第3話「奴隷禁止 その1」

 大都市『エスパダ』

 石造りの建造物が目立つ、この世界で一番大きな都市である。

 文化・経済ともに発達し、芸術にも力を入れていることから都市の発展度が見て取れる。

 その証拠に家屋一軒一軒ですら芸術品のようなおもむきがあり、最高の景観を見るものに与えている。

 中でも街の中心に見える円形闘技場は観光客に人気のスポットでその興行だけではなく闘技場自体の建造を見物するだけでも価値があると言われるほどであった。


「ま、そんな、この都市の情報は関係ないわな」


 ヤマトに説明を受けるイスズだったが、彼ら3人はそもそも、その門すらくぐれていなかった。


「おい。入るのに金が必要なんて聞いてないぞ!」


 異世界ものではお約束の街に入るのに金がいるという状況に、イスズが『元』勇者ヤマトと『元』魔王クロネに非難の目を向けると、


「あ、アタシだって知らなかったわよ! 前までは顔パスで入れたんだから!」


 ヤマトは文句を言いつつ、腕を振り上げ怒りを表す。


「……ボク、いや、ワタシなんてそもそも顔を見られたら攻撃されていたから」


 クロネは遠い目をしながら落ち込んだ。


「なるほど。『元』になった弊害へいがいって訳だな」


 イスズは金を払えと言った門番を睨みながら、少し考えて、ポンッと手を叩いた。


「良し、門番を倒そう!」


「ちょっ! 待ちなさいよ!」


 ヤマトはイスズの腕を両手で自身に引き寄せるように掴んで引き止める。

 普通ならば柔らかな双丘が当たる展開だが、いまは鎧のおかげでゴツゴツとした感触しか伝わってこない。そのことに満足げなイスズは足を止めヤマトの言葉を聞く。


「どうした? なぜ待たなくてはいけないんだ」


「いきなり門番倒したらアタシたちお尋ね者になるわよ!」


「心配するな。その件に関しては考えがある」


「だからって、いきなり行動に移すな。アタシたちに教えてからにしてよッ!」


 イスズは、深いため息をつき、面倒そうに答えた。


「実はさっきトラックの中で、何かアクシデントがあったときの対処はクロネには説明したんだが、まぁ、作戦の成功率を上げるためにお前にも説明するか」


「ちょっと、どういうこと。もしかしてアタシが荷台に入れられてる間にッ!?」


「お前、鎧がデカイんだから仕方ないだろ」


「あんたがこの装備にさせたんじゃない!!」


 ヤマトは怒気に頬を紅潮させながら声を荒げる。 


「小さいことを気にするな。それより一度しか言わないから良く聞け」


 イスズが立てた作戦は、門番を倒す。元魔王のせいにする。それを元勇者が追っ払う。感謝され中に入れてもらえる。というようなものだった。


「最悪混乱に乗じて俺だけは中に入れる!」


「な、完全にマッチポンプ!」


「俺、中入れる。お前人気出る。クロネ悪名轟く。Win・Winの作戦じゃないか」


「そうだけど、いいのかなぁ……」


 ヤマトが不安げにしていると、いつのまにかイスズの姿はなく、視界の端にはすでに倒れた門番の兵士の姿があった。


「モンスターが現れたぞ!!」


 あえてイスズは大声で呼びかけ、注目を集める。


「クロネ、あとは上手くやってくれ! 合流場所はジョニー号だ」


「はいっ! わかりました!」


 クロネはローブから顔を顕わにし、その角を見せつけつつ敬礼して答えた。


「なんかあの子キャラ変わったわね」


「お前も上手くやれよ。ヤマト」


「あんた、本当に奴隷の解放なんてするの?」


「ああ、もちろんだ。最優先事項と言ってもいい。ちゃんと手柄はお前のもんだ、心配するな」


「まぁ、アタシもあんな外道な商売は嫌いだからいいけど。行けたら後で合流するわ」


 イスズは門の中へ、ヤマトは門の前に立ちはだかるように走り出した。



「さて、ここが大都市『エスパダ』か。元の世界で言うなら、ローマっぽい造りっていうのが一番近いか」


 円形闘技場を傍目はために見ながら、イスズはあゆみを進める。

 歴史を感じさせる石造りの建造物は観光にはいいかもしれないが、どれも同じように見え、奴隷商の店舗を探すのには苦労しそうであった。


「どこに何があるのか、さっぱりわからん。とりあえず適当に聞いて周るか」


 さっそく、イスズは奴隷商の場所が分かりそうな人物を吟味すべく観察しだした。狙いは現代で言うところのチンピラだ。

 道行く人々を見ると、ローマのような世界観に対し、皆の服装は男性ならズボンにチュニック、女性ならワンピースという中世ヨーロッパを彷彿とさせる姿をしていた。


「くそっ! 世界観くらい統一しろよっ」


 イスズは嘯き、これも転生者が理想の生活を送るために無理矢理行ったことだろうと決め付けた。


 イライラとしながら観察を続けていると、大手を振って歩く男を見つけ、イスズの勘がチンピラだと告げた。脅す、もとい、お願いするように道案内を頼むと、奴隷商という性質上、こころよくとまでは行かないが場所を聞き出すことに成功した。


