第7話「ラッキースケベ禁止 その3」

 クロネには魔王としての才覚の1つとして低級魔法ならば自動で打ち消す能力が備わっていた。そのため、この村に着いても1人だけ影響を受けず平静でいられた。

 ヤマトがこけたりするのはいつもの事だったし、イスズが転ぶことも無くはないだろうと村に入った当初はその異変に気づけずにいた。


 最初に異変に気づいたのはイスズが店員に中へ連れ込まれたところだった。

 あのイスズがたかが一介の服屋の店員に引きずり込まれるとは思えなかった。その瞬間から何かの力の働きがあると予測をたて、クロネは魔力探知を行使していた。



 そして今、魔力探知で見つけた場所。中央広場に2人は来ていた。


 中央広場には小さな噴水があり、その噴水には杖のようなものがオブジェクトとして付けられている。

 小さな村なので、広場と言っても大した広さもなく、噴水以外には特に目立った物はなかった。


「明らかに怪しいな」


 噴水のオブジェクトを見つめるイスズにクロネも同調し頷いた。


「とりあえずぶっ壊すか」


 その場で軽く、トンッ! 跳躍し、杖の部分に拳を叩き込む。

本来ならそれで破壊されるはずだったのだが、


「またか」


 見えない壁により阻まれ、拳が届くことはなかった。


 噴水の中に着水したイスズはさらにもう一度、今度は本気で殴ろうと構えると、どこからか声が聞こえて来た。


「ちょっ! 待って!! そんなんされたら壊れるわッ!」


 声の主はスリムな体だが木のような皺を無数に刻む、どうみても噴水のオブジェクトの杖だった。


「……杖が喋ったッ!」


 クロネは驚きの声を上げるが、イスズは、「だろうな」といった感じで意にも止めなかった。


「さて、壊すか」


「なんでっ!? あんたも転生者だろ。オレは転生者で杖になっちまったんだ。それくらいわかるだろ。壊したら人殺しになるぞ。いいのか!?」


「何言ってんだこの杖? 杖なら壊しても精々、器物破損きぶつはそんくらいだろ」


「いやいや、気持ちの問題だからさ。ほら、オレって『元』人だし、目覚め悪くなるよ。ねっ。止めよ。ねっ?」


「そうだな。安心しろ」


 イスズの言葉に杖は安心したように「ほっ」と息をもらす。


「俺は気にしないから目覚めは悪くならん!」


 イスズは杖を掴むとへし折ろうと折り曲げていく。


「噴水から取れないな。まぁいい。このまま壊すか」


 杖はなかなかに頑強で腕の力だけでは折れないと悟り、全体重と腕力を駆使し、テコの原理で折ろうとした。


「いや、待ってよぉ~。オレだって好きでこうなった訳じゃないもん! せめて話だけ聞いて、お願い! 10分、いや5分でいいから」


 あんまりに杖が粘るので、仕方なく手を離し話を聞くことになった。


「う~、痛かった~」


 杖は少しならば自分でも動けるようで身体を前後に軽く曲げ伸ばしし痛みを緩和する。


 さっさと話せと言わんばかりのイスズの視線に、杖はすぐに話に入った。


「オレは元の世界ではサラリーマンで毎日大変な仕事を送って――」


「そういうのいらないから飛ばせ。ここで何をしていたかだけ簡潔に答えろ」


「じゃ、じゃあ、まぁ、なんやかんやあって杖になっちゃった訳ですよ。でも武器って誰かが持ってくれないと意味ないわけじゃん。でもでも、どうやらオレの声が聞こえるのって転生者か魔力が高い人にしか聞こえないみたいなんだよね。

そしたらさ、なぜかオレの持ち主って毎回男な訳よ。男の娘と言われるような可愛い子ならまだしも、毎回ヒゲぼうぼうで、ほとんど顔も見えない様なおじいちゃんばかりなんだぜ。

