第24話

会社の最寄りの駅のホームで電車を待っている赤間。

通勤時間が過ぎ、駅のホームは人が少ない。


(どうして持田はあんなに焦って会社に入っていったんだろう・・・。)

腕を組み、首を傾けて考える。


−その時、勢いよく改札からホームへ階段を駆け下りてくる足音が響いた。

あまりに勢いよく響き渡った足音に赤間は振り返る。



足音の正体は、持田であった。



(またお前か!)

赤間は目を見開き思わず声をあげそうになる。


持田は息を切らし、あからさまに焦った様子。

階段すぐ下で電車を待つ持田から少し離れていく赤間。


(会社に行ったんじゃなかったの?なんでもうここに・・・。とにかくバレないようにしないと。)



持田は帽子を深く被り、ソワソワしながら何度も電車の到着時刻を確認している。



(でもここで会えたのもネタ的にはチャンスだ。)


赤間は鞄から携帯を取り出して、近藤へメッセージを送る。


"コンちゃん!今、駅で持田と遭遇。かなり焦ってる様子。バレない様に尾行します!"


すぐに既読が付き、近藤からも返信が届く。


"まじか!お前、絶対バレるなよ・・・。"



「・・・気をつけます。」

小さい声で呟き、返事を打とうとするとちょうど電車が到着した。


持田が急いで電車に乗り込んだ為、赤間もつられて急いで乗り込んだ。


同じ車両の端と端に立っている2人。


赤間は持田が視界の中に入る様な体の向きを探る。

持田はずっと下を向いている。



発車してから3駅目で持田が降りるのを確認すると、赤間も少し時間差で降りる。

持田から20メートルほどの距離を保ちつつ尾行していく赤間。



改札を出て、駅を出て、家に向かい少し早足で歩いていく持田。

負けじと急いで付いていきつつ、鞄からハンディカメラを取り出す赤間。


手元を見ずに電源を付け、RECボタンを押す。

「よーい、スタート。」

息を切らしながら赤間は呟き、持田を見失わない様に付いていく。


しばらくすると、住宅街に入っていき、ある一戸建ての前で持田は足を止めた。

少し離れた電柱の影に隠れている赤間。

持田はポケットから鍵を取り出すと、その一戸建ての中に入って行った。


(ここが持田の家か・・・。良いところ住みやがって・・・。)


赤間はREC停止ボタンを押し、カメラをしまう。


(さて、これからどうしよう。)

腕時計を見ると、まだ12時を過ぎたところだった。

(とりあえず帰ろうかな。)

回れ右をして、駅に向かい歩き始める赤間。



駅に到着すると、入り口に立ち止まって電話をしている女性がいる。

その女性を見た瞬間に、赤間は本日何度目か分からない驚いた顔をする。


(あれ?あの人って・・・持田の奥さん・・・?)


女性は今にも泣き出しそうな顔をして、話している。

赤間は女性の視界に入らない様に後ろに回り込み立ち止まった。


「全部聞いたわ。・・・こんな大事な事黙っていて欲しく無かった。」


微かに聞こえる女性の声に耳を傾ける赤間。

鞄の中でハンディカメラの電源を入れ、RECボタンを押し、口からレンズだけ出ている様な隠し撮りスタイルで女性にカメラを向ける。


(人違いだったらちゃんと削除しますので・・・。よーい、スタート。)


「・・・わかってないから黙っていたんでしょう?あなた・・・あなたが誤解だって言うなら私信じるよ。あなたが彼女を追い込んだりした訳じゃないって言うなら、信じる。」


女性の背中は震えている。


「・・・大丈夫よ。誤解なんでしょう?あなたがそんな事する訳ないもの。あなたは優しい人だもの。私が一番わかってる。」


赤間は女性の言葉に、目の色がどんどん変わっていく。


「大丈夫、あなたは殺人犯なんかじゃないわ。ちゃんと話せば皆わかってくれるわよ。」



(・・・は?)


「今から帰るから、これからの事ゆっくり話そう?」


女性はそう言って電話を切ると、小さく微笑んでから歩き始めた。



(・・・は?何言ってんの?)


女性がいなくなった後も、赤間はREC停止をするのも忘れカメラは何も捕えずに回り続けている。

呆然と立ち尽くす赤間。


(誤解なんかじゃない・・・。)


その時、携帯が鳴り、鞄から取り出すと近藤からの電話であった。


「・・・はい。」

"あ、赤間?ちょうど昼休憩だから電話したんだけど、大丈夫か?"

