたえの無さに首を捻るが、すぐに先への道へ向かう。


 薄暗い階段を見上げて、いよいよフーソとの対決かと思っていると、


「イスズ!!」


 クロネの声で振り返ると、そこには倒したはずの神父がピンピンとして、イスズに襲い掛かる。


「チッ!」


 イスズは階段の方へと飛び退き、神父の一撃をかわすが、その一撃は周囲の建物をいともたやすくえぐり、壁が崩落する。


「ああっ!! 避けられてしまいました。あなたを足止めせよという神さまからのお告げが果たせなくなるッ! ああっ! それはダメだ。マズイ! ダメだ。ダメだ。ダメだッ」


 神父は再び、右手を振り上げ、瓦礫を叩こうとする。

 その瞬間、氷柱が神父の体を貫いた。


「……イスズは追わせない。あなたはワタシがここで倒す」


 神父はギョロリとクロネを睨みつけると、右手で氷柱を破壊し、左手で貫かれた腹部を押さえる。


「貴様が? わたしを倒す? わたしは神に選ばれし存在! それをたかだか『元』魔王ごときが倒せると思っているのですか?」


 神父は貫かれた腹部から手を離すと、そこには傷1つ見られなかった。


「……ッ!!」


「これは神さまがわたしにくれた贈物ギフト! 右手には全ての悪を葬り消し去る力を。左手は全ての苦痛から人々を救う奇跡を。このコバトに授けてくださったのだ! ゆえに、あなたたちをここで抹殺しなくてはならない。それなのに!」


 コバトは瓦礫に軽く触れただけで、それらを消し去るとイスズを見据えた。


「逃がしませんよ」


 その目には狂気の色が走り、流石のイスズも一歩後ずさった。


「……あなたを倒すと言った」


 コバトとイスズの間に氷の壁が出現し、行く手を阻む。


「……イスズ、早く行って」


 クロネは油断ならない相手、コバトを見ながらイスズへと声をかける。


「大丈夫なのか?」


「……問題ない」


 そう言ってクロネはVサインを作る。


「そうだぜ。イスズ。クロネにはオレがついているんだ!」


「そうか。なら、任せた」


 イスズは階段を一気に駆け上った。


「行かせるものか!!」


 コバトは再び右手を振るおうとしたが、それは叶わず、ドンッと重々しい音を立てて、右手は地面へとめり込んだ。


「くっ! 重力操作ですか。どうやら、そこの魔王はよほど先に天に召されたいらしいですね」


 コバトはクロネへと明確に敵意を向けた。



「ぐっ、ぐぐぐぐっ!」


 コバトはクロネの『グラビティ』から抜け出すため、信じられない行動を取った。

 胸ポケットへと仕舞っていたナイフを取り出すと、自身の右手を断ち切ったのだった。


「うおおおおっ。痛い。痛いですが、主よ。我をお守りください」


 神父はそう言いながら、左手で触れると、なんとそこから新たな右手が生え出した。


「ハァ、ハァ、ハァ~~。これで今から貴様を消しに行けますね」


 コバトはゆっくりと、ゆっくりと、まるで相手に懺悔ざんげの時間を与えるかのように時間をかけて近づいてくる。


「……なら体全体を重くするだけ」


「無駄ですよ。無駄、無駄ァ!」


 しかし、コバトは右手を掲げると、何事も無かったかのように歩き出す。


「……なぜ?」


 狼狽ろうばいするクロネに、今の事象が理解出来たアリが声をかける。


「落ち着けクロネ! 相手の右手は全てを消せるんだ! だから、今お前の魔法が消された。初撃が成功したのは、不意打ちで腕ごと重くしたからだ。消せるのは右手だけ。不意をついて魔法を消される前に当てられれば」


「……把握した」


 クロネは相手を撹乱かくらんするように駆け出した。


 氷柱や火球をお見舞いするが、そのどれもをコバトはその身で受ける。体に穴を穿うがたれようとも、肌や内臓が焼けただれようとも、その奇跡の左手でもって瞬時に回復する。そしてここぞとばかりに放ったグラビティにだけ反応し、右手で消された。


 らちが明かないと思われたその瞬間。


「おや? 息がもう上がって来ているようですね。そんなスピードでは、見えますよ。あなたの動きがッ!!」


 神父は何かを投げると、それはクロネの細い足へと突き刺さった。


「ッ!!」


 走っていた勢いそのままに、転倒してしまう。

 地面へ伏しながらも足に刺さったモノを確認すると、


「……ロザリオ」


「ああ、神よ。貴方さまへの忠誠の表れが、またわたしを助けてくださいました。お導きに感謝いたします」


 クロネは足を引きずりながらも、なんとか距離をとろうとする。


「さて、あなたを消してから、あの男を追いかけるとしましょう」


 コバトが手を伸ばすと、ガツッ! とまるで見えない壁でもあったかのように手が遮られた。


「これは?」


「おいおい。あんた、オレがいるのを忘れてないか?」


 アリはコバトとクロネの間に空気の壁を作り出していた。


「インテリジェンスウェポン! この、貴様らごとき、藁の家が、このわたしと神を邪魔するんじゃあない!!」


 コバトは怒りに表情を歪ませ、アリの壁を叩き割る。


「まぁ、そうするよな。オレだってムカついたら叩き割るわ。でも、よぉ、ボディががら空きだぜ?」


 空気の固まりがコバトの腹部へとぶつかり、反対の壁へと吹き飛ばす。そこには神の像が祭られており、コバトの体により、像の一部が欠落する。


 コバトはすぐに立ち上がると、欠落した一部を震える手で掴む。


「ああ、なんてことでしょう。神さまの像を破壊するだなんて」


 コバトは肩を震わせ、瞳に涙を浮かべる。


「よくも、よくも、わたしに神の姿を壊させたなァ!!」


「そうだ。来いよ。順番はまずはオレからだ。クロネより後にオレが死ぬことはないッ!!」


「いいだろう! まずは貴様からだ、この木片がッ。天に召すなど、生易しい真似はしない。地獄へ落としてやる! 覚悟は出来ているんだろうなぁ!!」


「ああ、オレは出来てる!」


 アリの空気の塊がコバトへ向かって放たれた。

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