第3章 勇者編

第35話「遊び人禁止 その1」

 王の間にてドレスを受け取ったクロネは着替えようとパーカーのファスナーに手をかけると、熱烈な視線を感じ、その手を止めた。

 視線の出元を探ると、元の木でできた杖に戻っていたアリだった。

 

 クロネはジト目を向けると、アリを部屋の外へと放った。


「くそ~~、バレた~~!!」


 まるで世界の終わりに直面したかのような悲鳴を上げながら、部屋の外へと転がっていく。


 クロネは小さくため息をつくと、着替えを再開した。

 ファスナーを下ろし、パーカーを脱ぎ捨て、さらに下着までも脱いでいき、一糸纏わぬ姿へ。


 肉付きの少ないスレンダーな体。その表面の陶器のように艶やかで白い肌を華奢な指先がなぞっていくと、脇腹のところでピタリと動きを止める。

 そこにはクロネの体にはとても似つかわしくない大きな傷跡が残っていた。

 苦々しげに見つめるが、ふっと表情が柔らかくなる。


「……ヤマトが果たしてくれた。もう気にする必要もない」


 その傷跡はかつて魔王の座を争った際にテンペストによってつけられた傷であり、あの必殺の雷槍らいそうをヤマトが避けられたのは事前にクロネから情報があったからであった。


 絶命していてもおかしくない傷に、落ちるように魔王城から脱出した経緯もあり、魔物の中の多くの者が、魔王クロネは死んだと思われていた。


 そんな傷跡から手を離し、新たな下着と漆黒のドレスを身につける。

 ドレスは全ての光を呑み込んでしまいそうな程の黒さ、裾や袖には山羊をあしらった精緻な金刺繍が目を引く。

 女性魔王が代々着用していた由緒正しきドレスを、慈しむような眼差しで見つめ、ゆっくりと肌触りを確認しながら、ぽつりと一言。


「……久しいな」


 着替えが終わると、クロネは玉座へと座ると、皆が揃うまで一息付くこととした。



 いつの間にか外が騒がしくなり、クロネは玉座からその身を起こし、そろそろかと身構える。

 軽く深呼吸をし、話す内容を繰り返し頭の中に思い描き、脳内でリハーサルを行う。

 何度目かの脳内リハーサルが終わったとき、扉が開き、ネブラが現れた。

 しかし、式典の準備が整ったから呼びに来たという様子ではなく、息を切らし、明らかに慌てていた。


「ギィ!! 魔王様大変です。勇者パーティが攻めて来ました! 


「……数は?」


「ギギッ! たった2人です。そんな少人数で攻めてくるなんて自殺志願者か大馬鹿のどちらかです! 魔王様ですら4人だったというのにッ!!」


 まるで4人なら多いかのようにネブラは語るが、それでも充分に少ない人数ではある。しかし、それよりも2人しかいない勇者パーティへの驚きが大きかったようで、声を張り上げる。


 ネブラがおたおたとしていたその時、爆発音が轟き、クロネは慌ててバルコニーから外の様子を伺った。


 城の外には数多の魔物が並んでいたが、そんな中一箇所だけぽっかりと人垣が割れているところがあった。

 クロネはその部分を注視すると、割れて出来たスペースの真ん中に立つ人物が、まるで友達に挨拶をするかのように手を振ってきた。


「……勇者の仲間?」


「やっほ~!! もしかして魔王のクロネちゃん?」


 魔物だらけの中、その人物は唯一の人間の女子であり、馴れ馴れしくクロネに呼びかけるその姿は、道化師クラウンと呼ばれるもので、手を振る動作1つとってもコミカルな動きをしていた。

 クロネは眉根を寄せ、怪訝な表情を見せる。

 その道化師の表情は対照的に貼り付けたような笑顔で、目は見えているのか疑うほど細く開かれ、口は常に開かれていた。


 格好や表情もさることながら、クロネが最も不可思議に思ったのは、部下の魔物たちが誰一人として襲い掛からないことだった。

 明確に敵とわかる相手に誰も攻撃しないなど、いくらテンペストが魔王だった期間があったとはいえ、ありえないことだった。


 クロネはバルコニーから飛び降りると、魔法を使用し、ゆっくりと地面へと降り立つ。


「……敵意は皆持っているのに」


 魔物たちは今にも襲いかかろうという気概のみはあるのだが、どうやらそれをさせない何かがこの道化師の少女にはあるようだった。


「……何をした?」


 クロネが睨みつけると、道化師の少女はへらへらとした笑いから、取り繕ったような、イスズの世界では営業スマイルとも呼ばれる笑顔を見せると、大仰に両手を広げた。


「レディース&ジェントルメン! みんなの声に応えて、勇者パーティの遊び人、ルーことボクちゃんが答えましょう!!」


 高らかに宣言し、周囲をぐるりと見回した後、クロネにずずいっと近づき、続きを語り出す。


「みんながボクちゃんに攻撃しないのは、賭けに負けたからだよ。そしてそれこそがボクちゃんの固有魔法。あ、固有魔法っていうのは勇者のリミットくんが作り出した個人個人の特性を特化させた魔法のことね。でもね~、リミットくんってすごいんだけど、魔力も体力もただの人間程度だからさ、今みたいなすごい魔法を使うと1週間くらい寝込むんだよね。だからボクちゃん達が守ってあげないとね」


「……ずいぶん、喋る」


 自分の能力のみならず、味方の情報をもズケズケと話していくルーに対し、クロネは意図が読めず、警戒心ばかりが増していく。


 その答えをルーは邪悪な笑みを浮かべ、告げた。


「だって、時間稼ぎだもん」


 クロネはそのセリフを聞いた瞬間、この女はすぐにでも倒さなければと体が警鐘をならし、即座に攻撃に転じようとした。


「くっそ! 完全に逃げられたな」


「イスズ、確認の為っていうのは分かるけど、わざわざ穴から外に出なくても良くない?」


 イスズとヤマトが勇者リミットの空けた穴から魔王城の外へ這い出し、悪態をついていた。

 イスズ、ヤマト、クロネの3人が魔王城の外へと立った。

 ルーの狙いはまさにこの状況にあり、それまでの会話はこの場面を生み出す為だったのだ。


「やぁ! イスズくんとヤマトちゃんだね。待ってたよ!」


 ルーの周囲には魔力が漲り、4人を囲うように光の線が走り円を作る。


Welcome to the Worldボクちゃんの世界へようこそ


 静かに告げられた言葉と共に4人は真っ白な空間へと飛ばされた。

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