第34話「言い訳禁止」

 テンペストは気絶した後、クロネの指示によって地下牢へと幽閉されることとなった。

 なぜかわからないが、イスズは幽閉されるテンペストについて行き、気絶しているのも関わらず説教を続けている。


 残されたクロネ、ヤマト、アリはその様子を見て、全員が同様の感想を抱いた。


「ここまで徹底してると褒めるしかないよな」


 アリだけはついつい、言葉にしてしまっていた。


 見送った3人に妙な沈黙が流れる。

 始めに口を開いたのはクロネだった。


「……魔王。復帰」


 その言葉は独り言のような、もしくは仲間内だけの合図のような、小さなものだったが、テンペストの兵として働いていた者たちは一瞬で全員が青ざめた。


 テンペストという魔王に仕えていただけで非はないとはいえ、一時はクロネと敵対していたのだ。自身だけの処刑ならまだしも一族郎党根絶やしにされてもおかしくはない状況。


 クロネがゆっくりとした足取りで、地に伏す兵士たちに向かうと、彼らは冷や汗を流し、中には涙を浮かべる者もいた。

 しかし、クロネはそんな彼らを通り過ぎると扉を開け、ネブラを呼びつけた。


 一つ目の魔物、ネブラはクロネに呼ばれると血相を変えて全力で王の間へと駆けつけた。


「ぜぇぜぇ、ギギィ、クロネ様、どうなさいました?」


「……ヤマトが勝った」


「ギギッ! それはつまり!」


「……テンペストに魔王の器はない。だから」


 クロネが再び魔王になる。そう告げると、ネブラはうやうやしく頭を下げた。


「ギギッ! おかえりお待ちしておりました」


 クロネは頷くと、咳払いを1つして魔王としての口調で語りかける。


「これから王の帰還を宣言する。ネブラ、ドレスを。それから皆を外へ集めろ」


「ギィ。かしこまりました。クロネ様、いえ、魔王様。ところでこの者たちは?」


 ネブラは怯えの表情を見せる兵たちに、その大きな目を向ける。


「今回の件はテンペストの指示に従ったまで、悪いのはヤツであり、彼らは不問とする」


 クロネの言葉に兵士たちは一様に安堵の表情を浮かべ、復権した魔王への忠誠を心に誓った。

 ネブラはクロネの寛大な処置に、昔と変わらぬ慈悲深い姿を思い出し、心を振るわせた。


「ギギッ! お前ら、魔王様に感謝しろ! わかったら、すぐに皆を外へ並ばせろ!」


 兵士たちに激と指示を飛ばし、ネブラはクロネに一礼すると退室した。


 王の間に、クロネとヤマト、アリの3人だけが残されると、クロネは緊張が解けたように大きく息を吐いた。


「……ふぅ、疲れた」


 これからを考えると、心労の色が顔へと現れる。

 そんなクロネにヤマトはつとめて明るく声を掛けた。


「ふふんっ。アタシのおかげで魔王に戻れた気分はどう?」


「……嬉しい。ヤマトには感謝してる。だから、次はワタシの番」


 ストレートに感情を表現するクロネの笑顔に、同じ女性ながらもドキッとしてしまったヤマトは取り繕うように、イスズの様子を気にする素振りを見せる。


「あのイスズのやつ、ずっと説教してるみたいだけど、今どうしてるのかしらね~」


「……たぶん、地下牢で説教してるんじゃ」


「まぁ、そうよね。あ、そうだ。あんたが皆の前で復帰を伝える晴れ姿をあいつにも教えてあげないとね。ちょっと行ってくる」


 クロネは小さく頷くと丁度、メイド姿をした魔物が漆黒のドレスを運んで来た為、クロネは着替えに、ヤマトはイスズを呼びに分かれることとなった。



「う~む。運ちゃんに延々説教される悪夢ナイトメアを見た」


 地下牢の固い床で目を覚ましたテンペストは鉄格子ごしに目の前に居座るイスズの姿を見止めて、悲鳴をあげた。


「やっと目を覚ましたか」


「な、なんの用だ!」


「なんの用だと!? お前、俺が話してる途中で寝やがって!!」


「貴様が気絶させたんだろッ!?」


「あぁん!」


 イスズが睨むと、テンペストは縮こまって距離を取った。

 大男が縮まる様は滑稽を通り越して不気味であった。


「だいたいお前、なんで負けたと思っているんだ!?」


「ぬぅ、それは貴様のチート能力が上だったからだろう」


「アホかっ! ヤマトにも負けてるだろうがっ!!」


