第4話「奴隷禁止 その2」

 不意打ちで完全に決まるはずだった一撃を避けられたイスズは怪訝な顔をする。


 少年の姿はこの世界の住人のようだが、新品のコートにツヤのある皮服を身に纏っており、少しでもこの世界を見たのなら、この少年がこの歳では裕福過ぎるくらい裕福であることがすぐにわかる。


「お前、もしかして転生者か?」


「へ? なんでそれを」


 少年はきょとんとした表情を浮かべた後、イスズのジーンズ姿を見て合点がいったようだった。


「あ、もしかしてあなた異世界転移者? いや~、転生者は見たことあったけど、元の世界そのままの格好で来る転移者っていうのは初めてみたよ。僕、この世界じゃ奴隷商をやってるコメルって言うんだよろしく」


「転移者でもないし、お前とよろしくもするはずないだろ」


「あ~、もしかしてちょっと誤解があるかもね」


 コメルはニコニコとした笑みを浮かべながら手を叩いた。


「確かに確かに、一般的に見たら奴隷って悪いことだよね。僕らの世界から来てたらそうだよ。僕もおじさんの立場ならそうするかもしれないよ! でも誤解なんだ。ここにいるのは、元々は盗賊や山賊、暗殺者とか悪い奴らばかりなのさ。他には魔王の手下の魔物とか。そいつらを僕が倒すんだけど、殺すことなんてできないじゃん。それで奴隷にしてるってわけ。命も助かるし、悪事もできない。完璧な方法じゃない?」


「なるほどね。こいつらは悪党でお前は正義の味方。だから奴隷にしても許されると」


「そうそう。わかってもらえたみたいで何よりだよ」


 コメルは幼さの残る顔に満面の笑顔を作りながら握手を求めるように手を差し出す。


 普通の転生者ならばここで手をとり共に奴隷商として正義を行っていくという道に進むかもしれない。可愛い女の子と知り合い、敵を無双し、順風満帆な異世界生活を楽しめるかもしれない。

 しかし、イスズの目的は、はなっから別なのだ。異世界転生者への憧れを減らしたい彼が、順風満帆なこの少年と手を組む道理は1つたりともないッ!!


 イスズはコメルのそのニコニコした笑顔目がけ拳を振りぬいた。

 

「ぬぅッ!」


 しかし、その一撃に手ごたえはなく、ブゥンと空気を勢い良く切っただけだった。


「あっぶないなぁ! 何するのさ。誤解は解けただろ!?」


 とっさに距離を取り、拳をかわしたコメルは驚きの表情を見せる。


「はぁ!? 誤解? そんなもん始めからねぇよ! テメーの基準で善悪決めてんじゃねぇ!!」


「なるほどね。あなたは僕にとって悪ってことか……」


 コメルの表情から笑顔は消え、ぐっと姿勢を落とす。

 イスズの拳をもかわした俊足が今、攻撃の意志を持って使われる。

 一瞬で懐に潜り込むと、鋭い一撃を放つ。


 ドンッ! っとイスズの腹部に攻撃は当たるが、それくらいでどうにかなるようではトラック乗りなど勤まらない、と言った風にドヤ顔を見せたあと、重い一撃がコメルの頭上に落ちた。


「ぐっはぁ!」


 身体が、地面に当たり跳ね返るほどの衝撃。

 しかし、このとき、コメルには勝算があった。


「な、なんて威力だ。だが、僕の固有スキル――」


「言わせねぇよッ!!」


 イスズは間髪入れず、浮き上がったコメルの身体、ちょうど肺があるあたりを蹴り上げた。


「ガッぁぁっ!!」


 肺を潰され、喋ることすら適わなくなったコメルは、天井へと叩きつけられてから地面へと落ちる。


「テメー、どうせ今、漢字にカタカナのルビが振られるような技名やらスキル名やらを言おうとしてたんだろ。この異世界転生をぶっ壊す漢。銀河イスズがそんなカッコいいことさせる訳がないだろッ! ……ってもう聞こえちゃいねぇか」


 イスズはまだ逃げられていない奴隷たちに、「逃げていいぞ」と言おうとして止めた。

 コメルの言葉を思い出したからだ。


(こいつら、盗賊とか魔王の手下とか言っていたな……。もしかして使えるんじゃないか)


 ニヤリと、とても奴隷を助けるような男の顔とは思えない凶悪な笑みを浮かべた。



「さて、元奴隷の野郎共、よく聞けッ!」


 イスズは奴隷商の店内の檻を端へめちゃくちゃに寄せて片付け、中央にできたスペースに『元』奴隷たちを集めた。


「まずは性別が女の奴らだ。今後、2股、3股を平気でやるような軟派男や全ての女性をキープで留めて置く優柔不断男、あとは女性の好意に恐ろしいほど気が付かない鈍感男に出会ったらそいつらをありとあらゆる手段を使って破滅させろッ! 今の特徴を挙げた男はお前らを捕まえたやつと同じ転生者である可能性が高い。それがここから逃がす条件だッ!」


 もともと、世間からは爪弾き者にされていた女性が集められていた為、この条件はあっさり受け入れられ全ての元女性奴隷がこの建物から出ていった。


「さて、次は野郎共だな。この軟弱者共がッ!! 盗みや人殺しをするのは意思が弱いからだッ! しかもあげくの果てにこんなところに捕まりやがって。俺が鍛え直してやるッ!!」


