第27話「魔王禁止 その1」

 3人は台車の上へ木箱を置くとヤマト、クロネ、イスズの順で入っていった。

 アリは元々荷物の様な見た目の為、乱雑に台車へと置かれている。


「……ネブラ。よろしく」


 クロネは目玉とドラゴンを足した様なモンスターのネブラに声をかけてから天板を閉めた。


 木箱の中は真っ暗で、何も見えないがそれゆえに、聴覚や触覚が鋭敏になる。


「イスズ、言っとくけど変なところ触らないでよね」


 全身鎧プレートメイルに包まれた、『元』勇者ヤマトは胸の辺りを両腕で覆うような格好で言った。


「お前のどこを触るんだ! 全身ガチガチだろうが!」


 イスズの声には苛立ちが目立った。


「…………」


 クロネは無言で場所を取らない様小さく丸まった。


「ギギッ!!」


 箱の外からネブラが息を漏らす音が聞こえ、台車が動き始めるとすぐに、


「ギギッ!! 重い!!」


 弱気な声が精一杯の力で放たれた。

 台車は少し動いては止まり動いては止まりを繰り返し、進んでいく。

 微かにネブラの息切れが聞こえてくる様が如実に重さを物語っていた。


「重いって完全にヤマトの所為だな」


 吐き捨てるようなイスズの言葉にすぐにヤマトは反論した。


「ちょっとアタシが重いってそんな訳ないじゃない!! 体重はちょっと言えないけど、イスズより軽いはずよ! この鍛え抜かれたスレンダーな体に無駄な脂肪なんて1つもないわ!」 


「……無駄な脂肪」


 ヤマトの言葉にイスズよりも早く反応したのはクロネで、『無駄な脂肪』というところに引っかかったらしく、自分の胸元を触ってから、ヤマトを殴りつけた。


「ええぇ!! なんでクロネから!?」


「おい、お前ら、あんまり動くな! 狭いだろッ!!」


「元はと言えば、イスズがアタシのこと重いって言ったのが原因でしょ!」


「どう考えても鎧を着てるお前だろうが一番はッ!!」


 イスズたちが言い争っていると、「ギギッ! ちょっとウルサイ!!」と今までずっと下手に出ていたネブラから注意を受け、静かになった。


「ギギッ。もうすぐで王の間に着きます。静かにしていてください」


 数分の後、再びネブラの声が聞こえる。

 なにやら門番の者と話しているようであり、木箱の中身は何かなどを質問されていた。

 ネブラに対し門番の対応はとても丁寧で、さらに木箱をあらためることなくすんなりと通してくれるようであり、伊達に魔王四天王はしていないようであった。


 重厚な扉が開かれる際のギギギィという音を耳にしつつ、ゆっくりと台車は揺れた。

 室内へと進むと、木箱の中だというのに、得も知らぬ圧がかかる。

 これが魔王のプレッシャーかと、ヤマトとクロネは息を呑んだ。


「それが新作か。ご苦労だったなネブラ。お前は下がっていい」


 低く渋みの聞いた声。その声に込められた力だけで魔王だとわかるような迫力。


「ギギッ。もったいないお言葉です。魔王様あとはごゆるりとお楽しみください」


 ネブラはゴクリと唾を飲み、声が緊張に震えながらも言葉を発した。去り際にバレないようイスズたちへメッセージを残す。


「ギギッ。すまねぇ。手伝えるのはここまでのようだ」


 再び扉の開く音が聞こえ、ネブラが退室したことを告げた。



「さて、開けるとするか」


 低い声と共にペタペタとした足音が近づく。

 天板へと手がかけられ、ゆっくりと光が木箱の中へ差し込み始めた瞬間、イスズは動いた。


「どっせい!!」


 天板を押しのけながら、拳を突き上げた。

 勢い良く飛び上がった天板とイスズの拳は魔王へと襲い掛かる。


 グニャ!