ただ、どうやらオレすごい高性能みたいでガンガン偉業を達成しちゃうから最終的にはここに祭られるはめに。祭られたはいいけど、あのジジイ、悪用されたらいけないからって聖なるものじゃないと抜けないように魔法で固定していきやがったッ!」


 口はおろか歯すらない杖にも関わらず、その言葉には歯軋りの音が聞こえてくるようなほど悲痛な面持ちがあった。


「なんとか抜け出そうとしたけどオレだけじゃムリだった……。

なんの楽しみもない人生を送っていたとき、一陣の風が吹いた。

目の前の女の子のパンチラを拝ませてくれたんだ。オレはそれが天啓だと思ったね。それから訓練を重ねついに執念が身を結んでオレはラッキースケベのような事象を任意で起こるようになったって言う訳だよ。

でも男に生まれた以上女の子と生で触れ合いたいじゃん!! 頼むオレをここから連れ出してくれッ!!」


「なるほど。お前もあんまり転生した人生に納得いっていないみたいだな」


「当たり前だろッ! 他に上手くいっている野郎どもが憎くて仕方ないくらいだ」


「お前、もしかして自分でラッキースケベ起こせるなら、逆に相手にそれが起きない様に出来たりするのか?」


「え? う~ん。試したことはないけど、たぶん出来る」


 ニヤリと笑みを浮かべ、「気に入った!」と声を上げた。


「最後に1つ。お前、死因はなんだ?」


「死因? オレは通り魔に刺し殺されたから、出血多量によるショック死かな。詳しくはわからないけど」


「車での事故死じゃなきゃそれでいい」


「お前のことを連れてってやる! 俺たちは転生者を倒して憧れをぶっ壊す旅をしている。特にハーレムだのチート無双だのしてる奴らが敵だ」


 杖はイスズとクロネを交互に見る。

 杖は即座に考えた。可愛い女の子とおっさんの2人組み。しかも女の子の方は強い魔力を感じる。ということはオレの持ち主は必然的に……。


「頼む! オレだけイチャイチャできないなんて不公平だ。全員そうしてやるぜ!」


「理解が早くて助かる」


「だけど、お前らにオレを抜けるのか?」


「はぁ? 知るか!」


 そう言い放つとイスズは杖を抜こうともせず、その固定されている土台をぶん殴った。


「ええええぇぇぇ!!」


 噴水のオブジェは見事に粉砕され、杖は先端に多少の欠片を残すが、自由の身となった。


「ちょっ! おまっ。なんて身も蓋もない方法を」


「自由になれたんだから文句はないだろ」


「う、いや、まぁ、そうなんだけど……」


 イスズは狼狽する杖を手にすると2、3度振り感触を確かめる。


「振り心地は悪くないな。お前名前は?」


「え!?」


「なんだ?」


「そっちの魔法使いみたいなお嬢ちゃんが使うんじゃなくて?」


「俺が使う」


「ウソだろ。また男かよ……」


 形状は変わらないものの、明らかに杖は萎れたように見える。


「イスズ……、杖に名前つけるの?」


 ボソボソっとクロネ喋りかけると、イスズは少し考えてから、


「なんでもいいだろ。杖だし杖でいいだろ」


「な、なら、ワタシが考え――」


 クロネがハキハキと全てを喋るより早く、イスズは、「却下」と否定の声を浴びせた。


「な、なぜ……」


「お前、今、絶対中二病みたいなわけのわからん名前をつけようとしただろ」


「中二病?」


「わからなくてもいい。だが、お前のネーミングセンスは危険だと俺の本能が言っている」


「そう……」


 クロネはしゅんと下を向いて項垂れた。


「おいおい、お前ら勝手に話を進めないでもらえるかな? オレにはちゃんと『魔杖まじょう アリエイト』って名前があるんだぜ」


「そうか、じゃあ、『アリ』でいいな。杖と一緒で2文字なのも言いやすくて良い」


「おお! 全然、アリで構わないぞ。むしろ親しみがあっていいくらいだ!!」


 アリが微笑んだように見えた瞬間、村の入り口から破壊音と人々の悲鳴が響いてきた。

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