第33話「魔王禁止 その7」

 イスズは吹き飛ばした魔王へ間髪入れず近づき、さらに拳を叩きこんだ。

 テンペストは膜に守られながらも再び壁へと激突する。


「我が完全に守りに徹した今、何をしても無駄だとわからんのか!」


 ヤマトから受けた傷以外1つのダメージも受けていないテンペストは余裕を取り戻しつつあり、セリフの端々にもそれは滲んで見えた。


「さっきからうだうだとうるせぇ!! 無駄なことなんかこの世にあるかぁ!!」


 下から突き上げるように拳を放ち、今度は天井へとテンペストを叩き込む。

 イスズはすぐに追いつき、今度は蹴り下ろす。

 

「だから無――」


 テンペストが口を開くより早く殴り飛ばしていく。次第にテンペストも呆れ果て言葉を口にしなくなり、腕を組み、イスズの無駄と思える行動をサングラスの奥から冷めた目で眺める。


 しかし、異変は徐々に現れ始めた。

 余裕の表情を見せていたテンペストの顔が曇り、血の気が引いたように青くなり始めた。

 組んでいた腕はいつのまにか傷口付近の腹部を押さえ前屈みになっていた。


「おいおい。早いんじゃねぇか?」


 攻撃の手は緩めず、今度はあからさまに相手が転がるように殴りつける。


「き、貴様、や、止め……」


 上手く言葉すら発せられなくなったテンペストはイスズに殴られるまま転がっていく。


「も、もう、むり……」


 水の絶対防御は解け、テンペストは無様にひざまづくと、口から嘔吐おうとした。


「ぐぅ、ううぅ……」


 呻くことしかできないテンペストを見下すと、やれやれと言ったように肩をすくめる。


「この程度で酔うなんて軟弱なッ!!」


 度重たびかさなる攻撃はご自慢の絶対防御を超えて攻撃を当てるためではなく、激しく動かすためであり、上へ下へ右へ左へと何度も何度も動かされた結果、車酔いと同じ症状に陥っていた。


「お、お前も、同じくらい動いたはずなのに……」


 なんとか口にした言葉をイスズは鼻で笑う。


「トラック乗りの三半規管をなめるんじゃねぇ。お前とは鍛え方が違うんだよッ!!」


 ビシッと指を突きつけ宣言した。


「さて――」


 イスズはゆっくりとテンペストへと近づく。

 拳を鳴らしながら近づく足音はレクイエムのように響き渡り、テンペストの表情は再び恐怖で歪む。


「お前、さっき魔王を辞めるとか言ったよな? 魔王テンペストは確かに『元』勇者ヤマトに敗北したってことだな」


 イスズはちらりとヤマトの方を向く。

 兜を外し、頬を紅潮させた銀髪の美少女は期待と感謝が入り混じったようなそんな眼差しをイスズへと注ぐ。

 全力を出し切ったヤマトはすでにほとんど戦う力もなく、立っているだけで精一杯だったが、上気した息遣いで、「ありがとう。あとは任せるわ」となんとか口を動かした。

 コクリと頷き、再びテンペストへと向き直る。


「魔王を辞めたお前を誰が倒したところで問題はないな。で、また命乞いでもするか?」


「あ、ああ、そうだ。我を倒してもいいことなんて――」


「何言っても許す訳ないだろ! 黙って歯ぁ食いしばれッ!!」


「き、貴様が命乞いするかって聞いたのだろ!」


「うるさいっ! 男ならぐだぐだ言わずどんと構えろ! 鉄拳制裁だからな命までは取らん!」


 イスズはゆっくりと拳を握り直していく。

 ぎゅっと強く固く握り込まれた拳はどんな鉱物よりも硬いようにテンペストの目に映った。


「や、やめ……」


「部下を見捨て、都合が悪くなると責任を放棄する。そんなやつにトップが務まるかッ!! きっちり反省しやがれッ!!」


 ゴンッという音と共に、テンペストの眼前に火花が散り、次の瞬間には闇夜のように真っ暗になり意識を手放した。

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