第29話「魔王禁止 その3」

 『元』勇者ヤマトはロングソードを構え、目の前の敵、魔王テンペストを見据えた。

 先の一連の攻撃を見るかぎり、水による絶対防御があるのは確定的だった。

 どうやって攻めるかを考えていたが、すぐにまずはもっと情報を集めようという結論に至り、踏み込んだ。


「――ッ!?」


 魔王もほぼ同時に踏み込み一気に間合いが詰まる。

 ヤマトが剣を振るうがやはり水の膜によって防がれる。


「我への攻撃は無駄だ。だが、こちらからはッ!」


 魔王テンペストは隆々とした筋肉に裏づけされた膂力でもって拳を振るう。


「拳っ!?」


 不意を突かれたヤマトは腕で防御しながら、後ろに跳んで攻撃の威力をいなす。

 それでも威力は充分にあり、防御した腕の鎧は拳の形に凹む。


「魔王なのに拳って、卑怯よッ! プライドとかないわけッ!!」


 指を突き刺し、文句を垂れるヤマトに魔王は心外だと言わんばかりの表情を見せる。


「魔物の王だから魔王なのだ。別に魔法が強いから魔王というわけではない。まぁ、だが、この防御は魔法だからな。魔王の名に恥じるものではないと思うが?」


「むぅぅっ」


 完全に言い負かされたヤマトは兜の下、ふくれっ面をしながらうめいた。


「と、とにかくッ! あんたの攻撃が物理だってのは分かったし、その防御魔法を打ち破ればいいんでしょ!!」


 テンペストは呆れたように肩をすくめる。


「まぁ、我のハーレムにこういうのがいるのも良いかもな」


「だから、入らないって言ってるでしょ!! そろそろ小手調べはお終い。本気で行くわよッ!!」


 ヤマトはロングソードを体の中心に構えると、深く息を吸い込んだ。


「すぅ。高速領域入門アクセル・アクセス


 漢字にルビで英語を使うという技を展開した瞬間、飛来物がヤマトを襲った。


 ガンッ!


 ヤマトの兜へと一撃を加えたそれは、床の破片の石ころだった。


「ちょっ! 痛いわね! 何すんのよ!!」


 誰の仕業かは見ずとも分かり、瞬時にそちらへ文句を叫ぶ。


「あ~、いや、すまん。つい……」


 イスズは手刀を作って謝罪の言葉を述べる。


「あんたにしちゃ、珍しく謝るのね。まぁ、いいわ。それと1つ言っておくけど、この名前考えたのクロネだからねっ!! 石投げるならそっちにしなさいよ!!」


 イスズは頷くと石の欠片を持ち、クロネに狙いを定めた。

 クロネはブンブンブンッと力の限り首を横に振り、助けを求めるようにヤマトを見る。


「はぁ。普通に言えばいいんだっけ? なら、アクセル・アクセスッ!!」


 兜の隙間から時おり覗いた眼光が今は髪の色と同じ銀色に光る。

 それと同時に素人目に見てもヤマトの圧が上がるのがわかる。


 タンッ。と地面を蹴る音が聞こえたと思うと、ヤマトは一瞬でテンペストの懐へ入り込み、拳を打ち付ける。

 ――が、しかし、その拳も皮一枚のところで防がれる。


「超近距離でも無理か。なら、2ヶ所同時は?」


 いつの間にか剣を振るうのに絶妙な間合いに移動していたヤマトは腰に下げる鞘を掴み、ロングソードと同時に切りつける。


 ぐにゃ!


