第36話「遊び人禁止 その2」

「さてさて、いらっしゃ~い!」


 ルーは側転したりしながら、3人へと笑顔を振りまく。

 

「誰だコイツ?」


 うろちょろと動き回るルーを見ながら、イスズはおもむろに拳を突き出した。

 イスズの拳は、ルーの腹部へと放たれたが、謎の力により、体へと届くことはなかった。


「ちょっと! スゴイなぁ! 初対面の女の子に間髪居れず殴りかかるってどういうこと!?」


「どうせ勇者の連れだろうがッ!」


「合ってるけど。そういう問題じゃ! レディファーストとかそういう言葉知らないの!?」


「ちゃんと顔は殴らなかっただろ!」


「ハハハッ! なるほど~。優しいねぇ!」


 これまでのやりとりで一切笑顔を崩さないルーは怒っているのか楽しんでいるのか、はたまた恐怖しているのか、感情が全く分からず、仮面をつけた者を相手にしているような感覚だった。


「さてさて、余談はこのくらいにして、このフィールドの説明をするよ~。みんな静かに聴くんだよ!」


「おいおい、わざわざ自分が不利になることを言い出すのか?」


「おっ! イスズくん。良い質問だね! それはねぇ、道化師クラウンはみんなを楽しませるものだよ。みんなが楽しむにはルールが必要だし、それを共有するのが重要だとボクちゃんは考えるね!」


 相変わらずへらへらとしているルーは指を3本立てると説明を始めた。


「ルールその1。この空間での暴力は全て無効となる。だから今のイスズくんの攻撃はボクちゃんに当たらなかったんだよ」


「ルールその2。この空間ではお互いが了承した賭けをもって勝敗が決定する。賭けだからもちろん何かを賭けてもらうよ」


「ルールその3。賭けたモノの取立ては必ず履行される。以上。この3つね。何か質問は?」


「おい。結局コイツなんなんだ?」


 イスズは勝手に話が進められていくことに不快感を隠そうともせず、眉根を寄せながら聞く。


「あ、ボクちゃんはね――」


 ルーが自己紹介を始めるより早く、クロネは大きな声で、「ハイッ!!」と叫んでから、上官に報告する軍人のようにハキハキと先ほどまでの状況を説明した。


「なるほど。やはり勇者の連れだったか」


 イスズは満足そうに頷いているが、その様子を見ていたルーは苦笑いを浮かべてクロネに語りかけた。


「えっと、どうしたのかな。急に。もしかして心の病とか? 良かったらボクちゃんが相談に乗るよ?」


 クロネは恥ずかしそうに俯くと、制しするように手をあげ、大丈夫だと伝える。


「ま、まぁ、大丈夫ならいいんだけどね。それじゃ本題に戻るけど、そうだね~。今回の賭けの内容は、ボクちゃんが勝ったら、勇者リミットまでの道のりを罠増し増しの道を案内しちゃいます♪ もしボクちゃんが負けたら、一緒についていって罠とか敵とかに遭遇したときに情報っていう手助けをするよん。あ、戦闘面での手助けは期待しないでね。ボクちゃんなんて赤子の手を捻るのに20年くらいの歳月が必要なくらい弱いから!」


「以外だな。てっきり負けたら魂を寄こせとか言うのかと思っていたが」


「そんなヤダなぁ。そうなるとボクちゃんも魂くらい賭けないといけないじゃん。リミットくんの為に命を賭ける覚悟はないよ~」


 手をひらひらとさせておどけて見せる姿は道化師と呼ぶに相応しい挙動だった。


「で、もしこの条件で良ければ勝負しよ。魔物のときは多すぎたから代表を決めてもらったけど、3人くらいなら1人づつ勝負してもいいよ。まずは誰からやる?」


「いや、お前の勝ちでいいぞ」


 あっけらかんと言うイスズに、ルーは呆気にとられ、「へっ?」と口を開けたまま固まった。


「もともと敵がいるなら倒す予定だから問題ない。何より俺は賭け事はやらん!! 破滅への第一歩だし、万が一負けてジョニー号が質に取られたらどうするッ!!」


「え~、いや、そのスリルを楽しむのが……」


「そんなアホくさいスリルいるかぁ!!」


「え、いや、あの、本当に申し訳ないんだけど、なんでもいいから賭けてくれないと、この空間から出られないから、ねっ、勝負しよ。ねっ!」


 ルーが笑顔を引きつらせオタオタとしていると、今まで黙って聞いていたヤマトが腰をあげた。


「仕方ないわね。負けてもいいならアタシがやるわよ。その賭けってやつを」


「本当!? ヤマトちゃん、ありがとう!!」


 ヤマトの言葉にルーは目をキラキラとさせ、鎧で覆われた手を掴んでブンブンと大きく握手する。


「あ~、いいから! で、勝負の方法は?」


「それじゃ、ちゃちゃっと決着がつくようにコインはどう?」


 ルーは1ゴールドを取り出すと、指で弾いた。

 宙を舞うコインは表の国王の横顔が彫られた面と裏の活力の象徴の太陽が描かれた面を交互に見せながら落ち、再びルーの手へと収まる。


「これがどちらの手に入っているのかを当てるってのは?」


「OK。それでいいわよ。ただし、アタシにイカサマは通用しないと思っておいた方がいいわよ」


 ヤマトは不敵な笑みを浮かべ、ルーを見据える。


「へ~。ずいぶん印象が違うね~。絶対ドジッ子だと思ってたのに、やっぱり『元』勇者なだけはあるのかな。大丈夫安心してよ。見つかるようなイカサマはしないから」


 ルーはニコリと微笑むとコインを弾いた。

 

