第24話「仕掛け禁止」

 イスズたちがネブラの猛攻を凌いでいる頃。

 魔王城の玄関へとダイナミックに降ろされたクロネはネブラを殺さず無効化するため、魔王城へと忍び込んだ。


 久々の我が家とも言うべき魔王城に、さぞ懐かしさを感じるだろうと思っていたクロネだったが、そこで目にしたものは――。


 等間隔に並んだ電球により、室内はしっかりと明るく、以前の不気味な薄暗さは欠片も見当たらなかった。それだけではなく、鼻につく死臭は代わりにほのかなラベンダーの香りに。そこかしこに転がっていた死体や骨は1つもなく、壁にべったりと染み付いていた頑固な血の汚れも全て落とされていた。


 人間の王城のような清潔感に、クロネは居心地の悪さを感じ、同時にここは自分の物ではすでになくなっているのだと思い知った。


 たった独りでこの現状を目の当たりにしていたら、クロネの歩みは止まっていたかもしれない。だが、今は共に戦う仲間が、自分を信じて戦っていてくれる。その事実がクロネの背中を押した。


 景観はがらりと変わっているが、かつての自分の城。ネブラが潜んでいる場所までの道のりは把握していた。


 クロネは見つからないようひっそりと物陰に隠れながら移動する。その様子は小動物を思わせるチョコチョコとした可愛らしいものだった。そうして移動していると、正面から2人のネズミの獣人が歩いてくる。

 動かずにやり過ごそうとするクロネの耳には、改善された労働環境、手厚い福利厚生に感謝しつつ、以前の体制を批判する言までが聞こえて来た。


 クロネは顔を引きつらせ、文句を言いたいのをこらえてなんとか2人が通り過ぎるのを待った。


「……ふぅ」


 怒りを静めるため軽く深呼吸し、ネブラの元へと続く道の探索を続けた。


「……確か、この辺」


 一見何の変哲もない石壁を手で触っていると、一箇所だけ手触りが違う石を見つける。

 それを思い切って押すと、ゴゴゴッ! と音を立てて壁の一部が開き、階段が現れる。


 上へと続く階段を見上げ、昔と構造は変わっていないことに胸を撫で下ろした。


 階段へと一歩足をかけると、不意に後ろから話かける声があった。


「おい。お前見ない顔だな」


 とっさに振り返ると、先ほどやり過ごしたと思っていたネズミの獣人2人が立っている。


「もしかして――」


 潜入していることがバレたのならば極力やりたくはないが、消すことも視野に入れ身構えていると、


「今日来るって言っていた中途採用の子か? ネブラさんならこの上だから。あっ、そうだついでにこの資料も届けておいて」


 ネズミの獣人はそう言って封筒をクロネに渡す。


「実力試験頑張ってね~」


 資料を渡してきたネズミが手を振って立ち去るのを横にいた獣人が肘で小突き、「試験あること言っちゃダメだろ」といさめた。


 クロネは封筒を見つめながら、「このボクが雑用……」と怒りに震えたが口には出さなかった。


 気を取り直し、階段を一歩一歩登って行くと、ネブラの独特な甲高い声が響き渡った。


「ギギッ! 良く来てくれた。この階段は私の部屋へと通じているが、そこに至るまでいくつもの罠を配置させてもらっている。その突破の仕方を実力試験として配属先を決める」


 あまりにも事務的な内容にクロネは録音により流されたセリフだと断定し、無視して進もうとし、一歩足を出す。


 ヒュンッ!!


「ひゃっ!!」


 頭上目がけ飛んできた矢を驚きながらもギリギリで避けたはいいが、ローブのフード部分に突き刺さり、壁へと張り付けにされる。


「う~~っ」


 フードをやぶって脱出するが、これで完全に顔を隠すことはできなくなった。

クロネは童顔な可愛らしい顔とクルクルとカールした金髪に羊のような角をあらわにした。クロネの魔王時代を知るものが見たら、一発で『元』魔王だと気づかれる風貌である。


 いまさら迷っている場合ではなく、決意を固めると、とたんにムカムカと腹が立ってきた。


(ボクが知らない程度の新人には雑用を任され、元部下にはこんな試すようなマネをされ、あまつさえ狙撃まで受けたッ!! この屈辱は必ず返す!!)


