第1章 同乗者編
第2話「美少女禁止」
銀河イスズは愛車のトラック『ジョニー号』と共に草原のど真ん中に降り立っていた。
見渡す限り草以外何もない場所にポツンと取り残されたイスズは、眉間にシワを寄せて悪態をつく。
「クソっ。ささやかな
イスズは愛車のジョニー号へと乗り込むと、クリップボードにはさまれた運行表を取り出し、これから先の計画を立て始めた。
「まずは異世界転生にあこがれる要素をリストアップしないと始まらねぇよな。さて、何があるやら……」
とりあえず、しかめっ面のままイスズが書き出したのは以下の5点だった。
・チート能力で無双
・現代兵器で無双
・魔王または勇者討伐
・奴隷の女の子とイチャイチャ
・女の子とハーレム
とりあえずこんなところかと筆を放るように置く。
「結局、名声と女目的か。これならこの世界から女を根絶やしにすれば済むんじゃ……。いや、人間が滅ぶな。クソッ」
問題は提起されたが、答えが明記されず、イスズは毒づく。
「1つのところにいても仕方ない。まずは動くか」
馴れた手つきで鍵を差し込みトラックのエンジンを付け、気の赴くままに走り出した。
※
何もない平原を1時間近くトラックを走らせていると、もくもくと立ち上る煙が見えた。
1ヶ所から継続的に立ち上る煙を見て、イスズは民家があると推測し、ハンドルを切った。
さらに15分後、そこには煙突のついたレンガ造りの家がポツンと1軒だけ建っていた。
そのレンガ造りの家の周りだけ妙に荒れ果て、地面はところどころ隆起し、何かを燃やした跡や斬撃の傷が見て取れた。
「なんでこんな何にもないところに家が?」
イスズは警戒しながら民家へと近づくと、
「転生者っ! 死ねやぁぁぁあああッ!!」
いきなりロングソードを携えた少女が斬りかかってくる。
イスズは舌打ちしながらもなんとか避けると、背後からゾクリッとイヤな気配を感じすぐさまその場から飛びのいた。
イスズが先ほどまで居たところを轟音と共に火球が通り過ぎる。
「チッ。大人しく転生者は滅されればいいものを……」
火球が放たれた先には黒いローブを頭からすっぽりかぶった小柄な人物。
ローブの為容姿は伺うことができないが、声音からこちらも少女のようだ。
いきなりの出迎えに、イスズは笑顔を引きつらせ、額には青筋を立てる。
グッと足に力を入れ、その場から動くと、一瞬で2人の背後へと回り込んだ。
「いきなり!」
「なに!」
「すんだッ!!」
ゴンッ! ゴンッ!
2人へ怒りの拳骨を降ろす。
「いった~~~い!!」
ロングソードを持った少女は頭を抱え、叫ぶ。
「…………ッ!」
ローブを着た少女は、何も言わないが相当痛かったのか、その場でしゃがみ込み身動き一つ取らない。
「全く、いきなり攻撃してくるなんていったいどういう教育を受けてるんだ、このバカ娘共がッ!」
イスズは怒声を浴びせかけると、まだしっかりと立っているロングソードを持った少女へと話しかけた。
「で、なんで俺を攻撃してきた?」
「ア、 アタシは勇者ヤマトよ。勇者って言っても『元』なんだけど……」
少女はもう一人のしゃがんでいる少女を見ながら言葉を続けた。
「彼女はクロネ。彼女も『元』魔王よ」
「ふ~ん、で、それがなんで俺に問答無用で斬りかかった説明になるんだ」
「アタシたちが『元』って付くようになったのは、ここ最近増えている『転生者』って奴らのせいで……」
それ以上は言いたくないのか俯き、顔に影を落とす。彼女が最後までなんと言おうとしたのかはしっかりと聞き取れなかった。
事情はそれとなく察したイスズは確認の意味でヤマトの言葉を引き継ぐ。
「なるほど、大方、その転生者ってのに勇者より勇者らしい偉業、魔王より魔王らしいカリスマを見せつけられ、そいつらが勇者や魔王って呼ばれている訳か」
元勇者はコクリと頷く。
「それで俺を転生者と思って、襲ったと。なるほど、なるほど。ジョニー号を見ればそう思うのも仕方ない話って訳か」
イスズは愛車のトラックを慈愛に満ちた瞳で眺めた。
「言っておくが俺を転生者と一括りにするなッ! お前らからしたら、大差ないだろうが、俺は転生者を否定するためにこの世界に来た。否転生者だッ!」
「そうなのっ!? 何が違うかわからないけど……。うぅ、間違えてごめんなさい」
元勇者は素直に謝り、元魔王も地面へ謝罪の言葉を長々と書いた。2人共が本気で謝っているということだけは容易に伝わった。
「まぁ、わかればいい」
イスズはヤマトが斬りかかって来るスピードを思い出し、同時に火球が通り過ぎた跡の焼け焦げた地面を眺めながら、少しの間思案し、口を開いた。
「なぁ、お前ら、俺の目的は転生者への憧れをぶち壊すことだ。もしかしたら、いや、もしかしなくてもお前らと利害が一致すると思うんだが、俺の仲間にならないか?」
イスズは悪どい笑みを浮かべながら手を差し出す。
「憧れをぶち壊す?」
元勇者の質問にイスズはスラスラと方法を答えた。
