第52話「ベッドイン禁止」

 冒険者ギルドの前では、他ギルド、特に商人ギルドは声を大きくし、書面にて約束を取り交わす。

 テキパキと商人ギルドの代表は他ギルドの取り決めもまとめ上げ、その手腕にイスズも思わず感嘆かんたんの息を漏らした。


「ほぉ。すげーな。この分なら、こいつらだけでなんとかしそうだな」


 クルリと方向を変え、誰に告げるともなくその場を立ち去る。

 後ろにはアリを抱えたサンタがぴったりと付き添った。



 宿屋へと到着したイスズは割り当てられた自室の扉を開けると、


 バタンッ!!


 大きな音を立てて倒れた。


「ア、アニキッ!?」


 サンタは驚きながらもすぐにイスズの元へ駆け寄り、具合を伺い見る。


「ZZZ~~」


 サンタが外傷や発熱などないか調べようとしていると、まるで地獄の底から響いてきているようなイビキがイスズから発せられた。


「な、なんだ、寝てるだけッスか~」


 サンタはほっと胸を撫で下ろすのと同時に先の激しい戦いを思い出し、あれだけの戦闘のダメージを受けて、寝るだけで済むイスズに改めて羨望の眼差しを向けた。


 サンタは周囲に誰かいないかとキョロキョロとうかがったが、人影は見えず、意を決したようにアリを廊下へと立てかけた。


「うっし! 誰もいないみたいッスし、自分がベッドまでアニキを運ぶッス!」


 部屋は豪勢とは言えないが、それでもフカフカのベッドに、隣には引き出し付きのナイトテーブル。夜間の灯りの為に蝋燭ろうそく台も置かれている。

 扉からベッドまでは数メートルしかなく、体格の良いイスズを抱えることになってもそれくらいは大丈夫だろうとサンタは考えていた。


 イスズを抱えるように持とうと手をかけた瞬間、イスズの右手がススッと動いた。

 サンタがその動きを知覚したときにはすでに眼前に拳が迫っており、避けられるはずもなく吹き飛ばされ、廊下を転がった。

 突き当たりで壁にぶつかりようやく止まるが、すでに再起不能であった。


「ちょっと、いったい何の音?」


 ドタンバタンと激しい音を立てていた為、当然同じ宿に止まっているヤマトとクロネの耳にもその音は届いていた。


 ヤマトは廊下に倒れるサンタを発見すると、介抱かいほうしながら事の顛末てんまつを尋ねた。


「う、うぅ、アニキを休ませ……。無念ッス」


 サンタはガクッとうな垂れ完全に気を失い、状況を充分に説明はできなかった。

 しかし、今までの経験と現状からなんとなく想像できたヤマトは頬を引きつらせながら、イスズの部屋へと視線を向ける。


 一方クロネは、サンタの介抱を早々にヤマトに任せると、廊下に立てかけられポツンと置き去りのアリへと声をかけた。


「……何があった?」


 アリは今までの経緯を雄弁ゆうべんに語り、クロネへ見なかったことにして部屋へ戻った方がいいと忠告までした。

 しかし、クロネは首を縦には振らなかった。


「さて、状況はなんとなく理解したわ。要するにイスズの反撃をかわし、ベッドにまで乗せてあげればいいんでしょ! 『元』とはいえ、勇者と魔王がいてそれくらいできなくてどうするのよ! ねぇ!」


「……当然」


 ヤマトとクロネは謎の使命感に燃え、その瞳に炎をたぎらせた。



「……近づくのは危険」


 クロネの意見にヤマトも素直に賛同する。


「……近づけなくても、やりようはある」


 そう言って、クロネは手をかざす。

 紫色の光がイスズを包み込み、重力に逆らうようにゆっくりと浮き上がっていった。


 イスズからの反応はなく、ほっと胸を撫で下ろす。

 ゆっくりと移動を始め、横へと動いた瞬間。

 寝苦しそうに眉根が寄り、蝋燭台へとイスズの手が伸びた。


「ひゃいッ!」


 いつの間にか投げ放たれた蝋燭台にギリギリで反応できたクロネだったが、咄嗟に可愛らしい悲鳴が漏れた。


 蝋燭台は先ほどまでクロネの頭があったところに寸分違わず刺さっており、その光景を見たクロネは冷や汗を流すと共に、無重力化の為、重力による影響を受けずに狙い通りの場所に刺さっている。と何故か冷静に分析していた。


