第22話「弱音禁止」
星のきらめきがわずかに雲間から覗く薄暗い夜な中、野営の準備を済ませ、キャンプファイヤーのように組んだ大木をクロネの超火力で燃やし、灯りと暖をとった。
大木は他にもイスズたちが座るイスとしても使用され、今までで一番快適な野営となっていた。
「ねぇ、イスズ」
「魔王城の目の前なのに、こんなに大きな火を出して平気なの?」
敵の眼前であることを思えば至極当然の質問を投げかけると、イスズは鼻を鳴らしながら答えた。
「ふんっ。心配ないだろう。転生者の戦い方には2種類ある。1つはアホみたいに正々堂々戦う方法。もう1つはまるで予知能力者のように不意を付き、卑怯卑劣に戦う方法だ」
「ず、ずいぶん極端ね」
ヤマトは苦笑いを浮かべながらもしっかりとイスズの話を聞く。
普段なら、もっとツッコミやチャチャを入れたりするのだが、魔王という眼前の目的を前にし、否が応にも緊張で体が強張る。
「前者なら、俺たちの存在がバレても寝込みを襲ってこないだろう。後者なら、すでに俺たちの存在はバレているから、火を燃やそうが関係ないな」
「そういうものなのね……」
そういうとヤマトは立ち上がり、その場をうろうろとしてから、余っていた大木の側へと向かう。
「なんだ? 落ち着きのない」
イスズは怪訝そうな顔つきでヤマトを見ながら呟いた。
ヤマトは腰に下げたロングソードで大木の枝を一瞬ですべて切り落とし、丸太へと変える。次に先端を細くなるまで刻みこんだ。
細くなった先端を片手で掴むと、丸太を持ち上げた。
頭上まで持ち上げると、そこで止め、一気に振り下ろす。
地面へと着く前に止め、また頭上へと上げる。
「急に素振りを始めてどうした? 気でも触れたか?」
「ちょっと落ち着かなくて」
そういうヤマトの頬は赤く染まり、汗が滴り落ち始める。
丸太を振る度に、豊満な胸部も一拍遅れて揺れ動く。
まるで胸の内の不安や動揺をさとられないように一心不乱に丸太を振り続ける。
その様子を見ながら、イスズは、「努力は裏切らないってやつか?」と問いかけた。
ヤマトはピタリと止まり、目を瞑って今の言葉を考える。
そして結論が出たのか、口と共にまた丸太を動かした。
「努力は裏切るわ」
確固たる確証があると言わんばかりの力強さでイスズの言葉に否定で答える。
「確かに昨日のアタシよりは強くなっている。それは分かるわ。でも誰かと比べたら……」
ギリリッと丸太を掴む手に力が入る。
「生まれ持った体躯や才能、転生者が持つ変な能力や謎の発想。そんなもので簡単に努力なんて追い抜かされるわ」
だから努力は裏切るのだと、ヤマトは語った。
「なら、なぜ今も素振りしている?」
イスズの問いに、まるで全く意識していなかったようで、「へっ?」と素っ頓狂な声を上げる。素振りの手は止まり何と言おうか考え込む。
「えっと、これは……。習慣、そう! 習慣よ! 毎日体を動かさないと気が済まなくて」
イスズは目を細め、ヤマトを見据える。
「なら質問を変えよう。お前はなぜクロネに手を貸しているんだ?」
「急に全く関係ない質問ね」
苦笑いを浮かべながら、再び素振りを再開する。
「いいから答えろ」
少し悩んでから、一言一言しっかりと確認するようにつぶやきだした。
「辛いこともあったはずだし……、納得できないことも……、でも、でもよッ! あの子、一度も諦めないの。絶対に再び魔王になるって!! 今もただ料理を作っているようだけど、体に魔力を常に張り巡らせて鍛錬を怠ってないわ! だから、アタシは……」
「お前もだろ」
イスズはそう言うと、料理の様子を見るため立ち上がった。
「えっ? いまなんて?」
ヤマトの言葉に若干イラッとした表情を見せたが、すぐに、普段通りの表情になる。
「努力は裏切らなかっただろって言ったんだ」
イスズはクロネが作る煮込み料理を覗き込む。
「適当に食べられそうなのを買ったつもりだが、人間が食べても大丈夫なのか、この肉?」
もう完全に別の話題をしているイスズに対し、空気と行間の読めないヤマトは、
「で、どの辺が努力は裏切らないなのよ!」
今度はイラッとしたのを隠そうともせず、露骨に顔に出し怒鳴った。
「うるさい。黙れ! それくらい自分で考えろ! 俺の食事の邪魔をするなッ!」
「う~~、何よ。もっとちゃんと教えてくれてもいいじゃない」
ヤマトは頬を膨らませ、さっきより3倍の速さでムカムカに任せて丸太を振り回した。
その様子を見て、いままで無言だったクロネは小さくため息をつくと、料理をお皿によそい始めた。
「イスズ」
イスズへまず皿を渡し、この料理が人間が食べられることを説明する。
軽く礼を言ってから、イスズは、「いただきます」の声を上げ料理を食べ始めた。
クロネはさらにもう1皿よそうと、ヤマトの元へと運ぶ。
「……ヤマト。んっ」
ぶっきら棒に料理を渡すとすぐにヤマトに背を向ける。
「努力しない人に誰も協力なんてしない……」
それだけ呟くと自分の分をよそうべく、すぐに料理を作っていた鍋の元へそそくさと戻る。その頬は少し紅潮していたようにも見えたが、それがキャンプファイヤーの所為なのか、恥ずかしいことを言ってしまったと思っている所為なのかは判別がつかなかった。
「え!? あっ!! そういうこと。あ~、そっか、そっか!!」
まるで花が咲いたように満面の笑みを浮かべるヤマト。
「も~、イスズったらもう少し分かりやすく言ってくれればいいのに! そうよね。そういう意味じゃ努力は確かに裏切らないわね」
えいえい! と肘でイスズをつついて、照れを隠すヤマトに、イスズは明らかに不愉快そうに顔をしかめる。
「ええぇい! 鬱陶しいッ!! 俺の居た世界じゃ早飯早グソは芸の内って言われて仕事中はゆっくり食ってる時間も勿体無いんだよ!! 時間があるこういうときくらいゆっくり食わせろ!!」
イスズのチョップがヤマトの脳天へと炸裂し、ヤマトの悲鳴が周囲へと轟いた。
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