第71話「交渉禁止」

 ヤマトが残り皆を進めた先、イスズたちはだだっ広い空間へ出た。

 先ほどのスラスが居た部屋のように障子で仕切られているということもなく、コンクリートの打ちっぱなしになっている。


 しかし、何もないかと言うとそうではなく、壁際にはズラリと祭りで出るような出店のテントが並んでいた。


「なんだ? これから祭りでもやるのか?」


 イスズが呟きながら、出店のテントに手をかけようとした瞬間、男から声が掛けられた。


「ああ、ちょっと待って、触らないでください!」


 イスズは咄嗟に手を引っ込めた。


 声の主は、テントの1つから抜け出すと、その姿を顕わにした。

 商人風の格好に中肉中背の背格好。顔もイケメンではないがかといってブサイクでもない。一言で言えばモブに見える。


「ここは、貴方たちを倒したあと、神の塔として観光名所にする予定なんで」


「なるほど。出店の出店料を取ろうって魂胆か」


「そうなんですよ! もう、儲かるのが目に見えてますよね!」


 男は恍惚の表情を浮かべる。


えつに浸っているとこ悪いが、俺たちはさっさと先に進ませてもらうぞ」


 イスズは商人を無視し、先へ進もうと部屋の奥へと向かう。


「むっ!」


 しかし、先の部屋と違い、そこには階段も扉も何もなかった。

 ここで行き止まりなのか? 仕方ないから壁か天井をぶち破るしか道を切り開く方法はないのかと思われたその時、いつの間にか背後へと来ていた商人が声を掛ける。


「先へ進みたければ、私と商談しませんか?」


 イスズが振り返ると、男は慇懃無礼いんぎんぶれいな態度でうやうやしく頭を下げた。


「申し送れました。私、エビスと申します。スキルは等価交換。ゴールドを同価値の物質に、また物質をゴールドに変える能力です。この塔もそうやって建てました」


「自分の能力をペラペラ喋るなんて随分余裕だな」


「いやいや、まさか~、私は戦闘はからきしなので、ほら商人ですから。商人は物を売り買いするのが仕事です。ここには神さまの依頼で塔の建設と、貴方たちの足止めを言われたのです。だから、私としては神さまの報酬より上回る額を提示してくだされば、ここを通ってもらって構わないです」


「通ってもらって構わない? 先に続く道もないのにか?」


「ああ、そうでしたね。これはウッカリ」


 エビスがパチンッと指を鳴らすと、壁が開き、上へと続く階段が現れた。


「この神の塔は私の自由に動きます。さて、これで商談が始め――」


 その瞬間、イスズの拳がエビスへと迫るが、床から壁がせり出し、拳を阻む。


「いきなり何するんですかッ!?」


「今、お前を倒せば、そのまま進めるなと思って」


「強盗の理屈ッ!! しかし、この塔で私に攻撃するのは無理です。無駄な行動は控えた方がいいですよ。1ゴールドにもならないのですから」


 階段の前には再び壁が現れ、反対にエビスの前の壁が引っ込む。


「それでは商談に入りましょうか。私が要求する金額は1億ゴールドです」


「そんな金額持っていないぞ」


「ええ、こちらとて成立しない商談はしません。代わりに1億になる物でも構いません」


「だぁ! 面倒クセェ相手だなッ!!」


 イスズは頭をガシガシと掻いて、苛立ちを顕わにする。


「ふふんっ。ならボクちゃんの出番だね。こういうのはボクちゃんに任せてよ」


 勇者パーティ、遊び人のルーはニカッと笑顔を浮かべながら、イスズとエビスの間に割って入る。


「もちろん、こちらは払うものさえ払ってもらえれば誰でも構わないですよ」


 ルーはイスズに確認するように顔を覗き込む。


「ああ、任せる」


「オッケー。任せといてよ」


 ルーは不敵な笑みを浮かべ、エビスの相手を買って出たのだった。



「さて、それじゃ、エビスくん、1つ確認なんだけど、さっき目的にボクちゃんたちの足止めって言ってたよね。と言うことは、ボクちゃんたちがここに留まるのも対価になるんじゃない?」


