第62話「勇者禁止 その6」

 勇者リミットは、クロネが創造した生物の危険性をヒシヒシと感じていた。

 もし、この土人形が戦場へと現れた場合、敵味方関係なく、全ての死体から力を得ていき、誰にも止められない究極生命体アルティメット・シイングへと成るのではないかと危惧していた。


「そいつだけは確実に息の根を止めなくてはッ!」


 リミットの思考はどうすれば殺せるかに移行し始めた。

 先の弾丸で急所へ何発か入っていたはずだが、それでも変わらず動いている。


 ゴーレムと呼ばれる土人形は「emeth」の「e」を切り取ると死ぬという特性がある。しかし、今回はそう言ったものは見当たらない。

 リミットはチート能力、最強の頭脳を駆使し、弱点を暴きにかかる。


(たぶん、ヒントはあの詠唱にある! 確か、氷の皮膚で生命を固定して、炎の血で動かしているんだったよな。なら、それらをまず取っ払ってみるか!)


 リミットは一瞬の内にそこまで考え、実行へと移す。


「どれくらい強くなったかわからないが、とりあえず防御力が上がっただけだと思って行動!」


 リミットは駆け出すと、鎧を纏った土人形をスピードで翻弄ほんろうし始めた。そして隙が生まれると剣を振りかぶる。


「まずはその鎧からッ!」


 剣は黄色い光を帯び、その光がハンマーのような形状に変わると胴体部の鎧を叩き壊した。


「次ッ!! 燃えろッ!!」


 すぐさま砕けた胴体部に炎をぶち当てると、薄皮が捲くれるように膜が消えていく。


 リミットの予測は確信へと変わっていく。

 あとはここから活力の源である熱を奪えば、勝てる!

 最大効率で熱を奪うべく、熱伝導率が手持ちのもので一番高いモノ、剣を突き立てようとしたその瞬間。


 バチッッ!!


 ヒザに衝撃が走り、体勢を崩す。


「何ッ!?」


 衝撃が襲ってきた方向を見ると、クロネがヒザをつき、まるでロングライフルでも構えるかのように手を伸ばしていた。


「……激しい威力はいらない。そのかわり大きな誤差もない。そんな確実な精密性がワタシの目指すべきもの」


 よくよく見ると、伸ばした手からは紫の光が筒状に伸び、顔の近くに置かれた手からは氷の弾丸が生まれる。


「……空気抵抗、重力による誤差は無し。ただただ真っ直ぐに飛ぶだけの弾丸」


 クロネから次弾が打ち出される。


「僕の銃を真似てっ!? コピーにはコピーってことですか!」


 リミットは呟きながら、探知の固有魔法を展開し、銃弾のコースを予測し側転しつつ回避する。

 その際、銃口からは弾丸が発射され、クロネを襲う。


「……無駄」


 いつの間にかクロネの周囲には無数の氷の盾が浮かび上がっており、銃弾1発につき、1枚を犠牲にクロネを守る。


「……スピードが足りないなら。お願い」


 クロネは羽織っていたローブを脱ぎ去ると、ワンピースの可憐な少女という姿を衆目の下にさらした。

 少女が小鳥を可愛がるようにローブを丸める。そして、そのローブを弾丸と同じ要領で撃ち出した。

 しかし、撃った相手はリミットにではなく、土人形の彼へであった。


 ガシッと力強く受け取ると、想いを受け取ったと言わんばかりに、親指から1本ずつ曲げていき、大事そうに握りしめる。

 ローブは彼の中へ消えていき、代わりに青い体毛が壊された鎧の隙間から覗く。


「ウルフ系の魔物ッ!? マズイッ!!」


 足の筋肉が膨れ上がると、バネのように飛び跳ねリミットの視界から消える。

 次にリミットがその存在を捉えたときにはすでに鼻先にまで剣が迫っていた。


「お、おおぉぉぉ!!!!」


 リミットは無様に転がりながらもその一撃をなんとか避ける。


(た、探知を発動させていなければ今の一撃で終わっていた……。これは、もう……)


 不規則な動きで翻弄してくる土人形を前にリミットは大きく天を仰いだ。

 大きく一呼吸すると、決意を秘めた瞳のまま、剣と銃をしまう。


「この勝負は完全に僕の負けですね。その土人形――。それだけの強さがある存在を土人形じゃ味気ないですね。クロネさんに寄り添い、死神の影のように迫る姿から、『シャドウ』と名づけましょうか。そのシャドウを殺すことが僕の勝利条件でしたが、叶いそうもない。そこは大人しく認めますよ。でも――」


 ――試合の結果はまだだッ!!


