第63話「悪あがき禁止」

 勇者リミットは血溜りの中、かろうじて意識を繋いでいた。

 そして、自身の状態、周囲の状況をなんとか把握しようと努めた。


(出血が酷い。このまま手当てしなかったら確実に死ぬな。でも――)


 リミットの視線の先には、座るように倒れたクロネの姿があった。


(どうやら向こうも倒れたようだ。なら、先に立った者が勝者となるッ!! 立つだけでいいッ! 動け僕の体ッ!!)


 リミットは腕に力を入れ、「ぐぐぐっ」と歯を食いしばりながら上体を起こしていく。


 ずるっ!!


 血溜りによって手がすべり、無様にもべしゃっと音を立てて再び地面へと倒れ伏す。


(くそッ! 僕は負ける訳にはいかないんだッ!! 例え僕がしていることが100人を助けるために1人を犠牲にするようなものでも。それでもッ! 仲間のため、この世界のためにッ!! あんなクソみたいな世界からきた僕を暖かく迎えてくれた皆のためにッ!! 負ける訳にはいかないッ!!!!)


 リミットは再び腕に力を入れた。



 クロネは座った姿勢ながらも意識は完全に闇の中へ落ちていた。


(……真っ暗? ここは?)


 周囲は闇に閉ざされ、クロネは道なき道をなぜかぼんやりと歩いていた。

 時おり、足元に獣サイズくらいの気配を感じたが、不思議と恐怖はなかった。


 ただただ暗いところをクロネは歩いた。ゴールも出口もないそこを歩いた。


(……どこへ続くのかもわからない。道かどうかすらも怪しい。それでもワタシはッ! 皆の期待に応えたいッ! 真の平和を築きたいッ!!)


 しかし、そんなクロネの想いとは裏腹に、歩き続けていた足がまるで沼にでも突っ込んだかのようにズブズブと沈み始めた。


 必死に引き抜こうともがくが、逆にどんどん沈んでいく。

 足だけではなく、次第に胴体まで及んでいった。


「ッ!!」


 クロネは諦めて沈んでいくという選択を一瞬たりとも取ろうとしなかった。

 最後まで諦めず、とうとう首だけになっても、なんとかそこに残ろうと大口を開け、あるはずのない何かに噛み付こうとした。

 効果が全くない行動だったが、そのとき、


「クロネッ!!」


 誰の声ともつかないが、確かに誰かが呼ぶ声が聞こえた。


 そして次の瞬間、夜道を照らし出し道を指し示す二条の光が差し込んだ。

 クロネは眩しさに手で目を覆う。


「ッ!? ……動く?」


 気が付くとクロネの体は自由になっており、どこへでも再び歩き出せそうだった。

 クロネは照らし出された先へと、無意識に足を進めた。


 背後の光源からはまるで祝福のように、「パアァーーン!!」と汽笛のような音が鳴り響いた。



 クロネが意識を取り戻すと、いつの間にか体は起き、立ち上がっていたのだった。


「……これは」


 自身の状態が完全には理解出来ていないクロネは周囲を探るように一歩踏み出した。

 影の位置がリミットへと重なると、クロネが先に起きたことをリミットは悟った。


「くそっ!」


 勇者らしからぬ悪態をつくと、べしゃり! と血溜りに沈んだ。


「……勝ったの? そうか。勝った。勝ったぁぁぁぁ!!」


 クロネにとって初かもしれない誰かに強制されたものではない、自分自身の奥底から放たれた心からの大声だった。


 クロネは勝利を噛み締めていると、不意に声がかかった。

 

「ごめんね、クロネちゃん」


 その声の主は悲痛な面持ちのルーであった。手にはリミットの剣が握られており、切っ先にはテンペストの首が位置していた。


「ぬぬっ、おい。我に剣を向けるとはどういうことだ?」


 テンペストの疑問はもっともであり、ルーは冥途の土産にと説明を始める。


「この円形闘技場はボクちゃんの固有魔法で覆われているよね? 賭けの内容は、ちゃんと説明したけど覚えているかな? ここの戦いの目撃者となることだよ。もちろん目撃者ってのは広めてもらうって意味まで含めてだよ。それで、こっちの勝利条件は魔王の敗北または死亡なんだけど、敗北はイスズくんたちが魔王サイドとして乱入してきたからまだ敗北してないけど、死亡ならどうかな? 仮にそっちが勝っていても魔王のテンペストが死ねば、ここの観客は勇者が魔王を殺して勝ったって伝えるようになる。一部は事実だしね」


 ルーは泣いたような笑ったようなへんてこな表情を浮かべながらパチンッとウインクしてみせる。


「や、やめろ、ルー。……僕はそんな勝利、そんな正義は望んでいない」


 リミットは息も絶え絶えながらもルーを止めようと声を上げる。


「うん。わかってるよリミットくん。だからキミとはここでお別れだ。ボクちゃんはこのあと、魔王を殺し、『元』魔王をたばかった罪でたぶん魔物たちから狙われるだろうし、汚い手を使ったボクちゃんは勇者パーティにいない方がいいしね」


「そんなことしなくても、僕はキミがいればいいんだッ!!」


「ハハッ。ありがとう。でもそういうのは本当に好きな子に対してだけ言うもんだぜ。さて、長話が過ぎたね。それじゃ、バイバイ。リミットくん。キミのことは好きだったよ。だからボクちゃんが大好きな世界を頼んだよ」


 ルーはテンペストの首に剣を突き立てるべく力を入れた。


「誰でもいいッ!! ルーを止めてくれーーッ!!」


 リミットの悲痛の叫びを合図にヤマトとイスズは飛び出したが、イスから立ち上がる分、とてもではないが間に合いそうになかった。

 誰もが諦めかけたそのとき、


「転生者への敵対行動を確認」


 この場の誰のものでもない、まるで機械のように抑揚のない声が闘技場に響いた。


 次の瞬間、にゅんと足だけがルーの目の前に現れ、そのまま蹴りを放った。


「ガァッ!!」


 ルーはくの字に折れ曲がり、剣を手放しながらぶっ飛んだ。

 蹴りを放った足はそのまま生えるように太もも、胴体、と順に顕わになり、最後には学ラン姿の少年が闘技場へと現れた。


「お、お主はいったい?」


 テンペストは自身を助けた少年を見上げながら質問を口にした。


「ぼく? おれ? わたし? は魔王四天王、南を司るホムンクルスのフーソ」


 少年は無表情に淡々と答えた。


 少年フーソ。彼は神が呼び出した最後にして最強の転生者となる存在だった。

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