「今、お前らが悲観していることをやり返してやるのさ。転生者より元々の勇者の方が優れている。元々の魔王の方が秀でているっていう風にするんだよ!」
「で、でも、アタシは転生者みたいに強くは……。クロネもそうだし。だからここで2人、修練していたんだけど」
「うるさい。知ったことか! グダグダ考えるなッ! とりあえずぶつかれ! 当たって砕けろ。もし砕けたら俺が破片を拾って相手にぶん投げてやる!」
「なにそれッ! 負けること前提じゃない!?」
「何回負けたって最終的に勝てればいいんだよ。人生1回や2回くらいの負けじゃ終わらねぇようになってるんだからよ!」
「ふふっ、ちょっと無茶苦茶なこと言うわね」
元勇者ヤマトはクスクスと笑みを浮かべる。
「わかったわ。その考えは気に入ったわ。アタシはあんたと組む! クロネは?」
元魔王クロネは痛みが引いてきたようで、すっと立ち上がると手を差し出し、何を考えているのか分からないような声で、「ボクも組む……」とぼそりと呟いた。
「オーケー、なら最初に1つ言っておく。おいっ! 女勇者だかなんだか知らねぇがその格好はなんだっ!」
元勇者ヤマト。戦いやすいよう肩までで切りそろえられた美しい銀髪。少年のような中性的な顔立ちと快活な性格のせいか実際の年齢より幼く見られることもしばしば。スタイルもよく、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる戦士としても女性としても理想的な体つきなのだが、それが一層イスズをイラつかせた。
「お前が容姿に自信があるのはわかった。だからって、なんでそんなビキニアーマーみたいな格好してるんだッ! そんなの転生者を喜ばすだけだッ! 今すぐ着替えろッ!」
ヤマトの装備は極限にまで軽量化され、布面積が極端に少ない鎧になっていた。確かに動きやすく、使われている鉄は一級品で、ありとあらゆる攻撃をものともしないかもしれないが、無防備になっている部分が多いのも事実だった。
「転生者はお前みたいな装備のやつを見てまず喜び奮起し、とんでもない力を発揮するんだ。お前は転生者の覚醒に一役買っていることになるんだぞッ! 本当に転生者を倒したいならまずその痴女みたいな格好をなんとかしろ! 全身の防備を優先しろっ!
「そ、そんな……」
ヤマトは転生者を強くしていた事実に衝撃を受けたのか、それとも痴女と言われたことにショックを受けたのか、よろよろとした足取りで小屋の中へと入って行く。
「うん……。ボクもあの格好はどうかと思ってた」
「いや、お前も問題ありだッ!」
ぼそぼそと喋るクロネに標的が移り、イスズは厳しい指摘を始めだす。
荒々しくローブを捲くり、顔を確認すると、眩しさに目を細めるクロネの顔がしっかりと拝めた。
「こいつも美少女か」
落胆の表情を浮かべ、ため息まじりに呟いた。
元魔王クロネ。クルクルとカールした金髪から羊のような角が覗く。あどけなさが多分に残る顔立ちは多くの男性の庇護欲を掻きたてるだろう。ローブでわかり辛いが、凹凸らしきものは見当たらず幼女体型だと推測できる。
「まず、一人称がボクって言うのがダメだ! 転生者の好物だぞッ!」
「ボクっていう女の子食べるのッ!?」
「そういう意味じゃ……、だが、あながち間違いではないから、その認識でいい! だからちゃんとワタシって言え。ついでに魔王だからって『我』とか『魔王』とかそんな一人称も却下だ。やつらはそういうファンタジーっぽい要素に食いつく。あとお前のボソボソした喋り方もダメだ! 転生者は元コミュ症が多いから、そういう喋り方の女の子を狙うんだ。他にもお前、攻撃するとき高圧的な喋りかたするだろ?」
「そ、それは……、魔王だから」
「そういうのが転生者のドS心やドM心に火を着けるんだ。基本的に奴らは変態だ。その口調はヤマトの格好と大差ないぞ!」
「そ、そんな……」
血の気が引いたように青ざめたクロネはめまいがしたのか、ふらりとよろめく。
「これからは気をつけろよ」
「……はい」
「返事は大きくッ!」
「はいッ!」
「良し。いいぞ! ハキハキ喋る方が奴らには好かれないはずだ」
イスズが満足げにしていると、ガッチャガッチャ。とうるさい金属音が聞こえてくる。
「あっちの準備も終わったようだな」
元勇者ヤマトの装備は全身鎧になっていたが、ボロボロで先ほどより一部は格段に防御力が落ちている。
「こんなのしかないんだけど、本当にこっちの方がいいの?」
疑いの目を向けながら、自身の装備を確認する。
「ああ、兜がないのが不満だが、装備自体はさっきまでより数倍はいいな。それじゃ、そろそろ行くか。一番大きい都市を教えてくれ」
こうして現時点で最強の異世界転生者装備をしたイスズたち一行の打倒転生者の旅が始まった。
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