第40話「小休止禁止 その1」

 森を無事に抜けると、眼前には荒野が広がっていた。

 日が傾き始めたこともあり、より一層に地の橙色が際立った。


「ここから南西に1000キロくらいで、リミットくんのいるエスパダって都市に着くよ~。でも馬もいないし、ぶっちゃけ1週間で辿りつくのは無理だと思うんだよね~。馬があっても微妙な距離だけどね」


 イスズは、これまでのルーの余裕な態度に合点がいったと言う様に頷いた。


「逆に何もない方が不気味だったからな。こういうわかりやすい方がよっぽどいい」


 ふっと口元を緩ませると、頭上を見上げた。


「こういうのが俺らの本当の姿だよな。なぁ! ジョニー号ッ!!」


 安全を期し、ゆっくりと下降するジョニー号を眺めること1分。

 何とも言えない空気が立ちこもったが、イスズは満足そうにジョニー号を見ている。

 

 ヤマトは何度も、「長い!!」と言いそうになったが、ジョニー号の安全にケチをつけるような発言をしたものなら、どうなってしまうか恐ろしくて想像すらしたくなかった為に、口をつぐんだ。


 ようやく地面へと着地したジョニー号にイスズは乗り込み、窓を開けて手で後ろに乗るよう指示を出す。


「今日はもう遅い。少し走ったら休むぞ!」


 軽く200キロは走り、ルーを大いに驚かせ、この日は夜営を行い就寝についた。



 翌朝、イスズが目を覚ますと、1人の幼女が胡坐あぐらをかいて寝ていた。


「誰だ。こいつ?」


 こんな場所でこんな不自然に出会うのは十中八九、勇者パーティだと思うのだが、だからといって寝ている幼女に攻撃する程イスズは非道ではなく、毛布をそっとかけた。

 そのまま放置し、顔を洗っていると、クロネが起きてきた。

 心なしか、足元が心もとなく、ジョニー号に掴まりながら歩んでいた。


「……おはようございます! 今、火をつけます!」


 精一杯の大声を出しているようだが、普段のイスズの声の大きさよりも小さい。


「おい。大丈夫か?」


 イスズはクロネの顔色を伺おうとしたが、フードを目深にかぶり表情が伺えない。普段ならば人前でもない限りここまで深くはかぶっていないことがイスズの不安を確信へと変える。


「絶対に体調悪いだろ、お前!」


 イスズはフードを無理矢理がすと、その下から青白い顔があらわわになる。

 

「……火を」


 そう言い残してクロネは気を失う。


「おっと!」


 地面へと倒れる前にイスズはその太い腕で抱きかかえる。

 クロネの身体は異様なまでに冷たく、すぐにただ事ではないと察し、ジョニー号の中の布団へと寝かせ、未だに惰眠だみんむさぼっているヤマトを蹴り起こした。


「痛いっ!! ちょっ。何? 敵襲!?」


 ヤマトは飛び起きると、苦しそうな表情で横になっているクロネを見つけ、駆け寄った。


「どうしたのよ!? まさか新手の勇者パーティの攻撃?」


 ヤマトの問いに答えるすべを持たないイスズは、「わからん」と吐き捨てるように言うことしかできなかった。


 次に外にいる少女が敵でクロネに何かした可能性を考えたイスズはルーを探す。

 すでに彼女は起きていたようで、ジョニー号の中には居なかった。

 周囲を探索すると、こそこそと何かをしているルーを見つけ、イスズは声をかけた。


「おい。何してたんだ?」


 イスズは不審に思いながら尋ねると、あっけらかんとした様子でルーは今の行動を話し出した。


「あっ、これ~? なんかリミットくんが作ってくれた遠くの相手とも連絡がとれる装置で、こっちの進行状況を伝えてたんだ! あの森の中は使えなかったからようやく連絡がとれて一安心って感じだよ~」


 ルーはまるで自慢するかのように、その装置を見せ付ける。

 それはだいぶ大きめのトランシーバーのような装置で、一瞬でイスズを納得させた。


「まぁ、それはあとで壊すとして、変な小さい少女が寝ているんだが、お前の仲間か? それからクロネの体調がかんばしくない。勇者パーティでそういう事ができるヤツはいるか?」