 しかし、魔王へと届くかというところで、柔らかく湿った膜によって防がれる。


「むぅ!」


 イスズはその独特な感触に眉根を寄せる。


「自動で防御する水の膜って感じか」


 初撃を防がれ、その理由を推察する。

 そして、それを行った人物にガンを飛ばしながら、姿を確認した。


「……海坊主だッ!!」


 珍しく驚きの声を上げるイスズの目の前には、上半身は一糸まとわぬ姿で隆々とした筋肉を余すことなく見せ付けている。下半身にはグリーンのコンバットパンツを履いており、傭兵を思わせる。

 しかし、何よりイスズが印象的だったのは、その頭部。1本の毛もなく、光が反射するほどの滑らかさを誇る、いわゆるスキンヘッドだった。そして、無骨な相貌に似合ったサングラスをかけ、たたずんでいる。


「よく我が海坊主だとわかったな」


 魔王は自身の種族を明かし、またそれを見破った男を油断なく見つめる。


「お前、その姿で何言ってんだ。誰でもわかるだろ。……もしかして海坊主を知らないのか? 転生前は学生か?」


 イスズの意図するところがわからず、魔王は首をひねる。


「確かに前世は高校生だったが。それがどうした」


「いや、いい。気にするな。少しジェネレーションギャップに打ちのめされただけだ」


 そんなことをイスズが話していると、魔王の背後から数名の女性が声をかける。


「ねぇ、テンペスト様。もしかして敵ですか?」


「どう見ても敵だろう! テンペスト様をお守りするぞ!!」


「あ、ちょっ、ちょっとみんな待ってよ。あたしも~」


 声と共に姿を現したのは三者三様の美少女たちであった。

 手には剣、弓、杖をそれぞれが持ち、さらに彼女たちはそれぞれが扇情的せんじょうてきな服装をしており、イスズ基準で言えば全員が痴女扱いだ。


「チッ、ハーレム魔王かよ」


 唾棄だきすべき存在にイスズは舌打ちすると、イスズよりも更に恨みを募らせる男が声高に叫んだ。


「チクショォォォォガァァァァァァァアアアッッ!!!」


 木箱の横から発せられた声の主、魔杖アリエイトは動けないもどかしさからか、無駄に声を張り上げる。


「なんでオレは野郎ばっかりで、コイツには美少女が3人も!! しかも口ぶりからするに高感度MAXじゃねぇか!! クソーッ。羨ましい、イヤ、恨めしい、イヤイヤ、羨ましくて恨めしい!! やるぞ! イスズ。世間の厳しさってヤツを叩き込んで、二度と立てないようにしてやるぅぅぅッッ!!」


「うるさいッ! 黙れ!!」


 イスズはアリを蹴り上げた。「うあ~っ」と奇声を上げるアリに構うことなくイスズは言う。


「魔王を倒すのは勇者の仕事だ。俺はトラック乗りらしく、そこまで送り届けるのが役目だッ!!」


 落ちてきたアリをパシッと掴みながら、『元』勇者の者の名を叫ぶ。


「行けッ! ヤマトッ!!」


 イスズの言葉と共に箱の中から1つの影が飛び出し、魔王へと剣を振るう。


「させないよ~」


「させるかッ!」


「ダメ~~!」


 側近の美少女たちがそれぞれに妨害しようと武器を構える。


「させるかよぉ!」


 アリを横なぎで振るい、側近の美少女たちの攻撃を止めるが、弓矢だけはすでに放たれ、ヤマトへと襲いかかる。

 しかし、その矢がヤマトへと辿りつくことはなく、すんでのところで灰と化した。


「……邪魔させない」


 クロネは木箱の中からゆっくりと立ち上がり、側近たちを睨みつけた。



「だあぁぁぁッ!!」


 ヤマトの前にある全ての障害がなくなり、全身全霊を込めた一撃を魔王へと見舞う。


 ぐにゅぅん。


「無駄だ」


 ロングソードによる一撃は、イスズの拳を防いだ膜と同じものによって容易に防がれる。


「――ッ!」


 一度体勢を立て直す為、距離を取ると、魔王はさも余裕という表情を見せ、大きく両手を開き、演劇のように語り出した。


「ふんっ。いきなり攻撃してくるとは品のないッ! 我と立ち会う気ならば、まず名乗れ! 勝負はそれからだ」


 ヤマトは兜の下で怪訝な表情を見せたが、名乗りを上げる。


「アタシはヤマト! あんたを倒して勇者になる者よッ!!」


「なるほど、ヤマトか。良い名だ。我が名は魔王テンペスト。種族は大嵐の化身、海坊主だ。ところで、ヤマト、お主我がハーレムに加わる気はないか?」


「……ハァ!?」


 ヤマトは一瞬何を言われているのか判断できなかった。


「だから、我のモノになる気はないかと聞いている。鎧で見えないがその声音とスタイルから見て平均以上の美貌は持っていそうだからな」


「ふざけないでよね!! 誰があんたのモノになるかッ!」


「よかろう。ならば力ずくでいう事をきかせよう」


 ヤマトとテンペストは同時に攻撃を繰り出すべく踏み込んだ。

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