ロングソードも鞘も水の膜によってテンペストへは届かず空中で静止する。


「これもダメなのね。全く転生者ってのはイスズといい、チート能力が過ぎるのよっ!」


 ヤマトは苛立った声をあげながらも、その瞳に宿る銀色の光に諦めの色は一切見られなかった。


「どうした。すでに万策ばんさく尽きたか? ならばこちらから行かせてもらおう」


 テンペストは動きこそヤマトより劣るもののそれでも常人に比べれば明らかに早い速度を持って襲いかかる。

 その攻撃をヤマトは避ける素振りも見せず待ち構える。


 腕の筋肉が膨れ上がり、岩のような拳がヤマトへと迫る。

 あと少しで胸部へ直撃しようとした瞬間、ヤマトは体を倒すように後ろに跳んだ。


「攻撃中ならどう!?」


くるりと空中で回転しテンペストの腕をロングソードで打ちつける。

 遠目には攻撃が当たったように見えるが、反撃を警戒してその場をすぐに飛びのいたヤマトからは苦々しい舌打ちが聞こえる。


「ふむ。多少は考えたようだが、この魔王テンペストに死角はないッ!!」


 魔王テンペストはさらに拳を突き出し、ヤマトを追い詰めていく。

 何とか致命傷は避けるものの、腕や胴体部の鎧はひしゃげてしまい見る影もない。


「くっ。イスズの言うとおりの装備じゃなかったら、いまごろ致命打を受けてたかもしれないと思うと悔しいわね」


 一度思いっきり距離を取ったヤマトは目を瞑り、深く静かに呼吸を行う。

 

「最後に残された方法はこれだけね」


 剣先を前に突き出し、腰を落とす。

 明らかに今から突進し突き刺さんとする構え。

 テンペストが回避行動をとるだけで無へと帰す攻撃だが、それを見たテンペストは誘うように大きく両手を広げる。


「最後の悪あがきか? いいだろう。それで諦めがつくのなら全力で突いて来い!!」


 魔王たる自身の余裕を見せつけるように宣言した。


「おおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 ヤマトは雄叫びを上げ、一番のスピードを持って突進する。

 剣先が水の膜に触れると、押し返すように反発する力が剣から伝わってくるが、負けぬよう歯を食いしばり、さらに踏み込む。


「だぁあああっ!!」


 ふと反発する力が弱まり、腕を押し切る。


「ハァ、ハァ、やったの?」


 ヤマトが確認するため顔を上げると、周囲には土煙が立ち込め、魔王の姿を確認することは叶わなかった。

 立ち込める土煙が落ち着いてきた頃、目の前に人影が浮き上がってきた。

 

「なかなか良い一撃だったぞ!」


 その人影から言葉が発せられた瞬間、ヤマトの表情は曇った。


 土煙も晴れ、全容があらわになると、傷1つどころか汚れ1つない魔王テンペストの姿が絶望と共に立ちはだかる。


「まさか、この我の水の防御ごと押し飛ばされるとは思わなかった。誇っていいぞ。今まで誰もそのような事はできなかったのだからな」


 悠然ゆうぜんとヤマトの前へと進んだ魔王は神の鉄槌とでも言うような拳を掲げ、振り下ろした。


 ヤマトの胸中には様々な感情が渦巻いていた。

 諦めや絶望、後悔や未練、怒りや哀しみ。だが、それらの感情はすぐに消し飛び、最後に残ったのはわずかながらの闘志と勇気だった。


「おい! 諦めてんじゃねぇ!!」


 イスズの言葉がゴンッと殴られたような衝撃をともなって背中を押す。

 わずかな闘志はたぎり、勇気が満たされる。


 そしてヤマトが取った行動は、拳に拳で応えることだった。

 イスズの信念を貫くと決めた滅茶苦茶な拳を思い出し、真似てテンペストの拳を叩く。


 意思を持った拳は、しかし、テンペストの水によりぐにゃりと防がれる。


「えっ!?」


 ヤマトの拳が防がれると同時に、テンペストの攻撃も無効化され、お互いダメージなく押し返されるように距離が離れる。


 ヤマトの口元に笑みがこぼれた。


「ふ~ん。絶対防御も考えものね。こんな防御方法が取れるならあんたのパンチなんて1発も当たらないわよ。さてと、今度はあんたがアタシに攻撃を当ててみなさい! 魔力切れまで付き合ってあげるわ!!」


 ヤマトは魔王へと剣先を突きつけ、そう宣言した。

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