第26話「下着禁止」

 ヤマトの介抱をクロネとネブラに任せ、イスズは奥に置かれていた木箱を調べ始めた。

 ネブラの話では、この木箱に研究の成果を入れて運び入れる手はずになっている。


「これなら、俺が入っても大丈夫そうだな」


 人間2~3人くらいは簡単に入りそうな木箱を見つけ、中を確認してみる。


「こりゃあ……」


 木箱の中には、様々な服やアクセサリーが詰め込まれていた。

 しかも、そのどれもが女性用のものだった。


 イスズは1つ手に取ると箱から出した。

 首もとにふさふさのファーがついたコートを見て眉根を寄せた。


「これがさっき言ってた魔物を素材とした研究の一部か」


 ファーにはキツネのような魔物の顔まで装飾として付いており、先の話を聞く限りならば、キツネのような何者かが犠牲になっているのだろう。

 他のモノも手に取ってみるが、大量の鱗で作られたドレススカートや碧眼がまるで宝石のようにつけられた指輪。


 どれも一見すると美しい出来で、魔物をイスズの居た世界の基準で、キツネや真珠、鳥の羽や羊の毛などと同じ位置づけとするならば、充分に女性を喜ばせるだろう。

 さらに側に置いていたアリの話では服にはどれも様々な魔法が付与されているらしく、普通に作ったのではまずお目にかかれない効果がてんこ盛りだそうだ。この魔法付与がヴァンの研究の成果の一部なのだった。


 だが、この世界では、いや、クロネの世界では服飾品にされた彼らは仲間であり部下でもあったはずであり、今の魔王とは決定的に考え方が違った。


「例えるなら、学校で皆で飼ってたブタが卒業後に勝手に食われてたって感じか。その為の生き物だったとしても胸糞悪い話だ」


 ぽつりと呟いてから、服を雑に扱うのも躊躇われ、近くに畳んでそっと置いた。


 その時、「う、う~~ん」とヤマトが目覚める声が聞こえ、一応イスズも振り返って状態を確認した。


「えっと、クロネは無事?」


 目を覚まして開口一番に口にしたのは自身の心配ではなく、クロネの心配をするあたり、かつて勇者と呼ばれていた所以なのだろう。


「……」


 クロネは黙って頷いた。

 パーカーのフードを目深にかぶり、決して顔を見せず何度も頷いた。



 一段落すると、ヤマトは自分の格好を見て驚いたようだが、露出の多い格好をしていることより、それによってイスズから鉄拳が飛んで来ないかを気にしている素振りだった。


「……あれ? 何も言われない?」


 そこで大人しく鎧を着始めればいいものを勘違いして調子に乗ったヤマトは、豊満なバストを見せ付けるようにイスズの隣へ行き、声をかけた。


「ふふんっ。とうとうアンタもアタシの魅力に気づいたようね。全く本当はアタシの裸が見たいのに、今まで照れてたんでしょ~。まぁ、大事なところは大事な人にしか見せないけどねッ!」


 イスズは不愉快そうに顔をしかめ、立ち上がった。

 自身が着ているジージャンを脱ぐと、さっとヤマトに羽織る。


「そんな格好じゃ風邪引くぞ。お前のこと勘違いしていた。ここ最近はジョニーを守ってくれたり、クロネをかばったり、意外とやる奴だって――」


 イスズは笑顔でヤマトの肩にジージャンの上から両手を置く。

 両手はだんだんと間隔が狭くなり、ヤマトは胸に手を伸ばして来たのかと一瞬ドキッとしたが、すぐに鎖骨から首筋、そして手は交差していき――


「思っていたのに、なあ!!」


 ギリギリとジージャンを介し首が絞めつけられていく。

 違う意味でドキドキし始めたヤマトは、


「ちょっ、まっ! 完全に決まってる! 落ちちゃう、落ちちゃう!!」


 ふっと力が緩み、なんとか意識を手放すことは回避出来たが、依然としてイスズの両手はクロスされたまま、いつ再開されて落とされるか分かったものではない。


「このあと、すぐに何するか判るよな?」


 ヤマトはガクガクと頷いて、全身鎧に視線を向ける。


「良し。いいだろう」


 今度こそ完全に手を離し、ヤマトを解放する。

 ヤマトはいそいそと全身鎧へと向かった。


「ねぇ、これってスライムに飲まれたし、ベトベトじゃない?」


 ヤマトは鎧を前に着込むのを躊躇していると、イスズは魔杖を構え、アリにどうにかするように脅すように伝えた。

 次の瞬間、ベト付いていたスライムは意思を持ったように大きなスライムの方へと動き出しひとつへと還っていった。


「頑固なベタつきもこれ1本。一家にひとつほしいな」


 アリを掃除用洗剤のように評した。


「確かにキレイになったわね。これなら着れるわ」


 ヤマトが大人しく鎧を着始めると、程なくしてイスズが隣へと寄って、耳元でささやいた。


「もし転生者相手に手こずる場合があったらこう言え――」


 イスズは以前アリから教わった魔法の言葉をヤマトへと授けた。


「ごめん、言っている意味がちょっとわからないんだけど」


「こっちの言葉だからな。とにかく困ったら今の言葉を一言一句正確に言えばいい」


「まぁ、よくわからないけど、わかったわ。ありがとう」


 ヤマトは着替えを再開し、イスズは箱の物色を再開した。



 全部出して自分たちが入ろうと思っていた木箱は思いのほか多くの服などが入っていた。

 上の方はアクセサリーやコート類など、まともなのが多かったが、箱の半ばを過ぎたあたりからは全て下着だった。


 レースのついたブラジャーや精緻な刺繍の施されたパンティなどの可憐なものから、アマゾネスが着用するような甲羅で出来たブラや丈夫ななめし皮のパンツなど、種類や品数を見たら頭痛がしてきそうな程であった。


 この惨状を目の当たりにして、イスズは作ったヴァンが変態なのか、指示した魔王が変態なのか、どちらもなのか頭を悩ませた。

 ヤマトは気に入る物が何点もあったらしく、もらってもいいか、イスズに尋ねてきたが、どれもが痴女が身に着けそうなものであり、即座に却下された。

 クロネは、凄まじい魔法が付与されていることに複雑な心境だった。


 弱肉強食の魔物の世界。材料や研究に使われるのはクロネが嫌がっただけで、素材とされたものはここまでスゴイものに変貌を遂げたのならば、本望とまではいかないが、死んだ甲斐があるとは思えたかもしれない。


「ワタシが戦争で殺すより、よっぽど有意義な死かもしれない……」


 そんなことを呟くと、不意に拳が上から落ちてきた。


「……痛い」


「バカヤロウ! 死に有意義なんてあるかッ! 誰だって死なない為、死なせない為に戦うんだ! 戦争だろうと研究素材として死ぬのもどっちもクソだ! お前がまた魔王になったらみんなが生きる道を探せ!!」


 クロネはコクリと頷いた。


「ここからは完全に主観だが、俺は下着にされるくらいなら、戦って死にたいな」


「アタシもパンティにされるくらいならちゃんと戦って死にたいわよ。一番は老衰がいいけどね」


そう言って笑顔を投げかけるイスズとヤマトにクロネも笑みをもって応えた。


「さて、木箱も空きが出来たし、ここに3人で入るぞ! いよいよボス戦だ」


 イスズの拳骨の骨をゴキゴキと鳴らす音が響いた。

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