「コンちゃん・・・。」

"・・・どうした?"

「今、偶然持田の嫁に会った。」

"え!?バレたのか?"

「いや、1回しか会った事ないし大丈夫なんだけど、多分持田と電話しててさ。」

"うん"

「あなたは殺人犯なんかじゃないって、皆の誤解だって、あなたは人を追い込んだりしないって・・・。」

"・・・。"

「・・・何言ってんだろうね?何十年も一緒にいるのに、何もわかってないよね?おかしくない?追い込まれた私が悪いって言うの?」

"落ち着け赤間。そんな事ねえよ。"

「許せない・・・。」


近藤の返事を待たずに電話を切る赤間。

涙は出ていないが息が荒い。



翌日。

朝早くに、持田の家周辺を歩いている赤間。

黒髪ロングの髪を一つに束ね、伊達眼鏡をかけて、カジュアルスーツを着ている。


近くのゴミ捨て場に近所の主婦であろう、50代あたりの女性が現れる。

女性に静かに近づいていく赤間。

「・・・あの」

女性は突然話しかけられ、すぐに振り返る。

「はい?」

「突然すみません、私こういった者なのですが。」

存在しない出版社の名前が書かれ、名前も偽名である昨晩作った名刺を差し出す。

「・・・はぁ。」

名刺を受け取り不審そうな顔で赤間を見る女性。

「あのですね、この辺りに持田章介さんという方がお住まいかと思うのですが、その方について少しお伺いしたい事ございまして。」

「・・・マスコミ関係の方ですか?」

「はい。」

「えっ、持田さんの旦那さん、何かしたの!?」

女性は途端に興味津々な顔に切り替わった。


(・・・やっぱりおばさんは噂好きなのね。)

赤間の鞄のファスナーは少しだけ開いていて、その隙間からレンズが女性を狙っている。


「今、調査中なんで確実な事は言えないんですけどね。」

「えー、何かしら!」

「・・・持田さんの会社でどうやら若い女性社員が自殺した様でして。」

「えっ!?」

「彼女は自殺する前に会社を辞めていて、会社は何も公表していないのですが・・・。」

「うん、うん。」

女性の目はどんどん輝きを増していく。

「ちょっと個人的に違和感を感じてまして、自殺の理由に会社は全く関係ないのか。少し聞き込みを始めたところ、どうやらパワハラで悩んでる様だった、という話を聞きまして。」

「・・・まさか?」

「自殺した女性の上司は、持田さんなんですよ。」

「えー!」


(通販番組見てる時も同じ反応してるんだろうな、このオバさん。)

少し笑いをこらえている赤間。


「・・・持田さんとのご関係は?」

「えー、ただの近所の人間よ。ほら、旦那さんは基本的に仕事でいないから、朝会ったら挨拶するぐらいね。基本的に感じの良さそうな人だけどねえ・・・仕事してるところは全く知らないから・・・よく分からないわね。ただ、奥さんはすごく良い方よ!」

「なるほど。・・・夫婦仲は良いんですかね?」

「良いと思うわよ、子供もいないしね。たまに仲良さそうに歩いてるところも見かけるわ。」

「そうなんですね。・・・わかりました。ありがとうございます。」

もういいの?と少し物足りない顔をする女性。

「あ、すみませんが、質問を受けた事はご内密に。」

深々とお礼をし、その場を去っていく赤間。

赤間の背中を見て、今すぐ誰かに話したいとソワソワしている女性。



赤間は少し離れたところにある小さな公園の茂みに隠れる。

隠れながらハンディカメラを鞄から取り出し、手に構える。

(少し離れてるけど・・・ここからでも撮れる。)


先ほどの女性はゴミ捨て場の前から動かない。

すると、また別の女性がゴミを捨てに現れ、また別の女性も、と短い時間ですぐにゴミ捨て場の前は数名の女性の溜まり場になった。


(井戸端会議って本当にあるんだなあ・・・。)

質問をした女性が身振り手振りに楽しそうに話している。


(・・・全くご内密にする気はないか。)

その井戸端会議の様子を見て、思わず笑ってしまう赤間。


−すると、その時持田がスーツを着て家から出てきた。


(・・・きた!なんでスーツ着てんの・・・?)