 奴隷商の建物は簡素な四角い造りになっており、いくつかの窓はあるがその全ての戸が木板で固く閉ざされており、来るもの拒まず、去るもの許さずという脅しのようにも見える。


「怪しすぎだろ……」


 イスズは外壁が黄色だったことに少しばかり安堵する。もしピンクや紫だったら、回れ右をして別の方法を考えていたかもしれない。もしくは外から火をつけたかもしれなかった。


 正面の扉はまるで歓迎するかのように容易く開き、招かれるように中へと入る。

 中にはいくつもの檻が乱立しており、その中には首輪につながれた人間や獣人。魔物などさまざまな生物が捕まっていた。

 

「チッ。予想通り胸糞悪い光景だな」


 イスズは不愉快という気持ちを隠そうともせず露骨に顔を歪め、毒づきながら奥へと進む。


「おい、誰かいないか?」


 声をかけると、奥から玉子のようにまん丸とした男が現れた。


「私がこの奴隷商を切り盛りしているシアンと申します」


 うやうやしく一礼し、イスズの言葉を待った。


「そうか……。ところで、奴隷ってのは1人いくらくらいなんだ?」


 手近な檻を見ながらイスズは聞くと、


「はい。今お客さまが見ているモノですと、3万ゴールドになりますね」


「3万ゴールド? このあたりは1ゴールドどれくらいの価値だ?」


「お客さん、そうですね。最近はこのあたりも治安がいいので、物価が安くなっていて、だいたい500ゴールドもあれば昼飯を買うのは困らないってくらいですねぇ」


 だいたい、日本円に換算するとこの街では1ゴールド1円くらいである。

 街に入門するためには1人、1500ゴールドだったことを考え、イスズは美術館に入るくらいの料金か、とぼんやり計算していた。

 そして――。


「なるほどね。奴隷1人で約3万円か……。安すぎるだろッ! 人をなんだと思ってやがるッ!」


 イスズの怒鳴り声にシアンは首をすぼませ、ますます玉子のようになりながら謝罪の言葉を発する。


「す、すみません、別にお客さまがお金を持っていなさそうに見えたから安い商品を紹介した訳ではないのです! ただ、一番近くの商品を説明しただけでして」


「そういう事を言ってるんじゃねぇ! 普通に安すぎるだろッ! だから異世界転生者が落ちぶれると奴隷を買いに走るんだよッ!! 便利だし、言うこと聞くし、可愛いし、イチャイチャもできるって理由でなぁッ!!」


 近くの檻を力任せに叩くと、鉄でできているはずのそれは飴細工のように容易にひしゃげた。


「ひぃぃぃ。な、なにか恨みでもあるのですか?」


「ああ、あるね。あんたにじゃないんだが。これは本当に申し訳ないと思っているんだぜ。俺は。でもよぉ、奴らに奴隷で美味しい思いをさせない為にもこれしかないんだ」


 一呼吸置くと、イスズは死の宣告にも似た言葉を突きつけた。


「全部、ぶっ壊すッ!!」


「な、なに訳のわからないことを――」


 ボンッ!


 玉子男が全て喋り終わる前にイスズの拳が炸裂した。

 気絶しているのを確認すると、玉子男のポケットをまさぐり鍵束を取り出す。

 適当に一番近い檻の鍵を開け、人間を逃がすと、鍵束を渡し他の奴らも助けるよう促す。


「古今東西、今も昔も、奴隷を止めさせるのは暴力って相場が決まってるんだよな」


 そう呟いたそのとき、店の入り口から入ってくる人影があった。


「おいおい、なんだこれ!? どうなってるんだ」


「騒がれるのは面倒だな」


 イスズはその人影に向かって飛び掛り、拳を振るった。

 本当ならその一瞬で決まるはずだった。しかし、その人影はギリギリとはいえイスズの拳を避けたのだった。


「いきなり何だ、何だ!?」


 その人影はまだ十代半ばの少年だった。

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