第68話「乗馬禁止」

 イスズ一行がエスパダから去ろうと門をくぐった時、追いかけるように走ってくる人物がいた。


「アニキィ! 待ってください! イスズのアニキィ!!」


 明らかに不良と分かる風貌ふうぼうで追いかけてきた人物は『元』奴隷のサンタだった。


「あ、忘れてたな」


 イスズはぽつりと声を漏らし、立ち止まった。


「ふぅ、やっと追いつきましたぜ。アニキたちの事情はもちろん把握しています。これから行くところがあるんでしょ? ですので、自分らが足を用意しました!」


「足だと?」


 サンタは遠くから仲間が来るのを確認すると、満を持して、「そう、馬ですッ!!」と見せ付ける。


 イスズは4頭連れられてきた馬の内1頭と目が合う。

 異世界のくせになぜか現代世界と同じ姿形の動物。


「神さまってやつはどの世界でも競馬が好きなのか?」


 そして、異世界での定番で、くらは用意されているが、足を乗せるあぶみはやはりなかった。

 馬をじろじろと観察していると、馬と視線があった。そのつぶらな瞳は吸い込まれそうな程澄んでいたが、イスズは興味を示さず、すぐに視線をサンタへと移した。


「却下だな。俺が乗馬なんてブルジョアなことできん」


「ブル? なんですって?」


 サンタは聞きん馴れない言葉に首をひねる。


「とにかく、俺は乗れないからな。気持ちだけは受け取っておく」


 徒歩で都市を出ようとしたイスズの肩に手が置かれる。

 振り返って見てみると、兜の上からでもわかる程、ヤマトが勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「もう、そういうことなら、ちゃんとお願いしてくれれば、アタシの後ろに乗っけてあげてもいいのよ」


 ヤマトとしては今までの屈辱を晴らすべく、嫌々ながらも自分にお願いするイスズを見たかったのだが。


「そうか、助かる。後ろに乗せてくれ。頼む」


「え、ええ、もちろん」


 あんまりに素直に言われ困惑しながらも引き受ける。

 馴れた動作でヤマトがまず馬へとまたがるると、すぐにイスズが後ろへとつく。


 ゴゴゴゴッという擬音が沸いてきそうなプレッシャーにヤマトはゆっくりと後ろを振り向く。


「ヤマト、いいか、1つ言っておく。俺は生き物に乗って移動するっていうのが、苦手だ。子供の頃に大型犬に跨って振り落とされてから、トラウマになったと言ってもいいだろう。もし、荒い運転をして、俺を落とすようなことがあれば、あとで覚えておけよ」


 腰へと回された腕はいつもより力が入っており、万が一落馬する際にはヤマトの胴体は潰されるのでないかと思える程であった。


「み、みんな、勇者ヤマトからのお願いだよ。いい子はルールを守って正しく安全に運転してね」


 震える声でクロネとルーにやんわりと、しかし確かな迫力を含んで注意を促した。



 サンタはエスパダでの転生者狩りに戻り、一行はジョニー号の待つヤマトとクロネの家へと馬を走らせた。


 道中はフーソによる妨害などもなく、順調に進んだ。


「そろそろ、家が見えてくるころじゃないかしら」


 ヤマトが声をあげると、確かに家からの煙が見え始めた、その瞬間。

 黄金に輝く光が現れ、魔法陣を形成すると、怒号が響き、地面が揺れた。

 まるで竹が生えてくるように凄まじいスピードで、ヤマト、クロネの家の下より塔が競り上がり現れた。

 塔は現代人のイスズにはバベルの塔のように見え、レンガとアスファルトで造られた螺旋状の天にまで届きそうな高さを誇るモノだった。


「はいっ!?」


 ヤマトはポカンと口をあけ、事態を呑み込めずにいた。


「ちょっ! アタシたちの家がッ!!」


「おい、ウソだろ……」


 そんなヤマトよりも衝撃を受けていたのは、後ろに乗るイスズだった。

 塔が出来上がるのは一瞬の出来事だったが、確かに、その頂上にジョニー号が連れ去られるのが見えたのだった。


 イスズ一行は馬を降り、ゆっくりと塔へと近づいていくと、塔のほうからよろよろとした足取りで向かってくる人影があった。


「敵? にしては今にも倒れそうね」


 ヤマトは剣を引き抜き構えながら、相手を観察する。


「アホか! 1人あの家に残ってたヤツがいただろ!」


 ジョニー号を改造しまくった美少年ファクトが確かに残っていたのを思い出したヤマトは剣を収めると、ふらついているファクトを助けようと走り出した。


 しかし、ヤマトより早くイスズも駆け出しており、いの一番にファクトの元へ辿り着いた。


「……イスズさん、守れなくて、すみません。……これを」


 ファクトはところどころ火傷や擦り傷が見られ、イスズの顔を見たとたん意識を失った。

 その手にはSDカードによく似たチップが握られていた。


「チッ! くっそ、ファクトのやつ、ボコボコにブン殴ってやろうと思ったが、こんなんじゃあ、できねぇじゃねぇか……。いずれって事にしといてやるぜ」


 抱きかかえたファクトの背後には破壊され残骸と化したロボット『GZ』がもうもうと煙を立てていた。

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