第37話「我侭禁止」

 クロネは王の間へと戻ると侍女に、ローブと動きやすい服を持つようにと命を下した。

 数分もすると、侍女はローブと黒を基調としたワンピースを持ってきたのだが、クロネは酷く悲しそうな表情を浮かべ、別の物を持ってくるように再び告げた。


「……テンペストが来る前のものを」


「ですが、魔王様、性能面でこれに勝るものはございませんが」


「……仲間の死で得る力など」


 侍女は首を振り、諌めるように声をかける。


「魔王様のお力に成れたのならば、この者たちも本望でしょう。クロネ様。我らの犠牲を無駄にしないためにも着てください」


 その言葉で、クロネは奥歯を噛み締めながらも、ローブとワンピースを受け取った。

 ローブとワンピースにはまるでクロネを守ろうとするかのように防御力が上がる魔法が施されていた。



 ヤマトはクロネから武器庫の物を持って行って良いと言われ、武器庫へと向かった。

 武器庫には鍵がかかっており、開けることが叶わなかったのだが、すぐに小走りにネズミの獣人が現れ錠を解いた。


「ネブラ様からの指示で、この中を案内させてもらいます」


 手には目録を持ち、どんな質問にも答えられるよう準備してある。

 毛並みもしっかりとはさみで整えられていることが伺え、ネズミの獣人の中ではかなり神経質な部類に入るだろう。


 ヤマトは武器庫へ足を踏み入れると、すぐに漆黒の鎧を見つけ、その妖艶とした雰囲気に思わず手を伸ばす。


「えっと、その鎧は、『呪いの鎧』ですね。強力な力を得られる代わりに1週間で死に至るようですね。着てみますか?」


「いや、そんなの誰も着ないわよッ!!」


 ヤマトは手を引っ込めると別の鎧を探した。

 視線を少し移すとすぐに別の鎧が見つかり、近くにまで寄ってみる。


「真紅の鎧なんて珍しいわね」


 毒々しいまでの朱に目を奪われ、着心地を確かめようと手に取る。


「えーっと、それは『デュラハンの鎧』ですね。ですがオカシイですね。確かそれは漆塗うるしぬりのような光沢のある黒だったと思ったんですが……、あっ、目録に追記がありました。どうやら、血の入ったタライに落としたそうですね。性能に変わりはないですし、着てみますか?」


