第60話「勇者禁止 その4」

 リミットが予想する、クロネの策は固有魔法の範囲外まで逃げ、そこから魔法による遠距離攻撃で一方的にじわじわと体力と魔力を削ってくるだろうというものだった。


 もちろん、わかっていることをむざむざやらせる訳もなく、クロネの不意を付く形で地中より人工魔物を出現させた。

 そんなリミットの作り出した魔物はサソリの形をしていた。


 しかし、ただのサソリではなく、大きさは3メートルは有にあり、外殻がいかくは鋼のように硬くきらめいていた。

 ハサミや尾にも充分な殺傷さっしょう能力が見て取れ、成人男性の胴体くらいなら軽く切断できるだろう。


 そのサソリが今、クロネの逃亡を阻止すべく襲い掛かる。

 すでに跳躍し、無防備なクロネにハサミが迫る。

 クロネは覚悟を決めたように神妙に目をつむり、ハサミごと自分に火球を当て爆破した。


 まるでゴミのように放りだされ、地面を転がるが、大したダメージではなかったようで、ローブのすすを払い落としながら立ち上がった。

 ローブは所々焦げてしまっており、顔を覆っていたフードも例外なく焦げて、その役割を果たせなくなっていた。

 クロネの端麗たんれいな顔と魔物の証明でもある角が衆人環視しゅうじんかんしにさらされる。


 観客席からは、ざわめきが聞こえ始める。

 クロネの可愛い容姿についてなのか、それとも魔物としての恐ろしい容姿についてなのかは判断がつきかねたが多分両方だろう。


 そんなざわめきはリミットの放つ純白の光がオレンジ色に変わったことで静まった。

 まるで少し元気を分けたような、そんな感覚に観客は襲われたが、実際に抜かれたのは少量の魔力だった。


「ふぅ、龍玉魔法陣で回復は完了。人工魔物はどうなったかな」


 クロネとサソリの方を見ると、終始サソリが攻めているようだったが、クロネは攻撃をときにはかわし、ときには防御し、全てをさばいていた。

 そして、攻撃を受ける際に1本ずつ足を凍らせていた。

 計8回の攻撃を受け終わり、サソリの足はハサミを残し、全て固められ身動き出来なくなっていた。


「……ごめん。少しそこで大人しくしてて」


 そう言い残し、再びリミットから距離を取るため逃げようとした。


「その程度じゃ、僕の、いや僕らの人工魔物は止まりませんよッ!!」


 メキメキッ!! ゴキィン!!


 サソリはその巨躯から生まれる大きな膂力でもって、足を氷から無理矢理引きちぎり、ハサミと尾だけでズリズリとクロネへと向かってくる。


「ギシャァァァァ!!!!」


 苦悶の咆哮とも取れるような雄叫びを上げ、それでも尚、敵を滅ぼさんと進む。


 その姿にクロネは胸の前で強く拳を握り、困ったような哀れんだような何とも言えない苦しみに満ちた表情を浮かべた。

 すっと瞳を閉じ、


「……人工で作られた魔物は意思を持たず命令を死ぬまで全うする。ゆえに禁忌とされている。……すまない」


 そう呟いて、目を開けた。

 瞳には涙が浮かび、ポツンと一滴地面へと落ちた。


 ザシュッ!!


 同時にサソリの下から鋭利に尖った地面が隆起し胴体を貫いた。

 ピクピクと未だ動くハサミ、苦しそうに蠢く口元を見たクロネはさらに2本、3本と地面を槍のように隆起させ、完全にトドメを刺した。


「……せめて、苦しまないように」


 クロネの頬を涙が伝う、噛み締められた唇からは鮮血がこぼれる。

 瞳孔どうこうは開かれ、爬虫類のように黒目が細く鋭くなる。

 その鋭い刃物のような瞳が憎悪を混じらせ、今リミットへと視線をぶつける。


 一歩、リミットへと近づく。

 ただ、ただ、普通に近づくだけの一歩だったのだが、周囲にはドス黒いオーラが立ち込め、死が服を着て歩いている。そんな感想を見ている者たちに抱かせた。


「……よくも」


 やっと、という感じでクロネがゆっくりと口を開いた。


「よくも、僕に同胞を殺させたなーッ!! 人工の魔物とはいえッ!! よくもッ!! 許せないッ!!」


 絶叫! そう呼んでもおかしくない声を上げた。

 クロネの背後には周囲を圧倒させる魔力量でもって、真っ黒な魔法陣が浮かび上がった。


「逃亡はしなくなったみたいだが、やれやれ、これはこれで大変そうですね」


 リミットはクロネの次の出方を観るため、恐怖に負けることなく、一挙手一投足をも見逃さないよう、視線を据えた。


「お前はボクを怒らせたッ!! 万死に値するぞッ!!」



 解説席では、クロネの圧に押されたルーは冷や汗を流し押し黙っていた。

 その静寂を破るように、ヤマトが声を上げる。


「あの、クロネの魔法はっ! 確かに強力。リミットすら倒せるかもしれない。けど、アタシとの練習の時じゃ、1割も成功していない魔法よッ! あんな冷静じゃない状態で使ったらッ!」


「ヤマトちゃんの言うとおり、このままじゃヤベーぞ。イスズ」


 アリもヤマトに同調する。1割どころか確実に失敗すると。

 イスズは慌てふためく面々を眺め、イライラしながらテーブルをバンッと叩いた。


「外野なんだからもう少し大人しく見てやがれッ!! それから、テメーも落ち着けッ!!」


 先ほどまで座っていたイスをクロネへとブン投げた。

 イスは綺麗にクロネの頭部にヒットし、鈍い音と共に砕けた。


「……い、痛い」


 突然の予想外からの攻撃に驚きながら頭部を押さえる。


「仲間が死んで怒る気持ちは分かるが、周りを心配させる戦いなんかしてんじゃねぇ!! それから口調が魔王っぽくなってんぞ。コラァ!! 転生者に好物をわざわざ渡すなアホがッ!!」


 イスズの発言に毒気を抜かれたクロネは、冷静に落ち着いて、周囲を見回した。

 そして、自身の魔法を見て、「……ヒドイ出来」と呟いた。


「返事はッ!!」


 イスズの追求に、クロネは姿勢を正し、もてる限りの力で発声した。


「はいッ!! わかりましたッ!!」


「それでいい」


 イスズは満足そうに頷いてから、再度座ろうとして、イスがないことに気が付き、


「クソッ。転生者のせいで座れなくなった」


 毒づきながら、ヤマトを押しのけイスに座った。

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