第28話「魔王禁止 その2」

 イスズの目の前には3人の美少女が壁へと叩きつけられた状態で並んでいた。


 右から、ネコミミを生やした獣人の美少女で、豹のように黒の斑点が見える。快活そうな顔つきにビキニのような服装から覗く肌もスポーツ少女を思わせるスレンダーなものだった。


 真ん中は、小さな角を生えた鬼人。黒髪ストレート。日本を思わせる和装をしているが、へそは出ているし、裾の丈も短く生足がほとんど全て見えている。吊り上った目元や口調からキツイ性格を連想させる女教師タイプの美少女だ。

 

 一番左はおっとりとした顔つきで、ピンク色の髪をポニーテールにしている。一見人間のように見えるが、その足には魚の鱗が幾重にも存在し、足を閉じた様は人魚そのものだった。また服装も貝殻の胸当てにスリットが入ったヒラヒラとして下が透けそうなほど薄いスカートだった。


「いててっ! いきなりヒドイなぁ。もぉ!!」


 獣人の少女がケガひとつなく、壁から抜け出す。


「無粋な上、野蛮だな」


「ふえぇ~。びっくりした~」


 残りの2人も無傷で立ちはだかる。


「おいおい、オレを使ったイスズの一撃で無傷とかありえねぇだろ」


 狼狽するアリをよそに、その様子を見ていたクロネはフードの下、露骨に顔をしかめた。


「……魔法が付与された服」


「ああ、さっきの研究成果ってやつか。アリ、お前効果がわかるような口ぶりだったよな?」


「お、おおっ! ちょっと待ってろ。むむむっ」


 アリがその目で効果を見ると――


ネコミミ獣人はスピードアップ。物理攻撃無効。攻撃魔法無効。

黒髪鬼人は攻撃力アップ。物理攻撃無効。攻撃魔法無効。

おっとり人魚は魔力アップ。物理攻撃無効。攻撃魔法無効。


「って全員に物理も魔法も効かねぇじゃねぇかッ!!」


 しかし、アリの言葉を聞いてもイスズとクロネは動揺の色すら見せなかった。


「ふん。そうか。じゃあ、女とか関係なく思いっきりぶん殴れるわけだ」


「……問題なし」


「お前ら本気で言ってんの?」


 呆れたようなアリに、熱烈な視線を送る者がいた。


「あの~。杖から声が聞こえるんですけど~。もしかして魔杖アリエイトです?」


 人魚の少女が顎に指を当てて、可愛らしく小首を傾げる。


「そうだが、それがどうした?」


「ああ、やっぱり!! テンペスト様が欲しがってた子ね~。えっと、確か~、持つ者が望む魔法を使える伝説の杖よね~」


「お前、そんな能力があるのか?」


「いや、オレも初耳なんだけど……」


 アリは困ったようにイスズと顔を見合わせた。


「おい。変態人魚。その情報ガセだぞ。裏はとったのか?」


「へ、変態!?」


 おっとりとした人魚は流石に怒ったのか、頬を膨らませる。


「変態じゃないです~。それにテンペスト様が言っていたから本当ですもん~」


「おい。変態。そのあざとい仕草は止めろ! 確かにあの魔王は喜びそうだが、俺らには意味ないぞ」


「あざとくない~~」


 イスズと人魚は相当相性が悪いのかいつまで経っても会話は進まず、面倒臭くなったイスズは強引に話を打ち切った。


「もういい!! とにかく、ノルマは1人1体だ。いいなッ!」


「えっ!? オレも数に入ってんの!? 杖なのにッ!?」


 イスズ一行対魔王側近の戦いの火蓋が切って落とされた。



 まず最初に飛び出したのは獣人の少女だった。

 目にも止まらぬ速さでイスズの背後を取ると、手に持つショートソードで斬りつける。


 ガキッ!


