第67話「遺言禁止」

「大切なものって、アタシのことねッ!!」


 ヤマトはとんでもないことに気づいてしまったといったように深刻な表情を見せる。

 イスズの手が優しく、ヤマトの肩へ置かれた。


「ひゃっ!! ごめんなさいっ! 調子に乗りましたぁ!」


 いつもならば鎧越しだろうと関係なく、肩をありえない力で握られて痛い思いをするので、先手を取って謝る。果たして効果があるのかは謎ではあったが。

 しかし、ヤマトの予想はハズレ、イスズは肩をポンっと軽く叩いただけだった。


「お前が大切なものならクロネもだろ。そして、俺の目の前で大切なものは二度と傷つけさせないッ!!」


「ちょっ、なにそれ、かっこいい!」


 ヤマトは顔を赤らめ、イスズを見ながら、思わず手を伸ばした。


「この偽者めッ!! イスズがそんな優しいこと言うわけないじゃない!!」


 ゴンッ! っと後頭部を拳が捉えると、イスズはゆっくりと振り返った。


「ほぉ、俺が偽者だと。いい度胸だ」


 再びヤマトの肩へ手を置く。そして今度は確実に掴んだ。


「少し、頭を冷やして来いっ!」


 イスズはクロネがリミットとの戦いで出した氷の残骸に向かって投げつけた。


「げふっ! このパワーは本物ね」


 ヤマトは氷にめり込みながら、最後の言葉を残し、気を失った。


「ふんっ。余計な手間をかけさせやがって」


 手をはたきながらイスズは今度はクロネの容態を確認すべく、近づいた。


「おい。大丈夫か?」


 クロネは弱々しい声ながらも、「大丈夫です」と答えた。


「辛くなったらちゃんと言えよ! 自己管理は重要だからな。4時間働いたら30分以上休息をちゃんと取るって具合にな」


「……もう少し、すれば、本当に大丈夫」


「なら、いい」


 イスズは今度は重傷のリミットを見に行こうとすると、不意に影が落ちる。


「ん?」


 上空を見上げると、黒い鎧を纏い、獣毛に覆われた人影が高い跳躍力でもって跳んで来ていた。


「確か、クロネが出した車道しゃどうとかって言ったか?」


「……シャドウ」


 イスズは不機嫌そうに顔を歪めると、「どっちでもいいだろ」と呟いた。


 シャドウはイスズの前へと着地すると、ぎょろりと周囲を一瞥し、リミットの元へと駆け出した。


 リミットはフーソによるワープの拘束が解かれ、地面へと伏していた。

 そのかたわらにはダメージの少ないルーとテンペストが寄り添っていたのだが、シャドウの存在を見とめ、ルーは壁になるよう立ちはだかる。


「これ以上、絶対にリミットくんに手出しはさせないよッ!」


 いつものニヤニヤ、ニコニコした表情は一切なく、鋭い目つきでシャドウを睨みつける。


「……勇者リミットは1つ勘違いをしている」


 ぽそりと、小さな声だが、シャドウを止められる可能性を持つ少女の言葉に皆が注視する。


「シャドウは新たな生命を作り出すた存在ではなく、ワタシの魂をわけた半身みたいなもの。自身で考え行動するが、それはワタシでもそうする」


 シャドウは一切の殺気も放たず、ルーを避けるように体を曲げてリミットの様子を伺う。


「ガアアアアアアァ!!」


 シャドウは咆哮を上げると、一気に飛び退いた。


「ッ! トドメを刺しにきた、訳じゃないようだね。僕の死をいたんでくれたのかな?」


「そんな、死ぬだなんてッ!!」


 リミットの弱気な発言にルーは否定の言葉を述べるが、リミットは小さく首を振った。


「僕の能力で、自分の体のことは一番わかるからね。ちょっと血を流し過ぎたようだ。テンちゃんの魔法でももうムリだよ……。ルー、僕の遺言を聞いてくれるかい?」


 ルーは今にも、「イヤだ」と言いそうだったが、ぐっと堪え、涙を滲ませながらその場から動かなかった。


「ありがとう。まず次の勇者は、誰が見てもヤマトさんだね。世界を頼みますって伝えて。仲間の皆には、僕の死は伏せておいてほしい。クロネさんと争いになったら今よりもっと血が流れるし、フーソと戦ったら全滅は免れないだろうからね。あとはルー、僕のために今までありがとう。僕のことは忘れていい人を見つけて……」