 リミットの右手は緑色の魔法陣が輝く。

 

 不規則な動きから、リミットの明らかな隙を見出したシャドウは襲い掛かった。

 

「僕が隙を見せれば攻撃に出る。実に理にかなった行動、ゆえに予測しやすい!」


 攻撃が当たる寸前、リミットを水の膜が覆う。


「テンちゃんの絶対防御。そしてッ!」


 リミットは右手でシャドウに触れる。

 緑色の魔法陣が光り、そして2人はその場から消えた。



 円形闘技場を静寂が包み込む。

 リミットから発せられ、観客席へと波及していた白い光は見る影もなくなり、勇者を応援しに来ていた観客に不安が走る。


 クロネは確信があった。勇者リミットがすぐにこの場に戻ってくるという確信が。

 根拠はあの緑の魔法陣だった。あの魔法陣をクロネは知っていた。クロネだけではなく、イスズもヤマトもアリも知っている魔法陣。


 それは転移の魔法陣だった。


 そして、それは確かに当たり、数分後には緑色の魔法陣が現れ、勇者が戻ってきた。

 客席からは歓声が沸き起こる。

 普段ならばそんな観客に応えるように手の一つでも振るのだろうが、今のリミットは肩で息をし、手を上げる体力すら惜しむ有様だった。


「ハァ、ハァ、彼は戻ってこれないところに置いてきた」


「……そう。死んではいないのね」


 少しだけ安心したような表情を浮かべた。


「殺せるならここでやってますよ。さて、お互い満身創痍まんしんそうい。とうとう決着の時間ですね」


「……お互い? そっちだけの間違い」


 クロネは努めて冷静に言うと、リミットは首を横に振りながら否定した。


「隠しても無駄ですよ。あなたの魔力量は調べがついています。これだけ魔法を使ったんです。残りの魔力では精々、その氷の籠手を維持するのと、魔法1回分しか残っていないはずですよ。それくらい僕のチート能力なら簡単に計算できます」


 クロネはそれでも自ら認めることはせず、「……さぁ?」ととぼけてみせた。


 リミットは拳銃と剣を抜くと、自身の状況を整理するように呟いた。


「お互い魔力はほぼナシ。ついでに固有魔法も範囲外に出たことで消え去った。体力は僕の方が不利。避けられやすい遠距離攻撃はお互い行えない。中距離は拳銃がある分、僕に有利。近距離は互角か僕がやや不利。ならば、答えは1つ! この拳銃でクロネさんの体力を削り、剣でトドメを刺す。避けるべきはすぐに接近される事」


 ブツブツと言う間に、クロネも同様の考えのようで少しでも早く近づくべく走り出した。


「させるかッ!!」


 拳銃から撃ち出される弾丸。クロネは籠手で顔だけを守り、一心不乱に突撃する。


 リミットの予想を上回る速度で接近戦へと持ち込まれたが、弾丸は確実にクロネにダメージを与えていた。


 クロネは拳を突き出す。


「スピードが落ちてますよッ!」


 リミットの指摘通りクロネの攻撃にキレはなく、リミットの剣によって弾かれた。


「そして、奥の手は最後まで隠しておくものですッ! モードチェンジ!! トンファーッ!!」


 リミットの声に呼応し拳銃の銃身がクルリと回転し、トンファーという打撃武器へと変化した。

 もちろんリミットがわざわざ只の打撃武器に変化するだけに細工を留める訳がなく、銃口から炎がほとばしり、推力を与える。


 しくもクロネが攻撃力、スピードを増すために魔法で行っていたことを科学で代用したのだった。


 グンッとスピードをつけたトンファーがクロネの脇腹を捉える。


 メキメキッ。


 骨のきしむ音、そしてクロネの口から血と唾液が散る。


 そこで立ち止まってしまってもおかしくない程の一撃。しかし、クロネはひるまなかった。

 再び拳を力強く握りしめる。


「これくらいじゃ、HPが0にならないのは想定済みですよ」


 リミットはこの状況を予見しており、弾くために使った剣をすぐに引き戻していた。

 そして、トンファーと反対の脇へと斬り付けた。


 脇腹へと剣が入った。ドンッと鈍い音を立てて。


「なっ!? 斬れない?」


 クロネは打撃による痛みに眉根を寄せたが、今は痛みによる苦しみより、ワンピースにされて尚、自身のことを守ってくれた魔物に感謝しか感じなかった。

 防御力向上の1つとして、斬撃無効の魔法が掛かっていたのであった。


 クロネは握った拳をそのまま振り下ろし、リミットの顔面から鈍い強烈な音が響く。


「ぐぅぅ!」


 頭部からは血が流れ出し、瞳まで濡らす。

 リミットは体勢が崩れ、さらに視界まで遮られ無防備そのものだった。


「……最後に使う魔法は決めていた。ヤマトがテンペストに勝ったときからずっと」


 クロネは拳を開き、手刀にすると天へ掲げる。

 最後の魔法。『グラビティ』

 紫の光が手刀を包む。

 

 ザンッ!!


 重力を極限まで上げた手刀は落下速度を上げ、リミットの胴体を袈裟斬りに切り裂いた。

 その位置は、ヤマトがテンペストに傷をつけた場所であり、クロネの感謝と決意を現す一撃だった。


 リミットは鮮血を撒き散らしながらうつ伏せに倒れる。

 クロネの勝利かと誰もが思ったとき、クロネも座るようにヒザを崩しながらその場へ倒れたのだった。

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