第32話「魔王禁止 その6」

 魔王テンペストは命乞いのセリフを口にしながらも、自身の水の魔法を応用し止血を済ませていた。

 あとは水の膜を展開さえすれば、『元』勇者を倒すことは叶わないが、この場から悠々とハーレム少女を引き連れて立ち去ることはできる。そんな算段を考えていた。


 視界の端に、明らかな異世界人のイスズが近づいてくるのは捉えてはいたが、絶対防御はすでにいつでも展開できるようになっており、歯牙にもかけていなかった。


「攻撃しないということは見逃すということでいいかな? 『元』勇者ヤマトよ」


 テンペストは余裕を取り戻し、芝居がかったセリフで、まるで煽るように話す。


「ッ!!」


 そのセリフで気を取り直したヤマトはすぐさま一撃を放つが、水の膜の前に防がれる。


「フ、フハハハッ! もはやこの状態なら、貴様の答えを聞くまでもなく、逃げられそうだな。なぁ! 『元』勇者よッ!!」


 テンペストは高笑いをしながら立ち上がり、ヤマトの悔しそうな顔を眺めながら出口の扉まで進み始めた。


「トップが仲間を見捨てて、逃げていいわけねぇだろッ!」


 すぐ近くから聞こえた低い男の声に、テンペストは絶対防御があるにも関わらず身構え、緊張に体を強張らせた。

 次の瞬間、イスズの拳が顔面へと向かって振るわれた。

 しかし、水の膜の防御の前に拳は包まれ威力を殺される。


「うぅぉらぁぁッ!!」


 歯を食いしばり、力任せに振りきった拳は膜ごと押しのけ、テンペストを壁へと叩きつける。


「いきなりで驚いたが、所詮この防御を打ち破ることなどできん!! これを解かない限り貴様らの攻撃は全て無駄なのだよぉ!!」


 殴っても壁に叩きつけてもダメージを与えられない相手に、イスズは一歩も怯むことなく、追撃を行うべく地を蹴った。



 アリを受け取ったクロネは、敵の集団を睨みつけていた。


「おい。クロネ。オレに魔力を流せッ!!」


 アリの指示にコクリと頷き、クロネの魔力が杖へと流れ出す。


「久々に魔力、キターーッ!! しかも美少女のッ!」


 アリが高らかに叫ぶと、体が光に包まれていく。


「待たせたなッ。ここからはオレの本気を見せてやるッ!! この状況、次に何が起こるかわかるよな? 声揃えていくぞ! せーのっ! 『変身ッ!!』 」


 アリの声だけが響いた。


「魔力リンク開始。シンクロ率……10%、……20%、……50%、……100%」


 パーセンテージが上がっていくのと共に、光に包まれていたアリの体が、まるで魔法少女のように一部分ずつ変化していく。


 まず、木のような材質からシルバーへと変化した支柱が姿を見せる。

 石突は刺突武器として使えそうなほど鋭利に煌き、持ち手となる部位には黄金のドクロが燦然と輝く。

 クロネが手に取ると、シルバーの支柱に血液が流れるように、金色の刺繍が浮かび上がる。


「シンクロ完了!! 魔力及び五感リンク接続終了ッ!!」


「……形が変わった」


 アリを驚愕の眼差しで眺めながら、クロネは呟くと共に、まるで何十年も使って来たかのようにしっくりと自分の手に収まる杖を数度握り直した。


(オレは使用者の望んだ姿になるんだ。まぁ、イスズは魔力ねぇから使用しててもそのままだけどな)


 急にクロネの頭の中にアリの声が響く。

 ビクッ! っと肩を震わせると、


(あ、ごめん、ごめん。今のこの状態なら、オレとは以心伝心ってヤツなんだよ。それから、敵を見てみろ)


 アリに促されるまま、集まった魔王の兵たちを見ると、そこにはRPGの画面みたいにそれぞれのステータスが表示されていた。体力、魔力、装備の効果など必要に応じて閲覧することが可能であった。


(これが、オレの見ている世界だ)


「……すごい」


 相手の情報が得られるというのは、この世界ではかなり高度な魔法や技術、経験が必要であり、さらにそれを持ってしてもここまでの完璧な精度は得られない。


(オレの本気はまだまだこれからだぜッ!)


 アリの言葉と共に、クロネから僅かに魔力が吸い取られる。


(バニッシュ!!)


 呪文を唱えると、兵士たちに付与されていた魔法が全て消し飛んだ。


「……ッ!? あれだけの魔力で、広範囲に付与魔法破壊を」


(生き物が身に着けているものを外す魔法! 女の子の服を優しく脱がす魔法の応用だ!)


「……最後は聞きたくなかった」


 クロネはジト目をアリに向ける。


(これで、あとは楽勝だろ。クロネッ!)


 この状態ならば、次にアリが何をしようとしているのか手に取るように理解できたクロネは、「グラビティ」と唱えた。

 本来ならば一箇所にしか効果を及ぼさないはずだったが。


(ワイドエリア!)


 アリの力によって、その効果範囲は兵士たち全員に余すことなく及んだ。


「お、おもいよ~~」


 強い力で重力が掛かり、テンペストを助けにきたはずの兵士たちは人魚少女も含め、全員が地面へと伏した。


「……本当に魔法が広がった」


 意識的にはこれから何が起こるか理解していたが、いざ目の前にしてみると、その威力の凄まじさに感嘆の息を漏らす。


 伝説の魔杖と『元』魔王という最強タッグにより兵団は一瞬で壊滅し、クロネは優々と一番近くで倒れている兵士に腰掛けると、イスズとテンペストの成り行きを見守ることにしながら、魔杖アリエイトの伝説のことを考えた。


(ステータス看破に形状変化。魔力消費の効率化、付与魔術及び装備破壊、魔法の広域化。魔法使いにとってはどれもが欲しいサポートの魔法。……あながち『持つ者が望む魔法を使える』はガセではないみたい)


 そんな考えを巡らせていると、


「おっ!! イスズがなんかするみたいだぞ!」


 アリの声で、クロネはイスズの戦いへと意識を切り替えた。

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