 だんだんと声が弱々しく小さくなっていく。

 ルーは涙をぽろぽろと落としながらも、一言一句聞き逃さないよう刻み込んだ。


 リミットは最後の力を振り絞り、ルーに触れようと手を伸ばす。

 ルーもその手を取ろうと手を伸ばすと、


 ガシッ!


 力強く、シャドウがその手を握りこんだ。

 一同が驚くなか、シャドウは流暢りゅうちょうに話し出した。


「安心してほしい。あなたは死なない。ワタシが死なせない」


 シャドウからサソリの鎧が消えると、シャドウの手を通じ光が溢れ、リミットの傷が塞がる。


「死を取り入れられるなら、逆に生を分けることもできる。それが魔王クロネが半身のワタシの能力」


 獣毛が消えると、リミットの体に活力があふれ出す。


「これはっ」


 リミットは生気を取り戻しつつある自分の体に驚きを示す。

 

「血液はそのまま、戻そう」


 シャドウの言葉を受け、すぐに先ほどクロネに斬られた位置を確認する。

 血溜りは綺麗に消え去り、どこにあったのかさえ区別できない。


「僕の血を取り込んで、知能を得たのか!?」


「あなたが半分以上死に近づいていたからできた芸当だ。賭けだ――、上手く――、成功して――ガ、ガガァ」


 リミットに血を送り込み、シャドウは徐々に喋れなくなっていくが、反対にリミットは俄然がぜん元気になっていった。


 シャドウが最初の土人形の姿に戻った頃には、リミットは骨折や打撲、魔力の消耗はあったが命に別状はない状態になっていた。


「すまない。きみの仲間の命を平和の為にないがしろにした僕を救ってくれるなんて、うっ、くぅ、すまない。ありがとう」


 リミットは片手で顔面を多い、涙を隠すが、溢れる水は指の隙間を塗って漏れ出る。


 シャドウはリミットの手を放すと、クロネの元へと戻った。


「……おかえり」


 今度はクロネの手を握ると、紫色の光がクロネへと注がれ、シャドウはただの土へと戻っていった。



「さて、全員なんとかなったようだし、ジョニー号が心配だ。早く行くぞ。ほら行くぞ!」


 イスズは気絶しているヤマトの頬を叩き、起こしつつ急かす。


「う、う~ん、って痛いわよ!」


「よし、起きたな。ジョニー号が心配だ。さっさと行くぞ」


「え、ちょっと、アタシの兜は無くてもいいとして、曲がった剣の代わりを探さないと」


「む、確かにそうだな」


 イスズは周囲を見回し、リミットの剣を見つけると、一言「もらうぞ」と言ってヤマトに渡す。


 リミットも苦笑いを浮かべながらも、快く引き渡した。


「あとは兜だな」


 踏み潰された兜を拾うと、


「ふんっ!!」


 踏まれた部分を広げ、不恰好ながらも被るのに支障はないようになった。


「確か少しだったら自然に直るんだろ。これで被れば今までと変わらんだろ」


 足元に投げられた、兜と剣をヤマトは微妙な表情で拾い上げた。


 イスズはアリを拾うと、円形闘技場から去ろうと歩き出した。


「待って!! ボクちゃんも一緒に行っていいかな?」


 そう言ってイスズを引き止めたのは勇者パーティ遊び人のルーだった。


「フーソに一泡吹かせるんでしょ。ほら、ボクちゃんってやられっぱなしは性にあわないタイプじゃん!」


「知らん。来たければ勝手にしろ」


 イスズ一行はルーを加え、闘技場をあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る