 イスズは視線を向けることなく、アリを剣の軌道上に置き、防御した。


「にゃあ、同じ獣人ならこれくらい防いで当然ねぇ」


「同じ獣人?」


 そこでイスズは自身が未だにネコミミをつけているのを思い出した。


「ああ、忘れていたな」


 イスズはネコミミを取ると木箱へと向かって投げた。

 カランと音をたててネコミミは木箱の中へと入る。


「お前、人間だったのぉ!」


 獣人少女は驚きの声を上げたがすぐに不敵な笑みを浮かべる。


「人間ならこのスピードは無理だよねぇ?」


 パキッ。


 石造りの床を割る勢いで踏み込んだ獣人少女は一切見えなくなった。

 タッ! という地面を蹴る音が時おり聞こえはするが一切姿を視認することは叶わず、イスズは右へ左へと顔を動かしていた。


「すごい速さだな。こんな戦いよりスポーツをした方がよっぽど有益だと思うんだが」


 イスズは腕組みし勝手に納得したようにウンウンと頷く。


「野球なんていいよな。盗塁王になれるぞ」


 その刹那。イスズの左脇あたりに姿を現した獣人少女は力の限りショートソードを突き立てたはずだった。


「なっ!? 避けた!!」


 イスズは寸でのところで避けており、獣人少女の動揺している隙をついて頭を掴んだ。


「毎日毎日何十キロものスピードで走るトラックを運転してるんだ。お前くらいのスピードを見切るくらい、道に飛び出してきた猫を避けるより簡単だッ!!」


 イスズは掴む手にさらに力を込め、言葉を続ける。


「お前に1つ言いたいことがある。お前、攻撃が効かない装備だからって油断してるだろ」


 事実図星だった獣人少女はビクッと肩を震わせる。


「図星か。そんなお前に、俺のいた世界の標語を送ろう」


 イスズは少女ごと腕を振り上げ叫んだ。


「油断一秒怪我一生だ! バカヤローッ!!」


 腕を思いっきり振り下ろすと獣人少女の体は石造りの床をぶち破りめり込む。

 体全てが床へとめり込み、まるで生首のように顔だけは部屋の中に残されていた。


「なぁ~っ!! 服の効果で痛みはないけど、動けないよぉ!!」


 イスズは涙を浮かべる獣人少女を無視し、クロネの状況を確認する。



 クロネは弓を番えた鬼人を相手にしつつ、おっとりとした人魚にも牽制を入れていた。


 人魚は鬼人に身体能力を上げる魔法をかける。

 それを見たクロネは即座に、「ヒートアップ付与」と声を出す。


「そちらも身体強化の付与魔法かっ!」


 魔法の効果もあり、間断なく矢が発射される中、クロネは優々と矢を焼き尽くし歯牙にもかけない。


「今日の私は調子が良い! ここまでの速射は初だ。これならいつまでも耐えられんだろうっ!!」


 凄まじい錬度の攻撃ではあるが、クロネも負けておらず、一瞬でも隙が生まれれば火球を鬼人少女へと打ち出す。

 体が包まれそうなほど大きな火球に、避けながら矢を放つ。


「……避けた? 武器は燃える?」


 考察するように独り言を呟きながら、さらに火球を放つ。


 そんな攻防がしばらく続く中、唐突にクロネは軽くため息をついた。


「……話にならない。その装備にも関わらず弱すぎ」


 挑発的なセリフを述べながら、攻撃の手を緩めず、ひたすら火球を放つ。


「ハァ、ハァ、戯言をっ!!」


 常に動き回っていた鬼人少女は息が上がり始め、額には汗が光る。

 それを合図と言わんばかりにクロネは攻撃を止めた。


「ッ!? なんのつもりだ!!」


 鬼人少女が声をあげると、グンッとまるで自分の体ではないような虚脱感に襲われた。

 片膝をついて耐えていられたのも数秒で、すぐに地面へと倒れ込む。

 ハァハァと息は荒く、目の焦点も定まっていない。


「な、なぜ……」


 その質問にクロネは簡潔に答えた。


「……活動限界」


「そんなバカな。私はいつもならまだまだ戦えている」


「……ヒートアップ付与。火球の熱と回避運動」


 そこで、鬼人少女は自分が重大な勘違いをしていたことに気づいた。


「も、もしかして、ヒートアップで身体能力を向上させたのは、私の方!?」


 攻撃魔法なら無効化されるが、仲間からの補助も想定しているため付与魔法や回復魔法までは無効化されない装備になっていた。

 クロネはその穴をつき、相手にあえて身体能力あげる魔法を使い、暑さの中動き回らせることでオーバーワーク状態にさせたのだった。


「……魔法を無効化する相手への勝ち方なんて100は思いつく。今は一番魔力を使わない勝ち方。慢心が敗因」


 そう告げられた鬼人は敗北を認めると同時に意識を手放した。




「ふむ。クロネも問題なく勝ったな。あとはアリ、お前のノルマだけだな」


 イスズはアリを正面に構えながら、人魚の少女を見据えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る