第23話「狙撃禁止」

 翌朝、日が昇ると同時に野営を片付け始め、早々にトラックへと乗り込む。

 助手席に座る者を決めるため、ヤマトは他者を押しのけようとするのだが、その途中裏拳をイスズにお見舞いし、怒ったイスズにそのまま荷台へと詰め込まれた。

 その結果、現在助手席にはクロネが座り、ヤマトとアリは荷物のように荷台に投げ込まれていた。


 エンジンが静かに掛かり、EV車特有のなめらかな走り出しに眉根を寄せながらも、しっかりとハンドルは握り、前を見据える。


 隣に座るクロネは早朝の為、まだうつらうつらとしており、今にも船を漕ぎ出しそうであった。


「……すごく、早い」


「もっとシャッキリしろッ!!!」


 くわぁ~っとあくびを漏らしながら呟くクロネを怒鳴りつけながら、左手で頬をつねりあげる。


「い、痛いっ!」


「目が覚めたか?」


 涙目で頬をさするクロネは精一杯頑張って、「……はい」とだけなんとか言うことが出来たが、小さな声ではダメだったようで、イスズはもう一度目が覚めたか聞いてくる。


 頬の痛みも少しは良くなったクロネは、大きな声で今度はきちんと、「はいッ!」と返事した。


「そうか、目が覚めたようだな」


 この一連のやり取りの間もイスズは一度も視線を前方から逸らさず安全運転に努めた。

 その行動が功を奏し、いち早く前方の不可解な光に気づくことができた。


「なんだありゃ?」


 その光が凄まじい速度で飛来してくるのを見て、咄嗟にイスズはハンドルを切った。


「きゃっ!」


 なんとか光を避けることに成功したが、急にハンドルを切った為、隣の助手席に座っていたクロネは体を大きく振られ、今現在はイスズの膝に覆いかぶさるような形になっていた。


「おい。なぜシートベルトを締めていない?」


 苛立った口調でクロネに語りかけ、首根っこを掴んで席に戻しかけた瞬間、


「ッ!!」


 再び光の閃光がジョニー号を襲う。

 イスズはクロネから手を離し、ジョニー号を操作し、ギリギリでかわす。


 クロネは自分の立ち位置を心配し、イスズの表情を確認しようと顔を上げると、声にならない声を上げた。


 悪魔も尻尾を巻いて逃げ出すような禍々しい笑みを浮かべてはいるが、その瞳には漆黒の意思が宿り、1ミリたりとも目は笑っていない。

 激怒。その2文字以外にこのアンバランスな表情を表現する方法をクロネは知らなかった。


「ヤロー。1度ならず2度までもジョニー号を狙いやがった。ふ、ふふっ。いいだろう。俺とジョニー号の本気を見せてやろう」


 イスズはいくつかの計器をいじり、最後にクロネを退かし、ハンドルの下へと手を伸ばした。


「行くぞ! リミッター解除ッ!!」


 すぐには変化は訪れず、クロネは首をひねる。


「シートベルトつけてろ!」


 それだけ言い放つと、イスズの手と足は絶え間なく動き、左手に位置するレバーがガコガコッと動いていく。

 通常トラックは安全の為90キロまでしかスピードが出ないようになっているのだが、イスズはそのリミッターを切ったのだった。


 次第にジョニー号のスピードが上がり、「7速」とイスズが呟いた時点で、左手がハンドルに戻された。


 最高速140キロを叩き出し、疾駆するジョニー号に追いつける生物はおらず、迫り来る光線さえもジョニー号は俊敏にかわし続ける。

 右へ左へと動く度にクロネの体は揺らされたがシートベルトなるもののおかげで、始めのときのように飛ばされることはなかった。


 クロネは自身の安全はある程度確保されたことに胸を撫で下ろしたが、後ろから聞こえるガコンッ、ドコンッ! という嫌な音に冷や汗を浮かべた。


何発も撃たれる光線をものともせず、その出所、魔王城へとその距離を詰めていく。


「限界を超えた力を出してるんだ。今の俺たちに敵う奴なんぞいねぇ!!」


 イスズはとうとう目視で光線の出所を確認する。


「なんだありゃ? 目玉お化け?」


 魔王城の塔の1つの上に目から光線を放つ魔物が鎮座している。

 その外見はお化けと呼ばれても仕方なく、1つ目の目玉に竜の胴体に翼と足が付いているようなモンスター。一般にはイビルアイという種族で知られている。


「……やっぱり」


「クロネ、知っている奴か?」


「あれは、魔王四天王――」


 ギュギュギィィーーー!!


