第30話「魔王禁止 その4」

 魔王テンペストは一瞬だけ苦々しい顔を見せたが、すぐにふっと笑みを浮かべた。


「確かにその方法なら我の方が先に力尽きるかもしれんな。だが、言うが易し 行うが難しと言うだろ。果たして本当に我の拳を防ぎきれるかな?」


 ヤマトに拳のラッシュを浴びせかける。右の拳にロングソードを当てて相殺そうさいし、反対の拳がくれば、ヤマトも拳をもって応えた。

全ての攻撃を迎撃するヤマトにはまだまだスピードには余裕が見られ、逆にテンペストの表情には次第に焦りが見え隠れする。


 何度目かの相殺を果たした後、テンペストは眉根を寄せながら動きを止めた。


「このままではらちが明かないな。仕方ない。ハーレム要員は諦めるか」


「だからアタシはハーレムには入らな――」


 ヤマトが全てを言い終わらないうちに周囲には水の膜が包囲するよう球形に展開していた。


「――なっ!?」


 ヤマトは剣戟けんげきを加えるが先ほどの魔王を相手にしているかのように攻撃は無効化される。

 ただ違うのは守られているのはヤマトであり、その場からほとんど動けなくなっているという点だ。


「絶対防御は形を変え、牢獄へと変化する」


 テンペストは両手を前に構えると、手と手の間、何もない虚空な空間にパチッと静電気が起きる。次第にパチパチッと頻度が増していき、数秒後にはバチバチといかずちが発生する。

 

「最強の盾と最強の矛。大嵐テンペストの象徴たる水と雷。それこそが我が力にして、その名を冠する由来ッ!! この技を使うのは貴様で2人目だ。光栄に思うが良い!」


 テンペストの手から雷が放たれる。

 始めは霧散するように散り散りだった雷は次第に形を槍状に変え、速度を増しながらヤマトへと向かう。


 絶対防御に守られているから安全という気は全く起きず、この防御は確実に攻撃を当てるためのものだと瞬時に理解せざる得ない状況に追い込まれた、はずだった。


 ヤマトは浅く何度も息を吸っては吐きを繰り返す。同時に銀色に輝いていた瞳の色がその色を変える。


「クロネ、あんたとの修行の成果を見せるときが来たわ。


――アクセル・アクセス・Lv2――


高速は光速に進化する」


 瞳はクロネの髪の色と同じ金色に輝き、体からは蒸気が立ち上る。

 

 槍状の雷が一瞬で水の膜ごと貫き、魔王城の壁をも突き抜け地平線の彼方へと消え去る。

 残された球形の水の膜には雷が空けた虚があるだけで、そこにヤマトの姿はなかった。



ヤマトの金色こんじきの瞳にはすべての出来事がコマ送りのようにゆっくりと見えていた。

 雷の槍が水の膜に触れようとした瞬間、水の膜は槍を避けるように開いていく。常人には1秒にも満たないこれらの動きを捉えることすら出来ないが、今のヤマトはその様子を観察し、そして動いた。

 ヤマトの動きは光のように速く、空いたわずかな隙間から背面跳びの要領で雷を避けつつ抜け出す。

 背後に雷が通過していく中、魔王に切りかかるべく接近し、ロングソードを振り上げた。


 そのロングソードは光の速さで振り下ろされることなく、ピクッと震えてヤマトの手が止まる。


(ッ!? 時間切れ! あと少し、これを振り下ろすだけなのに……)


 ヤマトの瞳はいつの間にか金色から元のブラウンに戻っており、先ほどまでに比べると、いささか緩慢な動きとなっていた。


 そして魔王テンペストがこれを見逃すはずはなく、いつの間にか肉薄していた事には驚きつつも、『元』勇者が避けるために全力を用い満身創痍まんしんそういであることは明白。

 即座に水の防御を戻せば、この勝負はもはや何もせずとも魔王の勝利となる。


 ヤマトもそれを理解しており、1ミリでも早く届くように、考えを巡らせながら振り下ろす。


(間に合わない。これじゃ……。何か、何かないのっ!?)


 その時、魔王との戦いの前にイスズから託された言葉が脳裏によぎった。

 ヤマトは自分には意味のわからないその言葉が本当に転生者の動きを止めるものなのか疑う余地もなく、イスズを信じ、とっさに叫んだ。


「アタシはッ! お前のパソコンのハードディスクの中身を知っているッ!!」


「はぁ!? ウソだろぉ!?」


 テンペストはビクッと肩を震わせ確かに動きを止めて絶叫していた。


「だああぁぁぁッ!!!!」


 ヤマトは気合の雄叫びを上げ、隙だらけの魔王に袈裟斬けさぎりを見舞う。

 肩から腰まで勢い良く振りぬかれたロングソードは鮮血に濡れ、手には確かな手ごたえが残る。


「ぐぅ、うう……」


 テンペストは呻き声を上げ、地に膝を着く。


「ほ、本当に知っているのか?」


 多量の出血もあり、息が上がった状態で、テンペストは真偽を問いかける。

 それほど、『元』思春期の男子にとってパソコンの中身は重要なものだった。


「え? そんなの知る訳ないじゃない。それどころかパソコンって何よ? ハードディスクって呪文?」


「クソッがぁ! よくも、よくも騙したな現地人がっ!」


 テンペストが膝に力を入れると立ち上がろうとするのを、ヤマトは剣先を突きつけ、宣言する。


「もうその体じゃ戦うのは無理でしょ? 悪いけどトドメを刺させてもらうわ」


「ま、待て! 我は本当は魔王なんてやりたくなかったんだ! ただ前魔王に勝ったから仕方なく魔王をしてるんだ。こんな座なんて今すぐ誰かにくれてやる。こんな城もいらんッ!」


 その言葉にヤマトはわなわなと震えながら怒鳴った。


「あんた、まだ仲間が戦っているのに、よくそんな事が言えるわねっ!!」


 部屋の端では未だにイスズと人魚の少女が戦っている最中であった。

 騒ぎに気づいたのか、いつの間にか増援まできており、イスズの苦戦が伺えた。

 それら仲間たちが魔王を信じ戦っているなか、当の魔王がいの一番に諦めて、その座を手放すと言っているのだった。


「ぶ、部下も置いていく。我には数人のハーレムが居れば充分だ。今すぐ出て行く。だから見逃せ!」


 思わず拳に力が入り、歯が砕けそうな勢いで噛み締める。兜のおかげで見られることはないが、目にはうっすらと涙が浮かぶ。


「仲間も見捨てる気ッ!? こんな、こんなヤツの為にアタシもクロネも……」


 ドンッ!!!!


 ヤマトが悔しさに打ちひしがれている中、轟音が響いた。

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