第49話「策略禁止」

 サンタとルーはなんともなく、普通にエスパダへの関所にて通行料を払い通っていく。

 ヤマトはおろおろとしながらも入場していた。しかし、イスズとクロネ、ついでに掴まれているアリは、関所にて構える門番を前に立ち往生していた。


 門番は明らかにイスズを睨んでいた。

 そして、イスズも睨まれる覚えがあった。


 クロネはローブをますます目深にかぶりながら、イスズに確認するように呟いた。


「……あの門番ってこの前ムリヤリ通った時の」


「たぶんな」


 イスズが初めてこの大都市に訪れた際、入場料を払うよう言ってきた門番であり、同時にイスズに殴られ意識を失った門番である。

 直接殴ったイスズはもちろん、前回暴れたクロネもバツが悪そうにしていた。


「今回はちゃんと金もあるし、素直に通してくれるとは思うが……」


「……通れなかったら、またやるしか」


 2人は意を決して向かい、前回のことなど、さも知らないかのように澄ましていると、「おい!」と門番の方からやはり声をかけてきた。


「お前、この前のッ!」


 しかし、すぐに門番は怒りの表情を消し本来の業務へと戻る。


「通行料、確かに。ふんっ、前回のことを許す訳はないが、今回は入れた方が俺の溜飲りゅういんが下がるからな。通してやるぜ。せいぜい情けない姿をさらすんだな」


「どういうことだ?」


 イスズは怪訝けげんな表情を見せて、門番に問い詰める。


「お前、あの勇者リミットと戦うんだろ。お前程度すぐにやられちまうだろ!」


 門番の不可解な発言に、イスズは考え込んだ。


(あのポスターは数枚なら貼ってあると言っていた、この門番がそれを見た可能性はあるが……。いや、そもそもあのポスターに俺の顔はなかったはずだ。なぜこいつは知っている)


 イスズは門番が勇者パーティの可能性を考え、すぐに殴れるようにアリを握りなおす。

 ルーに確認するように視線を送るが、サンタに一方的に楽しそうに話しており、仲間がいるような素振りは見せない。


 そのとき、なんとか会話から逃げ出したいと思っていたサンタはイスズの視線に気づき、飛んで来た。


「アニキ、どうしたんスか?」


 イスズは丁度良いと思い、この都市でのポスターの広がり具合を尋ねた。


「ああ、あのポスターッスね! 転生者の勇者と魔王の勝負なんて、絶対イスズのアニキが絡んでると思ったんで」


 そう言いつつ、サンタは懐から丸めた紙を取り出した。


「あそこまで精巧にはできなかったッスけど」


 それは、イスズ対リミットの構図になったポスターだった。


「数日前に見つけたんスけど、仲間内なかまうちで寝ずに200枚は作ったッスよ。そうそうそれで貼って回ってるときに急に都市の半分くらいの人たちが寝ちまったんス。きっと転生者の仕業だと思って駆けつけたらアニキたちが居たって訳ッス!」


 イスズは頭を抱えた。


「――がして来い」


「へっ?」


「いいからさっさと剥がして来いッ!!」


「な、なにか気に障ったッスか。すんません。今から剥がしてきます」


「いや、待てッ!」


 すぐに走り出そうとしたサンタを見て、気が変わったのか、イスズはすぐに呼び止めた。

 門番にすら知れ渡っている以上、いまさら剥がしたところでむしろ逆効果だろう。

 そう思いなおしてイスズはサンタを止めた。


「やっちまったもんは仕方ない。明後日まで時間もあるし、どっか宿屋を紹介しろ」


「はいッス! いや、流石イスズのアニキ、懐が深いッスね! そうそう宿屋って言えば、自分、勇者のヤツが泊まっているところも見つけたッスよ」


「なんだと」


 イスズは顎に手を当てて思案した結果、サンタに勇者のところまで連れて行くよう命令した。


 無視された門番は唾を吐き捨て、絶対に勝負を観に行ってやると誓い、休みを取る為にも、その日の勤務態度はいつにも増して精力的だったという。



 サンタに連れられてやってきたのは、一軒屋にしては立派でもはや屋敷と呼んで差し支えない家だった。


「勇者の顔は有名ッスからね。たまたまここに居るのを見つけたんスよ。ついでにポスターもここで見たんス」


 小声で話すサンタに向かい、ニヤニヤとした笑いをルーは向けながら声をかけた。


「あれれ~、おかしいよ。リミットくんはここ最近は外に出てないはずだし、ポスターだって外から目につく場所には置いてなかったと思うんだよね~。なんでサンタくんはそれらがわかったのかな? もしかして勝手に入ったの? 泥棒?」