「そうですね。ま、ここを壊していけるとは思えないですが、そうですね~。全員で5時間くらい滞在してもらえば1億としてもいいですよ」


「そう、なら、交渉材料として使えるよ。良かった、良かった――」


Welcome to the Worldボクちゃんの世界へようこそ


 ルーの固有魔法が展開される。


「さて、ここからはボクちゃん主導で交渉させてもらうよ。まぁ、ボクちゃんができる交渉なんて賭け事しかないけどね」


 ルーが提示したルールは3つ。


 1.今から30分以内に、ルーはこの場所から出ずに1億相当の物を用意できれば勝ち。正し、イスズ、アリ、クロネの行動は自由とする。

 2.時間内に用意できなかった場合、イスズ一行はその場から24時間動けなくなる。

 3.用意できた場合、エビスに一撃殴る権利をイスズ一行は得る。

 

「この条件でどう?」


「1の行動の自由というのは、先に進むことを許すということですか?」


「もっちろん!! あ、安心して、その後の行動できなくなる方も、ボクちゃんの魔法でしっかり約束は果たすから」


 エビスは少し悩んだ後、その条件を肯定した。


「信じましょう。私にはこちらの世界に来てから獲得した、真贋しんがん看破のスキルがあるので、貴方がウソをついているかどうかくらいは分かります」


 エビスはここで少し考える仕草をしてから、3つ目の用件に言及した。


「あとはなぜ、この商談で私が殴られる用件が入っているので?」


「えっ? そりゃ、だって、エビスくんの防御ってオートでするでしょ? 敵を殴れないで終わるなんて悔しいじゃん」


 ルーは自身の袖をまくって細腕を見せ、2、3度パンチをしてみせる。


「まぁ、1億もらえるのなら女性の細腕で殴られるくらいならいいでしょう」


 こうしてルーとエビスの賭けは成立した。


 イスズとアリ、クロネは開かれた階段からルーを残し先へと進む。


「みんなここは任せて、頑張ってね~」


 わざとらしくハンカチを振りながらルーは声援を送った。


「さてと、それじゃ、勝たせてもらおうかな」


 おもむろに胸元からスマホを取り出すと、馴れた手つきで電話をかけた。


「あ、もしもし王さま? わたしよ。わたし。そうそう、行方不明の姫のルーシー。実は最近まで私のことを助けてくれていた人にお礼として1億ゴールド支払いたいから、新しくできた塔まですぐに用意して欲しいの。わたしの使いのものがいくからお願い! 本当。用意してくれるのね! ありがとう大好きよ!」


 その後ルーは魔法使いのファシアンにつなぎ、急いでお金を取ってくるように伝えた。


「貴様、王族さまでらっしゃる?」


「アハハッ! そんな訳ないじゃん!! リミットくん、あ、勇者のことね。彼が王さまとか貴族とか、そういう人のところに電話をばら撒いてるからちょっと利用させてもらっただけだよ」


「オレオレ詐欺かよッ!!」


「えー、別にボクちゃんのお金じゃなきゃダメって言ってないし、ここに1億ゴールドの価値あるものを持ってくるだけとしか言ってないから」


「き、汚いぞッ!!」


「正々堂々やるなんて一言も言ってないよね?」


 ルーは全く悪びれず、満面の笑みを浮かべた。

 そして30分もせず、魔法使いがゴールドを届ける。


「さて、これでボクちゃんの勝ちだね。じゃあ、最後の1つを済まそうか」


「くっ、負けを認めるのは癪だが、完敗と言っていいだろう。まさか商人の私が口で負けるとは……。さぁ、ひと思いに殴ればいいだろう!」


 ルーはあえてもったいつけるように右腕をまくったり、左腕をまくったりとどちらで殴るか決めかねる仕草をする。


 そのとき、


 ガッチャ! ガッチャ!


 金属が動き擦れる音が後方の階段から次第に大きさを増して聞こえてくる。


「やぁッ! どうやら、こっちの賭けもボクちゃんは勝ったみたいだね」


 ぽつりと呟くルーの声と共に、大股を開きながら階段を登るヤマトが現れた。


「ヤマトちゃん、この敵、1撃殴れるからやっちゃって!」


「ハァ!? ちょっと待て、話が違うぞッ!!」


 ルーはエビスの耳元まで顔を寄せると、妖しく呟く。


「一撃はイスズ一行だから、ヤマトちゃんも範囲内だからね。約束は破ってないよ。それから、ボクちゃんとリミットくんにあんなマネして、あの程度で終わるような甘い話がある訳ないでしょ」


 ちょうど、スラス戦でイライラしていたヤマトは、ルーの呼びかけに応え、瞳を金色に輝かせる。


「なんだか分からないけど、ちょうどムシャクシャしてたとこだから!」


 ヤマトはスピードを乗せた拳を放つ。


「や、やめ、NOッ~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!」


 エビスの断末魔が部屋中に響き渡った。

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