 そのコインを見つめるヤマトの瞳はいつの間にか銀色へと変化しており、コインだけでなく、ルーの動向の全てを監視していた。


 そして、コインがルーの手の中に納まろうとしたその時、ガシッと力強くヤマトによってルーの腕が掴まれた。


「とんだウソつきね。そんなイカサマ丸見えよ」


 さらに力を込めると、ルーの手から投げたモノとは別のコインが地面へと落ちる。


「大方、アタシが宣言した方と反対の手にあるコインを見せて負けを認めさせる気だったんでしょ」


「あちゃ~。本当にバレちゃったよ~。ついでにイカサマがばれたペナルティは、バレたときに掴まれた箇所は暴力無効にならないことだよ」


「そう? なら遠慮なく」


 ヤマトは一言呟くと、ルーの腕を軽く捻った。


「えっ!?」


 ルーの視界は天地逆さまになり、次の瞬間にはドンッと音を立てて衝撃が体を襲う。

 自身が投げ飛ばされたと理解すると、まるで合わせたかのように痛みがやってきた。


「痛ててっ。まさか投げられるとは思わなかったよ。てっきり腕の骨くらい折られるかと思ったんだけど、流石『元』勇者のヤマトちゃん。優しいね!」


「そりゃあ、アタシは勇者だからね!」


 ボコボコの鎧でもわかりやすく、豊満な胸を張った。


「むむっ。ボクちゃんに対する煽りまでいれてくるとは流石と言わざるを得ないね」


 ルーは決して小さい訳ではないが、人並みの胸を庇うように両手で隠す。


「さて、それじゃ賭けを続けようか。今度は本当にイカサマしないよ」


 ピンッと弾かれたコインはゆっくりと頂点へと達し、落下を始める。

 その瞬間、目にも止まらぬ速さでルーの手が動き、コインに近づいては離れを繰り返す。そしていつの間にかコインはその両手のどちらかに収まったようだ。その証拠に地面に落下したコインはなかった。


 常人にならばコインの在処ありかを追うことは不可能だろうが、ヤマトは違った。

 銀色に輝く、そのまなこはキッチリと右手に包まれるコインの姿を確認していた。


 だが、しかし、ヤマトはそれと同時に右手に現れた魔方陣も確認しており、その魔方陣が自分たちをこの空間に送り込んだものと酷似していることまで見えていた。


(もしあの魔方陣が転移させる魔法ならコインは右手から左に移ってるでしょうね。でも、この遊び人のことだ。もしかしたらただのブラフの可能性もあるわね)


 完全に疑心暗鬼ぎしんあんきに包まれたヤマトは、どちらの手に入っているか決めかねていた。


(わからない。いったいどっちを選べばいいのか。何かイカサマをしているか確かめる方法はないの?)


 ヤマトはチラリと後方に構えるイスズを見ると、事の成り行きも見ず腕を組み、目を閉じている。


(きっと、イスズもアタシの勝利を確信しているから、ああしているのね。寝てるわけじゃないわよね!?)


 そのとき、ヤマトはイスズならどうやって勝つかを考えた。

 

(イスズならきっと、こんなゲームなんてぶっ壊して勝つわよね。ん? 壊して……。そうよね。相手がイカサマしてるかもしれないなら、相手の意図なんかぶっ壊すような多少ずるい手はありよね)


「ちょっと、ヤマトちゃん。さっきから黙ってどうしたの~。早くどっちの手にするか決めてよ」


「ええ、どっちにするか決めたわ」


 そう言いつつヤマトは手刀てがたなを作ると、ルーの右腕に向かって振り下ろした。

 『元』勇者の手刀しゅとうならば、勇者パーティとはいえ、遊び人程度の相手なら簡単に切り飛ばせるだろう。


 しかし、ヤマトが腕を切り飛ばすことはなく、寸前で謎の力によって防がれる。

 その様子を見た、ヤマトはニッと笑みを浮かべると、答えを言った。


「コインは右手に入っているわッ!」


「正解だよっ! なんで入っている方がわかったかは分かったけど、方法がクレイジーすぎるよッ!!」


 ルーは笑顔を凍らせ、汗が頬を伝う。


「そう? イスズならこうするかなって。ほら、イカサマしてれば攻撃できるみたいだし、攻撃できなきゃイカサマしてないってことの証明になるわよね」


「もしボクちゃんがイカサマしてたらどうすんのさッ!?」


「それはイカサマする方が悪いってことで」


 ヤマトはこれ以上ない笑顔で答えた。



 ヤマトの勝利で賭けが終わると、元の魔王城前へと戻ってきていた。


「あ~あ、まさかあんな方法で負けるなんて……」


 ルーはわざとらしく落ち込んだようにうな垂れるがすぐに顔を起こし、指で無理矢理に笑みを作る。


「まっ、勝負は時の運。今回はボクちゃんの華麗なブラフが予想外の方法で破られたってだけだからね。自分を卑下するより相手を褒めよう!」


 ヤマトに握手を求め、2人は固い握手を交わした。


「それじゃ、約束通り、敵の情報とか言うから、みんなに同行するよ~」


 ルーはさっぱりと言い、案内が必要なら先陣を努める勢いだったが、ここで待ったの声がかかった。


「あ~、ようやく終わったか。どっちが勝ったかしらんが、行く前にまずは装備を整えてからだッ!! 少なくともヤマトは兜をかぶれ! クロネは完全に着替えろッ!!」


 イスズの怒声により、ヤマトとクロネは急いで魔王城へと戻っていき、ルーはその様子を眺めながら思った。


(イスズくんに感化されて、ヤマトちゃんは強くなったみたいだね~。クロネちゃんの方も強くなってたらリミットくんは勝てるかな? ともかく面白そうな戦いが見られそうだね♪)

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