 距離が近づいたことにより、より早く敵からの攻撃が迫る。

 ジョニー号のスピードにはまだまだ付いて来れていないようだが、少しずつではあるが、着弾位置が近づいている。


「聞こえん!! もっとデカイ声で話せ!!」


「あれはッ!! 魔王四天王!! 西のッ! ネブラッ!! 監視、観察に最も優れている!」


「なるほど。だから狙撃じみたことができたのか。だが――」


 すでにジョニー号は攻撃を避けつつ、ネブラを魔法の射程距離にまで捉えていた。


「クロネ、お前の魔法ならこの距離なら一撃だろ」

 

 さあやれ! ほらやれ! と言わんばかりのイスズにクロネは首を横に振って答えた。


「……できない」


 イスズは深刻に答えるクロネに眉根を寄せて、聞き返した。


「何か理由があるのか? 仮にあったとして、その理由はもちろんジョニー号を狙ったことより重い理由なんだろうな?」


 クロネは言葉を選びながら口を開いた。


「ネブラは魔王城の経済管理などの事務全般、またそれに携わる魔物の後身指導もになっている」


「つまり?」


「ネブラがいなくなると、たぶん、魔王城が機能しなくなって魔王自体衰退する」


 イスズは言葉の意味を考えた後、結論を出した。


「それって、もう。あいつが魔王なんじゃ……」


「…………」


「まぁ、いい。とにかく理由はわかった。ジョニー号を狙った奴を攻撃しない理由としてはギリギリラインだな」


 魔王城の存続とジョニー号の大切さがイスズの中でほぼ同じということにクロネは戦慄しながら、先ほど倒れ込んだときに傷などつけていないか周囲を血眼になって確認した。


「さてと、ならどうやってあいつを無力化するかだな。足場を攻撃は?」


 ふるふると首を横に振る。


「魔王城は外からの攻撃に対して障壁が張られる」


「なら、とりあえず奴の死角。魔王城の裏へ回り込むか!」


 イスズがハンドルを切ろうとすると、


「ダメッ!!!」


 一際大きなクロネの声がジョニー号の中に響き渡った。


「腹からのいい声だが、なにがダメなんだ?」


「魔王城の裏手にはネブラの攻撃を避けようとした者を誘い込む罠がある」


 クロネは魔王城の裏手を指差し、よく見るように促す。


「あの辺りから草原に生える草の種類が違う」


 イスズがよく目を凝らして見ると、一見わからないが確かに草原の一部から、葉が鋭く尖った形状に変わっていた。


「硬質化した葉を持つ剣草ソードリーフという植物。その名の通りまるで無数の剣が置かれているのと同じ」


「誤って踏むとただじゃ済まないってことか……」


 イスズはジョニー号のパンクの心配をし、向かうことを断念する。


「なら内からだな。玄関横付よこづけにしてやるから、お前は降りてあいつをどうにかしてこい!」


「それなら……。たぶん」


 ジョニー号は進路を決めた。魔王城まで敵の攻撃を掻い潜り横付けするべく、アクセルを踏み込む。


 近づくにつれ、ネブラはどうやら少しでもダメージをという思いから、威力は先ほどまでより落ちるものの、さらに速射性を上げ攻撃してくる。


 いつ当たってもおかしくないその光線をイスズとジョニー号のコンビはギリギリでかわして行く。


「よし! クロネ、シートベルトを外してドアを開けろ!」


 イスズが指示を出し、クロネがドアを開けた瞬間、ブレーキを踏み込み、ハンドルを回す。

 ドリフトをかましながら魔王城へと横付けする。


「きゃあああ!!」


 クロネは普段ボソボソ喋っているとは思えない声音で悲鳴を上げながら、ジョニー号より振り落とされた。


 2転、3転とゴロゴロと転がって魔王城の入り口へと辿りついたクロネはよろよろとしながらもすぐに立ち上がり、ローブの乱れを直しながら魔王城へ突撃した。


 一方、イスズとジョニー号は、横付けした為の減速により、今まさにネブラの光線の餌食になろうとしていた。

 魔王城に背を向け走り出してはいたが、バックミラーに見える光線はどうしても避けきれない。

 一撃はどうしても喰らってしまう。


 イスズは心の中で、ジョニー号への謝罪の言葉を何度も繰り返した。


「避けられない。だが、俺はお前を見捨てないッ!!」


 イスズは喰らうにしても最小限のダメージに抑えようと、目を見開き、光線の行く末を見定めていた。その時、


 バァン!!


 荷台の扉が荒々しく開かれ、中の人物が発した大声が運転席にまで届いた。


「さっきからなんなのよもうッ!!! 右へ左へ何度も曲がって痛いじゃないッ!!」


 声の主、『元』勇者のヤマトは原因の光線を見定めると、ロングソードを引き抜いた。


「これの! 所為かぁぁ!!」


 一閃。


 光線を弾き飛ばし、はるか上空へと消えていく。


 イスズは運転席で、「良くやった」とヤマトには聞こえないくらいの声量で褒め称えた。


 それからのジョニー号は敵なしで、魔王城から離れ距離もできた為、いくら連射されようとも一撃をかすることすらなかった。


 そして、ついに狙撃が止んだ。


 イスズはジョニー号をゆっくりと止めると、遠くに見える魔王城を見ながら、


「クロネのやつ、上手いことやったみたいだな」


 と呟き、今度は車体に傷がないかを確認し始めた。

 泥はねこそ多大にあったが、目立った傷もなく満足気にドアをぽんっと叩く。


「ジョニー号にも無理をさせたな。140キロとか普通出しちゃまずいしな。まぁ、ここは魔王の私有地だしOKだろうがな。……私有地だよな」


 少しだけ不安になったイスズは魔王を倒した後で聞いてみようと密かに考えた。

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