第53話「遅刻禁止」

 翌日、宿屋から出てきた人物はサンタしかおらず、他の3人は先日の騒動の疲れで強制的に休息を必要としていた。


「へっ、自分がアニキたちと同じところで寝るなんて十年早いッス。皆さんはゆっくり休んでいてくださいッス。それを邪魔する敵は自分がなんとかするッスよ」


 サンタはよろよろとしながら、言葉を残すと、街の中へとクールに去っていった・



 そして、勇者との対決日、当日をイスズたちは迎えた。


「アニキ~~ッ! イスズのアニキ、起きてくださいッス!! それにヤマトのアネゴとクロネのアネゴもッ!!」


 宿屋の廊下にて、イスズ一行を起こそうと叫ぶサンタの体には無数の最近出来たとおぼしき傷が見えたが、気にしたり痛がったりという素振りを見せなかった為、気にかける者はいなかった。


 イスズは、「うるせぇ!!」とサンタを怒鳴りつけると、すでに身支度は完璧にできており、無精ひげ1つなかった。


「しっかり定刻に起きるなんて基本なんだよ! トラック乗りじゃなくても社会人なら遅刻なんかするかっ!」


「流石アニキッス!!」


 サンタが羨望の眼差しを向けていると、その背後から、髪すらとかしていないボサボサ頭のヤマトが、あろうことか下着姿で眠そうな目をこすりながら廊下へと姿を現す。

 

「…………ッ!」


 イスズと目があったヤマトは数秒固まると、目が完全に覚めたのか、瞳を黄金に輝かせ光速の勢いで部屋へと戻った。


 イスズはため息をつきながら、自室のベッドとヤマトの部屋の扉を見比べ、「今のはノーカンにしといてやろう」と呟いた。



 数分後、息を荒げながらも準備を整えたヤマトが宿屋の外へと出てきた。

 すでに他の面々の準備は終わっており、イスズはポスターに書かれた会場への道のりを確認しているところだった。


 ヤマトはそ~っと輪の中に加わり、さもずっと居ましたという体で話に混ざる。


「そうよね。会場はあの円形闘技場がおあつらえ向きよね。アタシでもそうしたわ! ねっ、イスズもそう思うでしょ?」


「遅いッ!」


「ひぃ! ごめんなさいッ!!」


 イスズの怒鳴り声に兜の下から悲鳴が漏れる。


「だが、今回は集合時間をしっかり確認しなかった俺にも落ち度がある。だから、これくらいにしてさっさと行くぞ」


 そう言って気まずそうに背を向け歩き出そうとするイスズを見て、ヤマトはニタリと笑みを溢した。


「ちょっと、そうよ! アタシだってちゃんと集合時間決められたら、間に合わせるように動いていたんだから。むしろそこを怠ったイスズが悪いんだし、そっちこそ謝るべきじゃない?」


 胸をはって堂々と語るヤマト。その兜の下ではドヤ顔をしていることが、態度から容易に想像でした。


「ほう!」


 イスズはガシッとヤマトの頭部を掴むと、見下すような視線を投げかける。


「確かに俺も悪かった。すまんな。だがな、会場時間などの予定はポスターにきちんと記載されてるんだよ! 逆算すればどういう日程になるかわかるよな。クロネはそれを見てちゃんと行動していたぞ」


 その迫力に兜ごと頭を潰されるのではないかという恐怖がヤマトを支配する。


「俺は別に指示待ち人間は必ずしも悪いとは思っていないが、容易にわかることに備えるくらいは進んですべきだよなぁ! 何かおかしいこと言ってるか? あぁ!!」


「そ、そんなことないです。ちょっと言い返せるかと思って調子乗りましたッ!! だから、ちょっ! メキメキさせるの止めてッ!! なんで兜を握りつぶせそうなのよッ!! ホントごめんなさい~~~!!」


 全力で謝罪を口にすると、ふっと力が緩む。

 使用者の形へと自動でサイズを変える鎧の魔法により、軽く押しつぶされた程度ならすぐに修復される。イスズの指の跡も例外ではなく、すぐに元に戻ったが、ヤマトの心には深く傷を残した。


 心底から助かったと大きく息を吐くヤマトを尻目に、クロネは、なぜ学習しないのかと肩をすくめた。



 イスズ一行がそんなやりとりをしつつ円形闘技場に向かっている頃、勇者リミットも準備をしていた。

 軍用ブーツを履き、紐を丁寧に縛る。

 臙脂えんじ色のネクタイを淀みなく結ぶ。

 シャツの上からホルスターを付け、しっかりとバンドを締める。

 純白の軍服に袖を通すと、掛け違えないよう慎重にボタンを留めていく。

 剣を持ち上げると一度、鞘から出し、その光沢を確かめてから腰へと下げる。

 漆黒の拳銃を懐のホルスターへと仕舞うと最後に仕上げとでも言わんように、炎のように熱烈な赤みを帯びた髪を手ぐしで整える。


 その所作どれもに、準備を怠らない慎重深さと警戒心が見てとれた。それと同時に全ての準備を完遂した者だけが持つ、『人事をつくして天命を待つ』潔さがあった。


 そして、定刻になると勇者リミットは光が差す闘技場のリングへと足を踏み入れた。


「さて、ちょっと勇者をしてきますか」


 その声音と瞳には絶対の正義たる自負があった。

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