井戸端会議のメンバー達は持田を見ると、全員あからさまにソワソワし始め、あっという間に解散していった。

持田は呆然と立ちすくんでいる。


(うわ・・・分かりやす・・・。)


持田はクルッと回れ右をすると、再び家の中に戻って行った。


(・・・逃げたか。)



REC停止ボタンを押して、一息付く赤間。

携帯を取り出し、近藤へ電話をかける。


"・・・はい。"

「おはよう。ごめん、まだ寝てたよね?」

"いや、うん、大丈夫。"

「今日なんだけど、」

"あ、休みだからそっち行けるよ。"

「あ、うん。あのね、今日は一人で大丈夫。」

"・・・そうなのか?"

「また、夜電話してもいい?」

"・・・なんかあったらいつでも電話してこいよ?"

「・・・ありがとう。」



電話を切って、目を瞑る赤間。

(今日はコンちゃんを巻き込んじゃいけない・・・。)




日が落ちて、持田の家の前は人通りが殆ど無くなった。

帽子を深く被り、汚めなスウェットを着た赤間が何やらスプレー缶を片手に現れる。


(・・・これは人としてやってはいけない事。そんな事わかってる。でも、もうすぐ全部終わるから・・・。これが最後だから・・・。)


スプレーを胸に押し付け、深呼吸をする赤間。

カメラを地面に置き、自分を撮影する。


目を開いた瞬間に、勢い良く持田家の門の壁にスプレーで文字を書き始める。


"人殺しの家"

"パワハラ上司"

"殺人犯"


それだけ書くとカメラを拾い、走ってその場を去っていく赤間。


朝隠れていた公園の茂みに再び隠れ、様子を伺う。

通りかかる人、全員が足を止め持田家の前にはすぐに人だかりができた。

茂みの中からRECボタンを押す赤間。



少しすると、持田の嫁が帰ってきた。

自分の家の前に人だかりが出来ている事に驚き、小走りで近づいていくと、その壁を見てさらに驚いた。

持田の嫁はすぐに家の中に入って行った。

気まずそうに人だかりは減り始めようとした。


−その瞬間。

「待って!行かないで!」

赤間の場所まではっきり聞こえる声と共に、再び持田家のドアが開いた。

持田が勢い良く家から門の外に出てくる。


(・・・持田!)

赤間は思わず茂みの中から立ち上がってしまう。



持田は片手で頭を抱えながら笑い出した。

その光景から逃げる様に、すぐに人だかりは無くなった。


持田の嫁がそんな旦那を見て、大声で泣いている。

持田の笑い声も負けじと住宅街に響き渡る。


赤間はカメラを持っていない方の手をぎゅっと握りしめ、その光景を画面越しに見つめている。


(・・・ざまあみろ。ざまあみろ。ざまあみろ!誤解なんかじゃない!私はちゃんと苦しかった!お前も苦しめ!苦しめ!)



しばらくすると、持田の嫁が家の中に入り、掃除道具を持って戻ってきた。

持田と嫁は何かやり取りをしているがその会話は聞こえない。


無意識に赤間の足は2人に近づいて行った。

2人から1番近い電柱の後ろに隠れる赤間。カメラを構えている。



壁をブラシで掃除し始めた嫁の隣に持田がしゃがみ込む。

赤間の場所からでも分かるぐらいに持田の目からは涙が流れていた。



2人の会話は赤間には聞こえない。

ただ、カメラに映る2人は涙で溢れていた。


赤間はREC停止ボタンを押し、2人を背にその場を離れた。




駅の近くに着くと、近藤に電話をかける。


"もしもし?"

「あ・・・今大丈夫?」

"うん。"

「今日の撮影、無事に終わったから・・・。」

"おう、よかった。映像見るの楽しみにしてる。"

「・・・持田、泣いてた。」

"・・・え?"

「泣いてたよ・・・あの、持田が。ウケる、あんな人でも涙出るんだね・・・超面白いよ。」

"・・・。"

「嫁も泣いててさ、良い大人が2人して号泣・・・。笑っちゃう・・・。」

"うん・・・。"

「・・・ごめん、苦しめたいって思ってるのに、ちょっと・・・。」


赤間の目から一筋の涙が流れた。


"お前は人を苦しめたり、簡単に出来る様な人間じゃないんだから。今辛くなるのは当たり前だよ。"

「・・・ごめん、今更・・・。」

"いや、大丈夫。・・・早く完成させてさ、1番面白いラストシーン迎えようぜ!"

「・・・ありがとう。」




電話を切って、ホームに向かう赤間。




(・・・持田さん、もうすぐラストシーンです。)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る