 その場で、足をカツンっと踏みつけると、周囲は霜に覆われ、次第にピキピキッと音を立てて凍り出した。


 クロネの張った氷により全ての罠は凍てつき、その動作を止めた。


「……ふんっ」


 不愉快そうに鼻を鳴らし、悠々と階段を登って行った。



 階段を登りきるとそこには一室が用意されていた。


「……昔はなかった」


 初めて見る部屋だったが、部屋の中央よりやや後ろに設置された重厚なデスク。その上に積まれた書類を見て、すぐにネブラ専用の仕事部屋だと推測できた。

 クロネは渡されていた書類をデスクの上へ置き、一瞬だけ仕事量の多さに同情の色を浮かべた。


「……試験は許さないけど」


 それから部屋を一周見回す、以前にあったはずの階段が続く位置には今は書類棚が設置されており、その後ろは壁になっている。

 ここで行き止まりのように見えるが、事実ネブラは狙撃を行っている。どこかに隠し通路があるのは自明の理だろう。


 クロネは一番怪しい書類棚を調べ始めたが、一向に隠し通路は見つけられずにいた。


「……まだるっこしい」


 クロネは、「ゼログラビティ」と唱えると書類棚は紫の光に包まれる。


 しかし書類棚は紫に光るだけで、ピクリとも動かない。


「おかしい。……浮かない」


 ゼログラビティは本来なら物体の重力をゼロにする魔法なのだが、書類棚はその状態にあるにも関わらず浮かばないということは――。


「……壁に付けられている」


 動かせないよう。もしくはここまでの階段の入り口のように何か仕掛けが施されている可能性があるということだった。


 クロネは一瞬逡巡してから、軽くなっている中身だけを宙に放り、空になった書類棚に手をかざした。


 書類棚は次第に紅く染まっていく。


 どろりっ!!


 書類棚は原型を留めない程に溶け、後ろの壁の全面をさらけ出す。


 クロネは壁をコンコンッと叩き、そこだけ周囲の壁と音が違うのを確認するのと火球を生み出し叩きつけた。


 壁はボロボロと崩れ去り、謎の空間が現れる。

 その空間に足を踏み入れると階段が出現し、その先にはうっすらと光が見える。


「……外に続いてる。前と一緒」


 仕掛けの数々には驚かされたが、最後には自分が見知ったかつての通路の出現に郷愁きょうしゅうを誘い、同時にほっとする。


 階段を登りきると、そこには1つ目の魔物、魔王四天王のネブラがイスズのトラックの方向を向き、目から幾度となく光線を放っていた。


「ネブラ……。書類なら下に置いた。今すぐ戻れ」


「ギギッ! 書類だとっ! そんなものあとだ! さっさと出て行け!」


 クロネの方を一度も見ることなくまくし立てる様に告げる。


「……へぇ」


「それとお前、中途採用の者だな。野良ノラの時はそんな舐めた口調でも良かったかもしれんが、これからは厳しいからな! 次そんな口を利いたらどうなるか――」


 ガァンッ!!


 全てを言い終わる前に、ネブラの体は地面へと押し付けられた。

 まるで自身の体が2倍にも3倍にも重くなったような感覚に狼狽する。


「ギッ、ギギッ! な、な――」


 ネブラはそこで初めて気づいた。

(な、なんで中途採用のやつがここに来れるんだ? 2重、3重の仕掛けを施し、正しい手順を知らぬものには辿り着けないようになっているのに。い、いや、そんなことより、この魔法ッ! この重圧は――)


「……で、口の利き方がなんだって?」


 ネブラはなんとか体を動かし、視線の方向を後ろの人物に向けると、自身の考えが正しかったことを確信する。


「ギッ、ギッ。せ、先代魔王クロネ」


「……ふぅん。ボクのこと呼び捨て?」


 クロネは軽く指を振るうとネブラを襲う重力がさらに重くなる。


「す、すみません。ク、クロネ、様」


 息も絶え絶えになんとか、『元』魔王の名を口にする。

 クロネは重力魔法を解除し、ネブラを自由にする。


「ギィ、ギィ、た、助かりました」


「……あれ、ボクたちの」


 クロネはトラックのジョニー号を指差し告げる。


「ギギッ。い、今の魔王様の命令でして攻撃を止めることは……」


 伺うようにネブラはクロネの表情を見ると、柔らかな笑みを浮かべていた。あまりにもこの場面に似つかわず、ぼんやりと自分はこれから死ぬのだと感じた。


「……裏切らない?」


「ギギッ?」


 何を言われたのか理解できずにいるネブラは、素っ頓狂な声をあげる。


「ネブラ。……ボクはキミを評価してる。魔王を裏切りボクの元に再び戻るのなら、今までの非礼はなかったことにしよう」


 服従か死か、その2択を迫られていると直感したネブラは、少しも思案することなく決断した。


「ギギッ。クロネ様についていきます!!」


 元々、クロネが魔王の座から陥落したため今の魔王についていたネブラ。自身の命と忠誠を天秤にかけられたら、迷いなく自分の身を第一に考えるのは自然なことだった。

 ネブラはひれ伏し、忠誠を誓う。


「……ふぅ。良かった」


 クロネは自然と表情が緩む。

 それは幼子が浮かべる笑顔。年齢や種族関係なく全てのモノを魅了する表情だった。

 

ひれ伏していたネブラは残念ながらその顔を見ることは叶わなかったが、ぽつりと呟いたことだけは聞こえ、「今、なんと?」と聞き返した。


「……ッ」


 クロネはさっと後ろを向き、「なんでもないッ!」と強い語調で答えた。

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