第4章 転生者編

第64話「転生拒否禁止」

 イスズ一行が円形闘技場での戦いに挑む数日前。

 神の間にて。


「むむむ~」


 真っ白な空間の中、光で人の形を象った神は、手で顎を撫でながら唸っていた。

 神の目の前には手書きの棒グラフが浮かび上がり、その数値は右肩下がりになっている。


「あのイスズとか言う男が来てからというもの、異世界への憧れが大幅に減っておる」


 神の目には現世の者たちの感想まで見えていた。曰く。


「主人公が負けるとかないわ~」

「えっ!? いきなり農業始めたけどイミフ」

「主人公機が毎回壊れる(笑)」

「結局主人公は悪役で最後に負けてエンド?」


 などと批判の嵐が主なものだった。

 神に表情は存在しないが、もし人間だったら確実に渋い顔をしていることだろう。


「ううむ。これでは転生させるエネルギーがなくなってしまう」


 神は唸りながら棒グラフとそこから導き出されるエネルギー量を何度も見比べ、変わらぬ結果に再び唸り声をあげる。


「これもすべてイスズとかいう男のせいじゃなッ!!」


 怒りに任せ拳を振り上げた瞬間、


「うわああぁぁぁぁぁッ!!!!」


 叫び声が頭上より響き渡りながら現れ、徐々に近づき最後には、ドンッ! という音と共に床へ墜落した。


「痛てて……。って生きてる?」


 頭上高くより現れたのは学ラン姿の少年であったが、神には誰かを転生させようとした記憶がなく、目の前にいる人物に皆目見当もつかなかった。


「お、お主は誰じゃ!?」


 神とは思えぬ余裕のなさで問いかける。


「うわっ! 光が話しかけてきた!? え? 何これ、プロジェクションマッピングとかってやつ?」


 状況が全くわかっていない少年はありえないことをなんとか自分の常識の範疇はんちゅうに納めようとする。


 少年の初々しい反応に神は感動と共に威厳を取り戻し、胸を気持ち反らしながら声を発した。


「我は神である。少年よ、この状況がわからないようだな?」


 昨今の転生者は誰も彼も予備知識があり、こんな場所に来ようものなら、いの一番にチート能力を寄こせとか、暴力に訴えたりしてくる始末。

 そういうのを蹴散らし、神の威厳を見せ付けてからチート能力を与えることも楽しみではあったが、前回のイスズで痛い目を見た為、こういう普通の転生者に癒しを感じていた。


「えっと、もしかして、ぼく死んで転生するんですか?」


「おぅっ!」


 やはり予備知識はあったことに愕然とし、神らしからぬ変な声が漏れ出る。


「えっと? どうなんですか?」


 しかし、チートを寄こせとか殴ったりしてこない分、かなり良い転生者だと思い、気を取り直す。


「うむ。そうなるな。して、お主、名はなんという?」


「ぼくの名前ですか? ぼくは佐藤正義さとうせいぎっていいますけど」


 その名を聞いて、神はピンときた。と同時に焦ったように光が揺れる。

 神は後ろ手で先の棒グラフから『転生予定者一覧』というファイルを開いた。

 そして盗み見るように覗くと、


『佐藤正義 転生 未達成』


 そんな文字が表示され、神はツッーと冷や汗を流す。

 

(あ、あの男のせいで取り消すのを忘れとった。これじゃ、転生させるべく、ファイナルなデスティネーションな死が追いかけ続ける展開が佐藤正義に襲い掛かり続けるのぉ)


「ところで、あなた、神様って言いましたよね?」


 不意にかけられた言葉に神はドキリとし、冷や汗が加速度的に増していく。


「ぼく、実は死ぬ前に何度か死にそうになってまして、初めにそういう目にあったとき、トラックの運転手の人が犠牲になって、ぼくを助けてくれたみたいなんですよね。今までぼくって死んでも異世界転生できるかもしれないし、別にいいやって思っていたんです。人生をチート持ちでやり直せるって最高だなって。でも、もう自分一人だけで投げ出していい命じゃなくなったと思ったら案外現実の世界も悪くないなって思えたんですよ」


「そ、そうか、それは何よりじゃ」


「ですけど、そのあともまるで死神にでも取り付かれたかのように何度も死にそうな目にあって、今日は最終的にマンホールの中へ落ちてここへ来たんですけどね。あなた、神様ならなんでぼくがこんな目にあっているか知らないですか?」


