第54話「八百長禁止」

 勇者リミットはリングへ出ると周囲を見渡した。

 それだけで観客席から歓声が起き、その様子に満足していた。


(日数が少なくて、宣伝効果が薄いから心配していたけど、満席のようだね)


 歓声が静まってくると、どこからか声が響き渡る。


「レディース&ジェントルメン!! 本日は勇者リミットが魔王を打ち倒す記念すべき日!! あなたは歴史の目撃者となるッ!! 司会進行はボクちゃん、遊び人のルーが勤めさせていただきます!!」


 その声は遊び人ルーのもので、リミットが渡した拡声器を使いノリノリで進行を行っている。


「なお、本日の入場料、ドリンク類は全てリミットくんの奢りだぁ!! そのかわり、皆は今日という日を心の中の1ページに焼き付けておいてねぇ!!」


 奢りという単語が出た瞬間再び会場は沸いた。


「さて、それじゃあ、いきなりだけど本日のメインイベント! 勇者対魔王の対決だよッ! って、あれれ~、おかしいな。魔王の姿が見えないぞ? これはまさか、勇者の挑戦に怖気づいたかぁ!?」


 ルーの煽るような言葉と同時に、空中に太陽の光を乱反射させ、きらめく物体が現れた。

 その物体はそのまま高速で落下し、轟音と砂埃を激しく立てながら戦いの舞台へと降り立った。


「フハハハッ!! 我に挑むとは愚かな勇者なりっ!」


 水球に守られたテンペストは、その水球を弾けさせ、太陽からもたらされた光を我が物としながら登場した。


 テンペストは以前の半裸とは違い、肩に龍の爪の装飾がついた豪華絢爛ごうかけんらんなマントを羽織っており、魔王としての威圧感を高めている。

 胴体部にまでしっかりと包み込まれる形状の為、ヤマトに受けた傷がどの程度癒えているのかうかがううことはできないが、登場の派手さから見ても、傷跡はあるかもしれないが、完治はしていると思われる。


「おおっーと、魔王テンペスト、ド派手な登場だぁ!!」


 魔王の登場に観客もざわつきを見せる。

 その中には自分たちにまで被害が及ぶ可能性を持つ者もいた。


 勇者たちはそのことも織り込み済みで、ルーが説明を開始する。


「皆さん、落ち着いてください! 観客席には事前にボクちゃんの固有魔法の一部をかけてあります! 勇者や魔王との戦いに参加しないことがルールになっているので、それを破らない限り、攻撃は無効になっているから大丈夫だよん。それに万一に備えて、勇者パーティの剣士、ウンファルちゃんがお客様の皆さんをお守りします」


 ルーの声と共に客席に現れたのは、褐色の肌を惜しげもなく見せ付けるビキニアーマーを着た蛮族の女性。その背には2メートルはゆうにあろう大剣が下げられていた。


「…………」


 何も告げることはなかったが、敵対者を確実に排除するというプレッシャーに周囲の人々は味方でいるうちは安心安全だと心の中で感じ、これから起きる勇者と魔王の戦いを観る事に集中できた。


「それじゃ、そろそろいいかな? 勝敗はどちらかが負けを認めるか、死亡するまでッ! 双方構えて~、レディ・ファイトッ!!」


 ルーの掛け声と共に、勇者と魔王のが始まった。



 戦闘が開始されると勇者リミットはまず拳銃を懐から取り出し、すぐさま数発テンペストへと向かって撃ちこむ。


「ふんっ! その程度の攻撃、我が絶対防御の前では無駄無駄ァ!」


 弾丸は水の膜によって容易に防がれたかに見えた。

 だが、弾丸は防がれると同時に破裂し、粉を撒き散らし、テンペストの視界を奪う。


「むっ、煙幕のつもりかッ!」


 絶対防御を誇るテンペストは慌てず、粉が晴れるのを待つ。

 悠長ゆうちょうにそれを待つはずもなく、リミットはすぐに戦い方を切り替え、剣を抜くと近接戦を挑む。


 煙幕ごと切り裂くようなするどい一撃がテンペストを襲うが、ぐにゃっという感触と共に剣は水の膜によって防がれる。


「――シッ!!」


 リミットは表情を崩すことなく、息を吐きながら二撃目を振るう。

 まるで寄ってくるハエのように鬱陶しくは感じるが、自身には影響を与えないとでも言うようにテンペストは肩をすくめる。


 勇者リミットは余裕ぶった魔王を見ても慌てることなく、三撃目、四撃目と剣を振るう。


 そして五撃目のとき、変化が現れた。


 スパンッ!!


 まるで心太ところてんを斬るかのようにすんなりと刃が水の膜を切り裂いた。


「な、なにぃぃぃ!?」


 テンペストは驚愕の声をあげると同時にリミットへと目配せする。

 リミットもそれに応えるように頷きつつ、剣を高らかに掲げ、「おおぉぉぉッ!!!」と雄叫びを上げながらトドメとばかりに振り下ろした。


 テンペストはマントごと、袈裟切けさぎりに胴体部を切り裂かれる。

 そしてあらわになった肌にはリミットがつけた一筋の傷しかなかった。


「これで栄光はなくなったな」


 魔王テンペストへと吐かれた言葉のようだったが、その実は違い、勇者リミットはヤマトがつけた傷をなぞるように斬撃を当て、魔王に初めて傷を与えたのは自分自身だと周知させようとしているのだった。

 つまり栄光を失ったのはヤマトの事なのであった。


「クッ、なぜ我が絶対防御が破られたのだ」


 テンペストは極力悔しそうに敗者を演技する。


「それは、始めに撃った弾丸に秘密がある。魔王、キミの防御は水を媒介にし、威力を受け流し、散らすことで絶対的な防御を可能としていた。だから、煙幕として使った粉にゼラチンを使わせてもらった。ゼラチンは水分と混ざると固まる性質があるからね」


「そ、それで我が防御を破ったというのか……、クッ、完敗だ。殺せ」


 魔王テンペストが敗北を宣言したと同時に会場は湧き上がると思われていたが、予想とは裏腹の妙なざわめきが起きていた。


 その原因はすぐに見つかった。

 客席最前列に立つ男たちが異様な雰囲気を醸していたからだった。


「ようやくお出ましですか。イスズさん」


 イスズは不機嫌そうな表情で、リミットに質問を投げかけた。


「おい。お前、相撲は好きか?」


「その質問になんの意味が? まぁ、最近は好きですけど」


「俺もだぜ。八百長がなくなってからは特になぁ!」


「なるほど。そういう意味の質問か」


「テメーも、この八百長の戦いも、俺たちが全部ブッ飛ばしてやるよッ!!」

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