「危ないッ!」


 ヤマトの声でハッとしたクロネは、蝋燭台を全力で避けた際に魔法が解けてしまっていた事を思い出した。


 イスズへと目を向けると、ヤマトが滑り込むように木の床とイスズの間に腕を伸ばす。


 そして、鎧を纏ったヤマトの腕へと落ちた。


「――ッ」


 イスズから小さく息が漏れる。

 起きてしまったかと焦る2人だったが、すぐに寝息が再び聞こえ始めた。


「……ヤマト。絶対そのまま床に落ちた方が痛くなかったはず」


「う、うぅ、わかってるわよッ。でも咄嗟に体が動いちゃったんだから仕方ないじゃないッ」


 さらに最悪な事にヤマトのこの状態では殴られるのを覚悟しなければ、腕を動かせないという事だった。


 クロネは客観的に状況を判断し、絶望的な結果をヤマトへ突きつける。


「……腕を引き抜いた場合、殴られる。そのままイスズが起きるまで放置した場合、死ぬ」


 ヤマトは冷や汗が頬を伝う中、ごくりと唾を飲んだ。


「鎧だけ外して逃げるって手も……」


「……犯人は即バレしている。追いかけられて最大限の恐怖の中死ぬ」


「な、ならアンタの魔法でまた浮かせば」


「……ヤマトも範囲内。一緒に浮いちゃう」


「そう。殴られるのを覚悟で腕を引くしかないって訳ね」


 クロネは首を横に振る。


「……どうせなら、ちゃんとベッドまで送り届ける」


「何か策があるのね?」


 ヤマトの言葉にクロネは深く頷いた。



 クロネの作戦はこうだった。


 まず、ヤマトがゆっくりとイスズを持ち上げる。

 運が良ければ拳は飛んでこないだろう。

 そして、ゆっくりとベッドの方へ移動。

 運が良ければパンチは炸裂しないだろう。

 最後にベッドへと降ろす。

 運が良ければグーで殴られないだろう。


「完全に運任せじゃないッ」


 しかし、クロネの作戦はそこで終わらない。


「……作戦とは失敗したときまで考えて作戦」


 おもむろにクロネは手鏡てかがみ大の氷の盾を作り出す。

 1つだけではなく、いくつも作り上げていく。都合10枚は出来上がっていた。


 そのどれもが空中を漂い、微かに紫色の光を帯びている。

 無重力にする魔法、『ゼログラビティ』が掛けられている為の色だと推測できた。


「クロネ、あんた今までは大雑把に壁を作るような盾しか出したことなかったのに、そんな器用なことできたのね」


 クロネはその言葉に心外という風に顔をしかめた。

 だが、確かにヤマトの言葉は的を射ており、壁もそうだが、氷を作り出すときは、纏うか撃ちだすかしかしておらず、空中で留めておくというのは初の試みであった。


 さらにこの氷の盾には秘密があり、ヤマトを驚かせた。


「なるほど、これなら確かに、アタシが殴られる確率は減るわね」


 お互いの視線が合い、頷く。

 それを合図にヤマトはゆっくりと立ち上がった。


 重くて汗を掻いている訳でも暑い為でもなく、緊張によってヤマトの額は濡れていた。


「フゥ……」


 とりあえず、第一関門と言うべき場所はクリアした。

 次にベッドまでの移動。


 ヤマトはゆっくりと歩を進める。


 1歩、2歩、あともう1歩でベッドまでたどり着こうというとき、イスズが動いた。


(まずいっ!!)


 ヤマトはこの姿勢では避けることも叶わず、高速で迫るイスズの拳をクロネを信じながら見ることしかできなかった。


 ふわふわと浮く、盾はイスズとヤマトの間に無数に浮いており、自然とそれが防御を行うようになっていた。

 パリパリと3枚ほど割ったところで、なんとか拳は止まった。


「「……はぁ~」」


 ヤマトとクロネは一斉に息を吐いた。

 すでに達成感があるが、まだベッドへと降ろしていない。


 ヤマトは慎重に1歩進み、ベッドへとたどり着く。

 そろり、そろりとゆっくりと降ろし、無事にイスズをベッドへと横たえることに成功した。

 まさに誰もが安堵した瞬間、放り出すように足が振るわれ、ヤマトの脇腹目掛け襲い掛かる。


「――ッ!!」


 ヤマトは、人生の終わりを悟ったかのようなある種の達観した表情を浮かべた。


「……ブーストッ」


 クロネの声が小さく響く。

 同時に残った氷の盾に火がつき、推進力を得て、明確にヤマトを守るように一列に並ぶ。

 これが、氷の盾の秘密。炎の魔法も付与されており、クロネの合図で一度だけ瞬時に意図した場所へ移動できるのだった。


 パリパリパリッ!!


 あっという間に7枚全ての盾が割られ、残るはヤマトの鎧のみとなっていたが、ピタッと触れるだけに留まった。

 氷の盾は確かにイスズの攻撃の威力を削いでいた。


「た、助かったの?」


 ヤマトとクロネはお互い生を実感しながら、物音を立てないように退室した。



 その後、宿屋の付近で、「生きてるって素晴らしい!!」と叫ぶ鎧姿とローブの人物が目撃され、転生者の疑いがあるとして、サンタの仲間たちと一悶着あったが、イスズをベッドに運ぶことに比べれば大した出来事ではなかった。

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