「だから、着ないわよ! そんなのっ!!」


 ヤマトは投げ捨てるように、元の位置へと戻す。


「性能自体はかなり優秀ですし、『元』勇者なら、どうせ返り血ですぐ赤くなるのでは?」


「アタシ、そこまで無差別じゃないわよ! それに、中が血でべったりって着れるわけないでしょ!!」


「ふむ。なかなかワガママですね。では、こちらは?」


 ネズミの獣人が持ち出したのは、胸と胴を覆うだけの鎧と籠手こて脛当すねあてだった。


「これって……」


 ヤマトは苦笑いを浮かべながら聞く。


「そうです。これは、『アマゾネスの鎧』ですね。魔法の付与などはないですが、この武器庫の中で一番の硬度と軽さを誇る代物です」


「凄く素敵なデザインだと思うけど、これは無理ッ! 死ぬッ!! いや、殺される!!」


「確かに露出部は多いですが、ヤマトさんなら今の装備よりも戦えると思いますが?」


 ヤマトは首を横にブンブンッと振るい、鎧を突っ返す。


「攻撃してくるのが敵だけだと思っちゃダメよ! 本当に怖いのは味方からの攻撃なんだからねッ!!」


「なんか深いですね。まぁ、よく分かりませんが、これはヤメておきますか」


 ネズミの獣人は、最後に奥から無理矢理引き出してきた鎧を見せる。


「あとは、大した防御力もないこれくらいしかないですよ」


 再び持ってきたのも、一見普通の鎧だが、いささかサイズが大きく見える。


 ヤマトはジト目でその鎧を見ていると、ネズミが目録を見ながら説明を始める。


「これは特にいわくなどはないみたいですね。最近の開発です。なんでも持ち主のサイズに自動調整する鎧だそうですね。あとは通気性がいいだけで、失敗作の扱いですが……」


「是非これでッ!!」


 ヤマトはひったくるようにその鎧を掴んだ。



 イスズは、クロネとヤマトが魔王城へと入っていった後、ルーに、「用事を思い出した」と告げ魔王城へと入っていった。


 用事を果たす為、とある人物を探して最後に見た、王の間までくると、廊下に投げ捨てられた1本の棒があった。


「おい。アリ、お前こんなところで何してる?」


「おおっ! イスズか丁度良かった! またクロネが着替えてるみたいなんだ。頼むからオレを部屋に投げ入れ――」


 アリはイスズに力任せに曲げられ、痛みに呻く。


「イタタタタッ! 冗談。冗談だからっ!! 本当に聞きたいこともあるから離してっ!」


 なんとか解放されたアリは元の形に戻ると、安堵の息を吐きながら本題を切り出す。


「オレがここに放置されている間に、今までに見たこともない魔力の反応があったんだが、もしかして魔法使いか? 敵か? 味方か? 女か?」


 その質問に先ほどまでの出来事をざっと話すと、とたんにアリのテンションが上がった。


「よっしゃーー!! 女の子、キタッーーー!! しかも魔法も使えるならオレを使ってくれるかも! さぁ、イスズ、オレを早くそのルーって娘に紹介してくれ!」


 イスズはアリの言葉を無視し、廊下を反対方向へ歩き始めた。


「えっ!? ちょっ。なんでっ!! イスズ、外は反対だぞっ!」


「お前の用より重要なことがあるッ!!」


「えぇっーーッ!?」


 イスズが向かった先は、一つ目のモンスターにして四天王のネブラのところだった。


「ギギッ? イスズさんどうしました?」


「ちょいと聞きたいことがあってな」


 イスズはネブラにこの魔王城の周辺の権利はどうなっているのかを問いただす。


「ギギィ。それはもちろん魔王様のものですが」


「個人所有か?」


「ギィィ。魔王様は個にして国そのものとも言えるので、国所有の扱いになります」


 その言葉を聞き、イスズの顔が青ざめる。


「なん……だと……。まさかキップを切る気か……」


 イスズはゆっくりと拳を固める。


「ギギッィ!? なぜか殺気を感じるのですがっ。それにキップとはなんのことですかっ?」


「キップという概念がないのか。なら法律はどうなっている?」


「ギギッ? 法律ですか? それはクロネ様がお決めになることです」


「つまり、クロネが良しと言えば、この周辺なら交通違反にはならないということだな」


「ギギッ? 交通違反が良くわからないですが、クロネ様ならそういった細かいことは気にしないでしょう。テンペストのときならわからなかったですが」


 その答えに満足したように頷くと、イスズはその場を後にした。

 ネブラはなぜか自分の命が助かったような妙な感覚を覚えると共に、とたんに噴出してきた汗をぬぐった。



 イスズはその後、食料や生活品をクロネの名前を使って受け取り、ようやく魔王城の外へと出た。


「おおぉ! あれが噂のルーって娘か! ふむふむ。顔立ちはヤマトちゃんやクロネに負けず劣らずの美少女だな。スタイルは一見普通の体型に見えるが、あの道化師衣装の下は、すらっとしたアスリート体型だな。飛んだり跳ねたりする為についた筋肉だろう。そして何より魔法を使うということはオレの声が聞こえるかもしれない!!」


 イスズは仕方なくアリを持ってルーへと近づく。


「へいっ! お嬢さん。オレの名前はアリエイト。気さくにアリって呼んでくれ。それでどうだい? たまにでいいからオレを使ってみないかい? 絶対に損はさせないひと時を送らせてやるぜ」


 まくし立てるように告げるアリだったが、ルーから芳しい反応は得られなかった。


「ん? どうしたのイスズくん。そんなにボクちゃんに近づいて。もしかしてファンになっちゃったかい?」


 明らかにアリの声は聞こえていないようだった。


「聞こえないのかよぉぉぉぉーーーッ!!!」


 本日2度目のアリの悲痛な叫びが、一部の者たちだけに木霊した。

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