第70話「日本人的価値感禁止」

 イスズ一行が塔の中へ入ると、ごつごつとしたレンガとアスファルトの外壁とは違い、まるで現代日本の和室が広がっていた。


「いったいどういう造りになってるんだ? 建築的にセンスなさすぎだろ」


 ふすまで区切られた部屋が何けんも続く中、だんだんと乱暴に開けるようになっていった頃、ついに今までとは違い、部屋の奥は壁になっており、右端には木造の階段が設置されていた。そして、部屋の中心には正座姿で待ち構える男がいた。


 和装の男は、ほっそりした柔和にゅうわな顔つきに反し、その体躯には異様なプレッシャーが感じられ、微かに見える手首だけでも密度の高い筋肉が見て取れる。


「お主たちが侵入者でござるか。ここで引き返してくれればそれも良し。押し通るというのならば、恨みはないが叩っ斬るでござるよ」


「お前なら、姫がさらわれたとき、敵陣でわざわざ逃げ帰るのか?」


 イスズの問いに申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「これは失礼した。愚問ぐもんでござったな」


 男は小脇に置かれた、本差ほんざし脇差わきざしの2本の刀を掴むとゆっくりと立ち上がった。


「拙者の名はスラス。スキルは二刀流達人。女子供といえど、戦いの場に出た以上手加減はできないでござるよ。それでもよければまとめてかかって来るでござる」


 2刀を鞘から引き抜くと構えて見せるスラスはまるで最強の剣豪を彷彿ほうふつとさせる、力強さに満ちた構えだった。


 イスズがそれに応じて一歩前に出ようとすると、すっとその前に手が入る。


「イスズは早くジョニー号のところに行きたいでしょ? クロネは戦ったばかりで疲労がまだあるし、ルーは相性が悪いだろうしね。ここはアタシの見せ場ってわけよ」


 ヤマトはリミットの剣を引き抜きながら、皆の前へと歩み出た。


「アタシがこいつの相手するから皆は先に行って」


 イスズはヤマトの瞳を見つめると、軽く頷き、階段へと急いだ。


「ふ~ん、すんなり行かせてくれるんだ。意外ね」


「乙女が一人、その命を散らせる覚悟で残ったのでござるよ。汲んでやらねば男がすたるというものでござる」


「アタシは死なないし、そもそも負けないから」


「お主は知らぬだろうから先に忠告しておく、拙者の強さは拙者たちの元居た世界で最強と言われた剣士と同格、もしくはそれ以上と思って頂きたいでござる」


「ならアタシはこっちの世界で最強の勇者だから、条件は同じね」


「ならば遠慮はいらぬでござるな」


 予備動作が一切見られず、いつの間にか加速したスラスの剣撃を、ギリギリで反応できたヤマトはなんとか受け止めた。が、しかし、攻撃はそれだけでは終わらず、小太刀による二撃目が襲い来る。


「あっ、まずっ」


 ヤマトは避けられないことを悟る。かといって腕で受けても確実に斬り飛ばされるのが目に見えていた。

 とっさに取った行動はさやを腰から引き抜き、盾として使用したのだった。


 当然ながら、鞘は破壊されたが、ヤマトは攻撃を受けることなく、再び距離を取ることができた。


「鞘を捨てるとは、勇者敗れたりッ!!」


 急に叫んだスラスに、ヤマトは眉間に皺を寄せて、変なモノを見る目で見る。


「え? 鞘が壊れただけで何言ってんの? ちょっと意味がわかんないんだけど」


 その言葉を聞いて、スラスは刀を降ろすと得意気に語り始めた。


「ふっ、それは鞘を自ら失くすということは――」


「隙ありッ!!」


 あまりの無防備さに、ヤマトはついつい攻撃を入れてしまった。

 流石にイキナリ斬るのは気が引けたので、攻撃は拳のみに留めてはおいたのだが。


「ぐっ、卑怯でござるよッ!!」


「いや、戦いの最中に語り始めるのが悪いんでしょ! まぁ、だいたい強さは分かったから、確かに卑怯だったわね」


 ヤマトは、「アクセル・アクセス・Lv2」と呟くと、金色に瞳が輝く。


「確かに最強を名乗るだけはあるわね。ただの身体能力だけなら完全にアタシの負けよ。それは認めるわ。でも、アタシ別に剣士じゃないし。勇者だし」


 ヤマトはスラスに向かって、剣を投擲とうてきした。


「むっ! 剣士の魂である剣を投げるとはっ!?」


 スラス程の実力であれば簡単に弾くこともでき、実際そうしようと刀を構え飛んでくる剣を注視する。


「アタシは勇者だから、全部使って勝つわよ」


 ヤマトの声はスラスの懐近くから聞こえ、同時に拳による打撃がスラスを襲った。


(しまった。飛んで来る剣に注意を割きすぎたでござるッ!!)


 脇腹を襲う痛みに耐えながらも反撃の一手を撃とうとすると、ヤマトの手が飛んで来る剣を掴もうと伸ばすのが目に入る。


「させんでござるッ!!」


 剣を取らせぬよう、ヤマトの腕目掛け刀を振るうと、その手はすぐに引っ込められ、代わりに反対の手がスラスの顔面を覆い掴む。


「勇者だから、敵だとわかったら被害が出る前にさっさと倒すッ!!」


 ヤマトはそのままスラスの頭を床へと叩きつける。


「ガハッ……!!」


 床にヒビが入る程の強烈な一撃。だが、最強を自負するスラスは意識を手放さず、二刀の刀を握りしめていた。


「敵意剥き出しね」


 ぽそりと呟くと、飛んで来た剣を掴み、二刀の刀目掛け振るい、バキンッ! ボキンッ!! と斬り折った。


「ま、実力は認めるけど、実戦経験が少な過ぎね。まだまだ、この勇者ヤマトの敵じゃあないわね」


 スラスは刀と共に心も折られたのか、床へとうずくまると、「すみませんでしたッ!!」と謝罪の言葉を述べた。その姿勢は日本人なら誰もが分かる土下座だった。


「ちょっ、どういうこと!?」


「拙者、此度の件、心より反省し、謝罪申し上げるでござる」


 大声で謝罪をするスラスだが、その懐には一本の小刀が忍んでおり、密かに反撃の機会をうかがっていた。


 スラスは、かの最強はわざと遅刻し相手から冷静さを奪うという戦術を用いて勝って来た。つまり今自分が行っているのも相手を油断させる戦術であると考え、ヤマトが油断し近づくのを待っていた。


 スラスの思惑通りヤマトが近づくと、今だ! と思い顔を上げる。

 その瞬間、眼前に飛び込んできたものは、鎧に覆われた足の甲だった。

 つまり、スラスは蹴り上げられたのだった。


「がっ! ……な、なぜ」


「ちょっと、あんた、寝転がって謝るとかフザケてんのッ!? 失礼にも程があるでしょ!!」


 全力のヤマトの蹴りを予期しないタイミングで喰らったスラスはそのまま壁へと打ち付けられ気を失った。


「ふんっ! 全く、転生者ってやつはやたら戦いの最中に喋るとか、変な格好で謝るとか、本当失礼だわッ!!」


 ヤマトは怒り心頭のまま、大股で階段を登って行った。


 スラスの敗因は現代人の考えが異世界人にも通用すると勝手に思ってしまっていた事という、たった1つのシンプルな理由だった。

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