 からかっているようだが、犯罪をとがめられている事もあり妙な威圧感をサンタは感じ、狼狽ろうばいした。


「う、いや、それは……」


「ま、別にいいけどね~」


 ルーは視線をサンタから外すと、微笑みを浮かべながら今度は屋敷へと目を向けた。

 その様子は、ようやく飼い主の元へと戻ってこれた犬のようであり、ここがルーの居るべき場所であることを思い出させる。


「さてと、それじゃ入るんでしょ? リミットくんの部屋は1階の右側だよ」


 ルーは嬉しそうな笑みを浮かべながら、ノックもせずに屋敷の扉を開けた。



 勝手知ったる家なのでルーはずんずんと進んでいく。

 その後を追うのはイスズとアリ、それにサンタだけだった。


 ヤマトとクロネはイスズに言われ勇者が逃げないよう外を見張っている。


 ルーは木製の扉の前で止まると、今度はノックしてから扉をうやうやしい動作で開け放った。


 イスズは導かれるように部屋へと入る。

 そこには机とベッドあとはおびただしい量の本が詰め込まれた本棚があるだけの簡素な部屋だった。

 勇者リミットはそんな部屋のベッドに腰掛けるように座って、まるで来るのを予期していたかのように穏やかな表情を浮かべている。


「驚かないんだな」


 イスズはどこかで予想はしていたが、とりあえずといった感じで投げやりに言葉をかけた。


「まぁね。ルーのおかげで情報は逐一入っていたしね。そっちこそ僕が起きてることに驚かないの?」


「クロネが数日で起きれたんだ。お前の仲間にアリと同じように魔力を分けられる奴がいれば、起きていても不思議じゃない」


「ふ~ん、思ったより冷静で理論的なんですね。確かに僕はファシアンから魔力をもらってこうして座るくらいには回復しましたが、弱っているには変わりない、やり合いますか?」


「ふんっ、いますぐお前の顔をぶん殴ってやりたいところだが、こんな状況で出来るわけないだろ」


 鼻をならしながら、不愉快そうに声をあげた。


「あ~、やっぱり、そうですよね~。そこのサンタさんが作ったポスターが原因ですよね。それだけは読めなかったなぁ」


 リミットはすごく残念そうに頭を垂らした。

 髪をボリボリと掻きながら、窺うようにゆっくりと顔を上げる。


 リミットはため息を1つ吐き出すと、ポツポツと語り出した。


「イスズさんがルーに話したのはいい線いってましたよ。1つ抜けている以外は完璧です」


「1つ抜けていたら全然ダメだろうが! 完璧には程遠い。そんな認識だと今に痛い目をみるぞッ!!」


「ええ、だから今、痛い目を見ている所ですよ」


 まるで役者のようにリミットは大げさに肩をすくめる。


「抜けた1つは、なぜ僕がパーティをあなたたちにけし掛けたのかとポスターに繋がるんですけどね」


 リミットは机に置かれたポスターを指差す。


「そのポスター。実はすでに偉い人に渡しちゃったんですよね~」


「クソ野郎がッ」


 イスズは一瞬でその言葉の意味を理解し、罵倒した。

 偉い人。この都市では王様なのかなんなのかは知らないが、そういう連中の目に止まっている行事なら、もし万が一、忍者のハッタリを見抜いた上でリミットをここで倒していた場合、想定しうる最悪の状態になっていただろう。そして――。


「テメー、俺らを油断させる為に仲間を送り込んできたな」


「察しが良すぎますよ。まぁ、その通りなんですけどね。人間追い詰められると思考能力が下がりますからね。時間ギリギリいっぱいで僕の元へ間に合ったとなったら考えずに倒しにかかるでしょ。でも、途中で誰かが倒してくれるのが一番だったんだけどね」


 この場では攻撃されない為なのか、リミットからは余裕が見え隠れする。

 イスズにはその余裕が別のものから来ているように見え、確証はないが、質問を飛ばす。


「お前、実は全快してるな?」


「ありゃ、そこまでバレますか。いや~、困ったなぁ」


 全然困っていなそうに首元をさする。


「なるほど、要は俺らはお前の手の平の上でいいように動かされていたって訳か」


「いえいえ、始めにも言いましたが、ポスターだけは読めなかったんですよね。おかげで一番暴力的な手段をとらないといけなくなっちゃいましたよ。僕は神様から最強の頭脳をもらっているんですから、その策略を最強の頭脳を持っていないにも関わらず、ギリギリでかわしたんですから誇っていいと思いますよ」


 ニコニコと微笑む少年に対し、イスズは苛立ちを隠さず、聞こえるよう露骨に舌打ちすると、背を向けて捨て台詞を吐きすて扉を閉めた。


「勝負は明後日だったな。首を洗って覚悟しておけ!!」

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