 イスズは勢い良く怒鳴ると鉄格子へとぶつかる。

 テンペストは自身が、牢に入れられているということに、これほど安堵することがあろうとはと切に感じていた。


「そうだ! あの女、卑怯だぞ!! あんなに美人だと始めから分かっていたら、我はあんな必殺の技を使うことなく持久戦を挑んでいた!!」


「言い訳してんじゃねぇ!! ぐだぐだと女々しいヤツだなッ! そういうのは口に出さず、反省し次ぎに生かせってんだバカヤロウ!!」


 イスズの怒鳴り声が地下に轟き渡った。

 テンペストは恐怖に顔を歪めて、めり込まんばかりに壁へと引っ付く。


「ちょっと、何今の声?」


 イスズを呼びに来たヤマトは偶然怒鳴った現場に居合わせ、急いで駆けつけたのだった。


「あ、貴様、やはり美少女ではないか!?」


「え? そりゃアタシは美少女だけど。何の話よ?」


 イスズは先の会話を説明すると、なぜかヤマトは落ち込むように座りこんだ。


「ま、まさか、本当に全身鎧プレートメイル装備のおかげで勝てるなんて……。ということはアタシ、戦いの間ずっとあの格好」


 いつかは自分の好きな装備をしたいと思っていた為、今回の事実は自由な装備から遠ざかるものだった。


「くっ、今のアタシじゃ、普通には転生者に敵わないけど、いつか必ずっ!!」


 ヤマトが固く握り拳を作り、気合を入れた瞬間にそれは起きた。


 牢の天井が爆音と共に砕け散り、外の光が降り注ぐ。

 もうもうと煙が立ち込める中、あっけらかんとした調子の声音が響いた。


「お~い。テンちゃん、まだ生きてる? 神様がヤバイって言ってたから見にきたけど」


 その声にいち早くテンペストは反応し、天井を見上げ、声を返した。


「その声はリッ君か! 助けに来てくれるなんて……。すまない!」


「おっ、良かった生きてる生きてる」


 声の主は、天井に空けた穴からスッと降りてくると、テンペストの横へ立った。

 煙が晴れ、次第にその者の姿が明らかになっていき、正体を見定めたヤマトは指を指しながら大声を上げた。


「勇者リミット!! なんで、あんたがここにっ!?」


 勇者リミットと呼ばれた少年は、自信に漲った顔立ちに燃えるような赤毛。服は対象的に落ち着いた白の軍服。

 とても魔王城に乗り込んでくるような格好には見えないが、その雰囲気には強者の風格が見られた。


「ありゃ、なんでヤマトさんがここに? ああ、もしかしてテンちゃんを倒したのってヤマトさん? ああ、そりゃ困ったなぁ~」


 独りで納得したような素振りを見せると、くるりと反転し、テンペストの方を向く。


「良し。それじゃ、一緒に逃げるよ! 走れる?」


 その問いにテンペストは、「もちろん」と答え、2人の視線は天井に空けた穴へと注がれる。


「逃がすかッ!」


 イスズは鉄格子をぶち破ると、天井の穴を塞ぐべく跳躍した。


「あ、別にそこから逃げないよ」


 勇者リミットとテンペストの周囲には緑色の魔方陣が浮かび上がる。

 その魔方陣には見覚えがあり、魔王城へ突入する際にフォーランによって見せられたものと同じものだった。


 ヤマトも逃さないようにリミットへ殴りかかろうと拳を振り上げる。


「ヤマトさん。それ以上近づいたら死にますよ」


 淡々と死を告げるリミットは懐から黒光りする物体を取り出し、ヤマトへ向かって突きつけた。


「何してる避けろ!!」


 天井付近にまで上がってしまったイスズはヤマトへ向かってサンダルを投げ飛ばした。

 それと同時にパァンという乾いた音が鳴った。


 ヤマトはイスズのサンダルが先に当たり、よろめいたおかげでリミットからの攻撃を回避することができていた。


「ありゃ、銃弾避けられちゃった。まぁ、魔方陣による転送は叶ったからいいけど。それじゃ、バイバ~イ」


 片手に拳銃を手にした勇者リミットは反対の手で手を振ると、テンペストと共に緑の光の中へと消えていった。


 天井から降り立ったイスズは舌打ちをしながら、八つ当たりに牢の壁をぶっ叩いた。


「次はあの勇者だな! 覚悟しとけよッ!!」

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