第48話「元奴隷禁止」

「う、うう……」


 忍者衣装に身を包んだシグは眠りから覚めると、低いうめき声を上げながら周囲を見渡した。慎重を期し身体は地面へとつけたまま、いつでも寝たフリができるようにしていた。

 目標とするイスズは倒れたまま動かない。きっちりとトドメを刺せているかは分からないが、自身が安穏と寝ていられたのだから、ファシアンは目的を達したのだろうと推測した。

 

 しかし、石橋を叩いて渡るタイプのシグはすぐに起き上がることはせず、さらに注意深く周囲を伺う。

 そこで、魔王クロネの姿がどこにもないことに気づく。


 不意に頭上へと影が落ちる。

 影の長さからファシアンではないと判断できた。


 ドクンッと心臓が高鳴るが、身体にはいっさい動きは出さず寝たフリをする。


 影はシグが寝ているのを確認するとイスズたちの方へと向かって行った。

 無防備な背中がシグの方へと向けられる。


(今だっ!!)


 バサリと起き上がると、シグは180度回転し、大都市エスパダへ向かって全力疾走を始めた。


「これぞ、Welcome to the World拙者の世界! 逃げている拙者を誰も捕まえることはできんッ!! 忍者にとって最も重要なことは生きて情報を持ち帰る事! その為の逃走。逃げることにおいて忍者に勝てるものなどおらんッ!!」


 イスズたちから結構な距離を取ってから叫んだシグの言葉に追いつく者はいなかった。

 シグはイスズたちを警戒するあまり、前方へ注意を向けることを怠っていた。

 そして、それは致命的なミスへと繋がるのだった。

 シグは逃げる方向にいる人物に気が付かず、そちらへとズンズンと逃げていく。


「アニキと戦ってるってことはテメー、転生者だなッ!!」


 一切の躊躇なく、そう怒鳴った人物は棍棒こんぼうをシグ目掛けて振るった。

 意識の外からの一撃に、忍者として修練を積んでいたシグでも、簡単に地に伏した。


 棍棒を振るった人物からの攻撃は止まず、倒れているシグに向かって、


「このッ! このッ! この野郎ッ!! 転生者めッ!!」


 怒声を浴びせながら、蹴りまくる。


「んンーーッ!!」


 顔を隠す布で声は抑えられているが、明らかに痛そうな声が漏れ聞こえる。

 何度目かの蹴りが頭部へとヒットし、シグは白目を剥いて気を失った。


 そこまでしてようやく棍棒の男は蹴りを止め、満足そうに額に光る汗を拭いた。

 イスズの方を向くと、パッと表情を明るくし、手を大きく振りながら小走りに近づく。


「アニキ~! イスズのアニキ~!!」


 イスズの名前を呼ぶことから知り合いだとは思うのだが、当のイスズはクロネに揺さぶられ、今まさに起きようとしているところであり、クロネもアリもこの男に見覚えすらなかった。


「いつの間にか意識が――」


 イスズは頭を抱えながら起きる。そして真っ先に言った言葉は、「運転中でなくて良かった」だった。


 そんなイスズの目の前まで棍棒の男は迫る。


「アニキ! 今ので倒した転生者は3人目です!!」


 まるで先生に褒めてもらおうと、自慢する小学生のように目を輝かせながら報告する。


「あぁん! 誰だ、テメー!」


 イスズは眉根を寄せ、疑いの眼差しを向ける。


「そんなヒデーっスよ。ほら、自分ッス。サンタっス。奴隷だったところを助けてもらった! 『元』奴隷のサンタっスよ!!」


 サンタと名乗る男、服装は布を巻いただけのような古代ローマ人みたいな姿で、ところどころ見える素肌はキュッと引き締まりまるで彫刻のような美しさを有していた。

 まだ青年と呼んで差し支えない年齢だと思えるが、その精悍な顔つきには男らしさが溢れていた。


サンタの姿をまじまじと見たイスズは、思い出したように、「ああっ!」と声を上げた。


「夢も希望もないって面してたのが、良い顔になったじゃねぇか!」


 ニヤリと笑みを浮かべる、イスズの言葉を受け、サンタは照れたようにはにかんだ。


「自分の他にも、皆、転生者をやっつけようと頑張ってるっス! アニキはこれからエスパダに向かうんスよね? 案内しますっス!!」


 サンタは敬礼のポーズをとって見せるのだった。

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