「小さい少女? それなら、格闘家のスイちゃんかな~? あとクロネちゃん、体調悪いの? そんなこと出来るのは限定的条件化でのクロスくんくらいかな~」


「限定的条件化?」


「うん。ダンジョンの中で、毒持ち系人工モンスターで攻撃したときってこと」


「なら、クロネの今の症状とは関係ないな」


「うん。ボクちゃんもそう思う」


 ルーはそこで何かを思いついたように、手をポンッと打つと、まるで名案を答えた子供のような笑顔で答えた。


「もしかしたら、昨日すごい魔力使ったし、リミットくんと同じで寝込んだ可能性もあるんじゃない? インテリジェンスウェポンなら症状がわかるんじゃない?」


「そうだな。アリに聞いてみるか」


 イスズはジョニー号へと戻って行き、ルーも本当に幼女がスイかどうか確かめる為、一緒に戻った。



 イスズは助手席に持たれかけさせてある魔杖アリエイトを乱暴に掴むと車外へと引っ張り出した。

 いつもなら、小言の1つでも呟くアリだが、この日は弱々しい声で、あいさつを返すだけだった。


「お前までどうした? もっとシャッキリしろ!」


「うう、イスズ、このトラックはヤバイぞ」


 意味深な事を言うアリだが、イスズは別のところに引っかかり、手に力が込められる。


「俺のジョニー号に何いちゃもんつけてんだテメー」


 今までどんな使用にも耐え抜いてきたアリの身体がへこんでいくほど、イスズは握りを強くする。腕や額には青筋がくっきりと浮かび上がり、力の入れ具合が伺える。


「痛い、痛い! ちょっと待って! マジで! ジョニー号の所為じゃないから。落ち着いてオレの話を聞いて! 5分だけでもいいからっ!!」


 ジョニー号の所為じゃないという発言で、仕方なく力を緩める。

 アリは痛みを分散させるように身体をくねらせてから、現状を語り出した。


「あれは昨日の夜のことだ。オレは身体に違和感を感じて目を覚ましたんだ。その違和感の正体はすぐにわかった。なぜならオレの身体から魔力が何者かによって吸われていたんだからな。このままではマズイって思ったオレは犯人を探そうと周囲をうかがった。その時に見たんだ、犯人を!」


「で、誰が犯人だったんだ?」


「犯人はジョニー号だった! オレの魔力が吸われるのに呼応するかのように、燃料計のメーターがぐんぐん回復していったんだ。ほらファクトが言っていたじゃねぇか。太陽光と魔力を燃料に走るように改造したって。たぶん燃料がなくなると、車内にいる者から魔力を奪って燃料にする仕組みだったんだ!」


「ジョニー号がそういう仕組みにされたってことは理解した。だが、それとお前がダルそうにしていることと何か関係あるのか?」


「あるある! 大有りだ!! オレら魔力で身体を動かすモノや魔物にとって魔力がなくなるっていうのは死活問題だし、人間だって完全に空になると倒れるんだぜ!」


「なるほど、ならクロネが倒れたのも魔力不足か」


 イスズが顎に手をあてながら呟いた言葉を聞いて、アリは怒鳴り散らした。


「ハアァァ!! クロネ倒れたのかよ!! アホか、なんでそれを先に言わないんだ!! ほら行くぞイスズ。オレを連れてけ!! ほら急げって!!」


 アリの気迫に押されたイスズはすぐに荷台へと向かい、クロネと再会した。


 クロネは先ほどまでと変わらずに顔を苦悶に歪め横たわっている。

 違いといえば、毛布の枚数が増え、額に濡れた布が置かれているくらいだった。


「アタシにはこんな看病とも言えない事しかできないけど……」


 ヤマトは不安そうな瞳で、戻ってきたイスズを見る。


「アリっ! どうだ!?」


「かなりヤバイな。たぶん、昨日ジョニー号を飛ばし続けたのと、魔力を吸われたのが原因だろう。どちらか片方だけなら余裕だったはずなんだがな」


 深刻そうに淡々と話す、アリだったが、そのとき、声に反応したように、クロネが声を発した。


「……う、うぅ、ボク、……ワタシは大丈夫です。す、少し休めば」


 うっすらと作る笑みはまるで周囲を心配させないように無理に明るく振舞う母親のそれと同じように見えた。


「うるさいっ!! 休むときはシッカリ休め!! お前みたいに無理して働こうとするとろくなことがないんだよ!! 居眠り運転とか心臓発作とかそういうので事故を起こすのがお前みたいなタイプだ! もう一度言うぞ! 休めるときは休め!! それも仕事のうちだッ!!!」


 指で起きようとするクロネの額を突くと、力なく布団へと戻る。


「で、アリ、治るのか? クロネは?」


 アリは先ほどまでとは違い、皆を安心させるような声音で告げる。


「ま、オレが魔力を共有すれば、2、3日で元に戻るさ。ギリギリセーフってとこだな」


「この展開はお前がおいしい思いをしそうだが、緊急事態だから見逃してやる」


「まぁまぁ、そう言うなって、ほらオレを布団の中にいれてクロネに握らせてくれ」


 イスズは言われるがままにクロネにアリを握らせる。


「まさか、美少女と同衾どうきんできる日がくるなんて……。オレはもう死んでも悔いはないっ!!」


 イスズはこの気持ち悪いセリフがクロネの耳に届いていないことを祈った。



 イスズがアリを連れて奔走している頃、ルーは荒野で胡坐を組んで寝ている幼女の元へとおもむいた。


「あ~、やっぱりスイちゃんだね。援軍に来てくれたんだ助かったよ~」


 幼女の側で独り言を呟きながら周囲を見回す。


「あはっ! それに足止めまでしてくれたみたいだね~」


 周囲の荒野は地割れでも起きたように陥没しており、トラックでは容易には進めないようにされていた。

 この幼女の体躯ではとても出来そうにないのだが、彼女の実力を知るルーは彼女がやったと核心していた。


「う、う~ん。あれ、ルー? ここは?」


 寝ぼけ眼をこすりながら、起きてしまったスイの頭を撫でながらルーは優しく囁いた。


「うん。うん。スイちゃんはよく働くね。偉い偉い。今こっちはごたごたしてるから、もう少し休んでて大丈夫だよ」


「うん。一晩中頑張ったから、スイ、疲れちゃった。もう少し寝るね」


 すやすやと可愛い寝息を立てて、スイは眠りへと落ちた。

 眠りに落ちるまでその様子を見ていたルーはスイが完全に寝静まると、独り言なのか、トランシーバーで伝える為なのか呟いた。


「予想外のハプニングとスイの頑張りのおかげで、予定通りに事を進められそうだね~。ねぇ、リミットくん」


 彼女の口元がゆるみ、意味深な笑みがこぼれた。

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