「う~む。どうじゃろう」


 神は考えるように手を眉間に寄せる。それこそ目一杯考えていると言わんばかりの姿勢だった。


「そうですか。神様でもわからないですか。なら仕方ないですね」


 神は真実を悟られなかったことにホッと胸を撫で下ろした。


「さて、では本来ならば佐藤正義よ。お主にチート能力を与えたいところなのだが、今の我は力を制限されておるのじゃ」


「力を制限ですか?」


「うむ。神とは真実のみを語る存在。その我がチート能力はもう転生者に与えないと言わされたのじゃ、この男によってのぉ」


 愚痴を語る女子のようにこれ見よがしにイスズの画像を空中に表示させ、吊るし上げようとする。


「この人って……。もしかしてこの人も転生してるんですか?」


「そうなんじゃよ。こやつはお主を転生させようとした際に間違ってきてのぉ」


「えっ? ぼくを転生させようとして?」


「し、しまった!!」


 神は失言を察し、思わず声を上げた。

 佐藤正義の視線は神を糾弾きゅうだんするようなものへと変化する。


「ウソはつかなくても、とぼけることは出来るみたいですね。折角あの世界でも頑張ろうって思えた。短い時間だったけど、友達もできたし、気になる娘もいた。それなのに、そっちの都合で殺すとかありえないだろ。あの運転手もぼくの巻き添えで……。こんなのおかしいだろッ! ふざけるなッ!!」


 佐藤正義が叫ぶと、真っ白な神の間の丁度半分が黒く染まっていく。


「ま、まずい。やつが来るッ!!」


 神のその言葉と同時に黒くなった部屋に紫色の光が集まり、グラマラスな女性の形をとった。


「うふふっ。生きの良いのがきたわね」


 紫色の光は妖艶な口調でそう告げた。


 

 神はさらに焦りを増していた。

 急に現れた女は自分とは真逆の存在。『邪神』であり、すべてが神とは逆なのであった。


 例えば、転生に必要なパワーにしても、神は異世界への憧れだが、邪神は世界への絶望。

 転生者へ課すことは、神は主人公として異世界の者を助ける活躍。邪神は異世界の者をしいたげる悪行。


 性格もウソのつけない神に対し、息をするように相手を騙す邪神といった具合だ。


 今、佐藤正義にはかつてあった憧れが絶望へと変質してきており、この部屋のように丁度、半々の状態なのだ。それによって邪神も手を出せるようになっていた。


 神がうろたえその場にたたずんでいると、邪神は馴れ馴れしく神の肩に手を回しながらささやいた。


「ねぇ、神ちゃん。アタシもね~、あんたが呼んだ転生者に困っているのよ。異世界マヒアで次々に奴隷を生み出して、現地の子を絶望の中死なせてくれてるコメルちゃんとか、強力な魔物を勇者でもないのに屠ってプライドをずたずたにしてくれたゲヴェルちゃんとかやられちゃった訳よぉ。だからあんまり絶望してもう異世界に再度転生なんてしたくないって思う魂が減っちゃったのよね~。すごく困ってるの。だ・か・ら――」


 邪神は悪魔のような甘言を神へと提案する。


「アタシたち2人の力でこの子を最強最悪の転生者にして、イスズってやつを殺さない?」


 神は一瞬だけ逡巡したが、答えはすでに決まっていた。ただ邪神の言うがまま、すぐに行うのがイヤだっただけであった。


「いいじゃろう」


 神はゆっくりと頷いた。


「あんたらッ! 何言ってるんだッ!!」


 佐藤正義は怒りの色を顕わにし、拳を握り、殴りかかるべく駆け出した。

 神たちは一瞥だけすると、すぐに2人の会話に戻った。

 

 次の瞬間、佐藤正義の体は動かなくなり、そのまま転び込む。

 床から起き上がることも出来ず、自由になる視線だけで神たちを睨む。


「ふむふむ、なるほどのぉ。確かに我が主にチート能力を与える力を譲渡すれば、最強の身体能力、魔力、知力を渡せるのぉ。だがしかし……」


「ふふふっ。もちろんアタシが信頼できないのは分かるわ。だから1回だけ渡せるようにしてくれればいいわ。あとはアタシからチートスキルを渡して、心を縛ればいけるわね」


 神は人間の体を自由にすることができ、逆に邪神は心を自由にできる。

 2人いるこの場はまさしく独壇場どくだんじょう。彼らは佐藤正義を思いのままに動かすことができるのであった。


「あとは異世界での体ね。人型を取る生物にすると成長が遅すぎるし、かといって動物みたいのじゃどうもね~。好みじゃないけど、スライムとかが妥当なところかしら?」


「ふふふっ。邪神、主は昔から行き当たりばったりじゃからこういうときに困るのじゃ。体は我に任せよ。良い心当たりがあるのじゃ」


「あら? 神ちゃんもやるじゃない! じゃあ、あんたの能力3つとアタシのスキルを渡した最強最悪の転生者を造りましょうか」


 2人の神は高笑いしつつ、佐藤正義に迫った。


 こうして、佐藤正義は名をフーソに変え、ホムンクルスとして魔王四天王の元、生まれたのだった。転生者を狩る者を狩るために。

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