 それからみっちり3時間ほど。

 その場に立つものはイスズ以外、誰もおらず、建物の外壁までボロボロになっていることから壮絶さが伝わってくる。


「さて、ここまでやればこいつらも立派な漢になっただろう。そもそも異世界の男の魅力が少ないから転生者になびく女が増えているのかもしれんしな」


 イスズは転生者であるコメルの前まで近づくと、考えるように腕を組んだ。


「転生者の処遇だが、どうすればいいものか……。普通に農業でもして慎ましく生きていくぶんには特に問題ないし、要はチートスキルがなくなればいいのか」


 神に出会ったときにそういう能力もつけてもらえばよかったと今更ながら後悔したが、イスズは過去をあまり振り返らない漢、すぐに別のことを考える。


「ということは、こいつがアコギな商売をする度に俺がぶっとばせば実質チートスキルもないようなものか……」


 イスズは倒れているがまだ意識の残っている元奴隷たちに告げた。


「おい、お前ら、もしまたこいつが悪さをするようだったら俺に言えッ! それから明らかにおかしい強さを持っている奴がいても俺に伝えろ! そいつらは転生者というふざけた野郎共の可能性が高いッ!! いいか!?」


「…………」


 しかし、元奴隷たちからは返事がない。まるで屍のようだ。


 ドンッ!


 壁を撃ちつけ、穴をあけると、イスズは再び聞いた。


「いいな? 返事をしない奴は死んでるとみなして今この場で埋葬するぞコラァ!!」


 そのセリフに一同、最後の一滴の力を使い、全力で返事をした。


「良しッ! いい返事だ!!」


 笑顔になったイスズはドアを蹴破りながら奴隷商を後にした。



「さてと、あいつらは上手くやってるのかな?」


 イスズは門へと戻ってみると、そこかしこから煙があがっているかと思えば、氷柱が刺さっていたり、地面が凹凸デコボコに隆起していたりと凄惨なありさまだった。


「流石、元魔王なだけはあるな」


 しかし、その場にはすでに誰もおらず、戦いは終結したことは明らかだった。

 元魔王クロネはトラックに戻っているだろうから心配ないとして、問題は元勇者ヤマトがどうなったのかだった。

 王道展開で言えば城に連れて行かれて持てはやされているところだろう。


 合流場所として指定したトラックへ戻るべきか、それともヤマトを探しに城内へ行ってみるか逡巡していると。


「ああ~、良かった。まだ居た~~」


 疲れきったOLのようななんとも言えない悲壮感漂う声が背後から聞こえて来た。

 イスズはすぐに振り返ると、そこにはゲッソリとした表情の元勇者ヤマトがロングソードを杖代わりにして立っていた。


 イスズはヤマトを見るやいなや、冷ややかな視線を向け。


「おい。すぐに防具屋に行って買い換えて来い」


「ですよねぇ」


 ヤマトの装備はいつの間にか、始めに会ったときのような肌の露出の多い防具になっていた。


「なんか、魔王クラスに強い魔物を退けたってことで王様に気に入られて、気づいたら最新装備のこれを着させられてたのよ」


「それが最新? ウソだろ? なんなんだ異世界ってのは変態ばかりか……。いや、すまん、俺の世界の方も変態具合ではどっこいどっこいだ」


「えっと、一応、魔法で身体全部を守るっていう最新のタイプなんだけど……。アタシは結構好きなんだけど……」


 元々似たような装備をしていた元勇者ヤマトの感覚ではこの装備は機能的で尚且つビジュアルも良いという風に見えるようだった。


「ほぉ。なら俺が全力でその露出したスネを蹴り飛ばすが、それでも耐えられたらその変態装備を認めてやろう」


「ちょっ、ちょっと待って! ムリムリムリッ。ただの拳骨であんな痛かったのに、本気の蹴りとか下半身なくなっちゃうわよッ!!」


「ああ、そうかもな。それに本気? 違うぞ。今の俺ならきっと本気以上。120%の力で蹴れるはずだ」


「なんでパワーアップするのよッ!」


「言っただろ、その格好は異世界から来た奴らを覚醒させるって。で、どうする?」


「防具屋で売って別の装備を揃えてきます!!」


 ヤマトは回れ右をして走り出した。



 十数分後。

 キラキラと光沢のある全身鎧プレートアーマーに包まれ、厳かな雰囲気を纏う元女勇者が現れた。

 もちろん兜も装備しており、戦闘時には彼女の可憐な素顔は見ることは適わないだろう。


「それならいいな。さてと、奴隷商はぶっ潰した。再建するにしても時間はかかるだろう。その間に次の目的だが、魔王とその幹部あたりでも倒そうと思う。ついでに魔王を倒そうと旅をしている勇者も倒す。その功績をヤマトとクロネお互いが言えば『元』が取れるんじゃないか?」


「ふ、ふふ。簡単に言ってくれるわね。でも勇者を倒すのには大賛成よ。アタシを『元』に追いやったこと泣いて後悔すればいいわッ!!」


 ヤマトは完全に勇者のセリフではないことを言っていることを気にもせず、拳を強く振りかざした。


「ああ、その意気だッ!!」


 その後、防具を売って余った金で、これからの旅に必要になりそうな生活物品を買い揃え街を後に、ジョニー号へと戻った。



 ジョニー号にはすでにクロネが待機していた。

 あまりに待ち時間が長かったのか、助手席に丸くなりスヤスヤと寝息を立てている。


「あれ、クロネ寝てるの? ってことはもしかしてまた」


 全身鎧を着込んだ元女勇者ヤマトは嫌な予感に汗を額に浮かべる。


「いや、お前はクロネ関係なく荷台だから」


 イスズは親指で指し示す。


「なんかあんたクロネにだけ優しくない?」


「気のせいだろ。痴女のお前に厳しいだけだ」


 イスズはヤマトを無理矢理荷台へ押し込めると、ジョニー号を走らせた。

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